| 10:00-12:00 | A0 21世紀のメディア環境はこうなる | 歌田明弘/清水メディア戦略研究所 清水計宏/浅岡肇デザイン事務所 浅岡肇 |
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ボーンデジタルの先に起こりつつある兆しを解読するためのプレゼンテーションを受けて、クリエイタ側から、利用者側から、またビジネスの視点で、21世紀のメディア環境を見通し、その影響や社会的効用について話しあう。
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スピーカー:歌田明弘(うただ・あきひろ)
1958年生まれ。青土社『現代思想』編集部をへて、1985年より『ユリイカ』編集長。1993年よりフリーで編集・執筆活動。著書に『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』(平凡社)、『「ネットの未来」探検ガイド』(岩波書店)、『本の未来はどうなるか』(中公新書)、 『インターネットは未来を変えるか?』(アスキー)、『仮想報道』(アスペクト)。学芸大学や専修大学で非常勤講師をしている。
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スピーカー:浅岡肇
1965年 神奈川県生まれ。
1990年 東京芸術大学デザイン科卒業
プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー。
モノ作りへのこだわりが強く、自ら旋盤やNC工作機械を駆使して、プロダクトデザインを行っている。 同様にグラフィックデザインの場合でも、CG製作、画像処理、スキャナ入力、CMYK変換、レタッチ作業などを一貫して行う。カラーマネージメントへの造詣も深い。 Photoshopは1.0からのユーザー。元々はプロダクトデザインのプレゼンのために使い始めた…自分のための表現であるから、妥協は許さない。そのポリシーはグラフィックデザインにも生かされており、宝飾品や化粧品などの品質が問われる仕事への評価が高い。 |
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スピーカー:清水計宏(しみず・かずひろ) (有)清水メディア戦略研究所 代表取締役 東京大学 特任研究員 メディア評論家
1953年(昭和28年)静岡県生まれ。大阪外国語大学卒業後、77年日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)入社。82年同社退職後、テレコミュニケーション、コンピューター関係の専門紙、雑誌の編集者・記者を経て、89年映像新聞社入社。90年に映像新聞編集長、92年取締役・編集長。
2001年10月映像新聞社を退社し独立。同年12月に(有)清水メディア戦略研究所を設立。同時に、ITビジネス担当者の人脈拡大と世界ネットワークを目指すITビジネス交流ネットワークを発足。ITコンサルティング、国内外のデジタル/IT関連調査、海外視察ツアーのコーディネーション、編集・出版企画などをする。月例で実施しているBUSINESS HINT!セミナーでは、それをきっかけにして、年間3億~5億円新規ビジネスが生まれている。 企業のメディア戦略、政府・自治体のIT振興策立案などにもかかわる。哲学的な独自視点からIT、デジタル分野の動向予測をしている。 映像新聞社時代は、海外のコンベンション視察で、13年間にわたり、年間4-7回の海外視察ツアーを実施し、1300人を動員するとともに、海外企業約350社を訪問・取材した。その後も国内外のネットビジネス、デジタルコンテンツ関連の取材・調査を重ね、IT関連国内外のデジタルコンテンツおよびネットサービスの動向に詳しい。東京大学 国際・産学共同研究センター特任研究員。 主な著書として「マルチメディアへの挑戦」(ソフトバンク刊)、「世界のコンピュータマップ'93/'94'/95」(各年度版)がある。趣味は、社会哲学、ピアノ演奏。 使命とライフワークは、企業に代わる経済モデルの確立を促し、ヒューマンリソースの循環社会をつくること。ネットで、自由と評価が得られるプラットフォームの普及をめざす。 |
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モデレータ:小笠原 治 日本印刷技術協会 常務理事
大学卒業後印刷会社を経て、1975年に(社)日本印刷技術協会入社。1981年~1984年まで第2次構造改善計画関連調査研究および事業企画担当。JAGAT研究調査部でのプリプレス、テキスト処理、文書処理、ニューメディアの調査研究を通じて、1985年以降JAGATニューメディア研究会、page研究会、PAGE展などの事業企画とその後の運営に携わる。
1993~1994年にDTPエキスパート認証制度の準備と開始。DTP、フォント、電子メディアなど関連の標準化委員も務める。 |
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