ユビキタスで街がホームページに

凸版印刷株式会社 ICビジネス本部 部長 西岡 貞一 氏

ユビキタスはICタグがすべてではないが、最近の主なターゲットがここにある。ICタグの用途はトレーサビリティや、サプライチェーンマネジメントなどの物流関係の用途である。実証実験を重ね,三越等で既に実用化が始まっている。
今回は,自動認識技術を主に空間の認識への応用について焦点を当てて紹介する。具体的には、目の不自由な人のためのガイドシステム、初めて行った場所でナビゲーションをしてもらえるようなシステムなどのことである。
2,3年前,ICタグはバブルのような状況であった。ゴマ粒の大きさのコンピュータ,1個5円のコンピュータが登場したといわれた。数年経つと,実はゴマ粒大のコンピュータにはカード大のアンテナが必要であるとか、1個5円というのは少し厳しい,ということがわかってきた。そこでもう一度戦略を立て直しているのが現状である。
モバイルとユビキタスにはいろいろな違いがある。乱暴に言うと、モバイルとは、携帯電話の中にコンピュータのいろいろな機能を詰め込むことである。一方,ICタグにいろいろなデータとメモリを入れていくことが,ユビキタス的だといわれることが多い。 それでは,ゴマ粒大の単機能で非力なコンピュータをばらまいたときに、どのようなサービスが実現するのだろうか。

実験から実用化へむかうICタグ

ICタグはRFID(Radio Frequency Identification)と呼ばれている。仕組みは,電気カミソリを、充電するときに台に置くと、何の接続もしていないのに充電されるのと似ている。電磁誘導を使い、電波が通るとその中に電気が発生するという原理を使って通信をする。
ICタグには電池が入っていない。送信機から来る電波を受けてICタグが発電し、もう1回通信して返すという原理で動く。
10年以上前には,ICタグは軍事物資を追跡する用途などで利用されていた。1個数千円していたものが数百円まで値段が下がったので、民生用に使える可能性が出てきた。
三越や高島屋などの百貨店では,店頭の靴にICタグをつけ,それを機械にかざせばバックヤードの在庫がわかるという実験を行い,効果があることがわかっている。三越は社内の実用システムとして使っている。物流システムあるいは顧客サービスとしてはかなり普及してきた。
今回は、物流ではなく,「場所」の情報システムについて紹介する。展覧会に行くとよく音声のガイドシステムがある。これは,ユーザがチャンネルを選んだり,ボタンを押したりして解説を聞く。
そうではなく,ICタグを利用して,この情報が欲しいだろうと推察して情報を提供する、いわゆるコンシェルジェサービスと呼ばれるものを、ITを使って実現しようと考えている。
尾道では実用化がはじまっている。「どこでも博物館、尾道ケータイ観光ナビ」では,町の中に300個くらいマーク(数字)を設置した。その数字を携帯に入れるとWebから解説が出てくる。その場で検索すると,すぐに解説を聞くことができるという非常に楽しいサービスが提供されている。
凸版印刷が提供しているKOKOPASSを使い,ICタグを携帯電話に付け、リーダーを動物園の柵につけて情報を提供するという実験を行った。人が柵の前にいることを認識すると,サーバから携帯にメールが送られる。動物園側が、誰がそこにいるかを認識して、来た人に対して情報を提供する。
動物園側が来た人の個人情報を把握するのはプライバシーの問題がある。KOKOPASSでは、客の個人データと位置情報についてはサーバ側に残らないような仕組みにした。

パッシブタグとアクティブタグ

尾道や動物園の仕組みは,場所の情報を説明するためのシステムであるが,自動認識ではない。自分自身は電池を持たない受け身のタグをパッシブタグ,アンテナ、コンピュータ、メモリ、電池を持っているタグをアクティブタグという。アクティブタグは,外部から働きかけなくても自分から電波を発信することができる。
子供がどこにいるかを追跡するシステムにも,パッシブタグとアクティブタグがある。パッシブタグだと発信機の近くを通ったときだけの通信になるが、アクティブタグは常に電波を出し続けるので,追跡システムとしてはかなり強力である。
2003年に六本木ヒルズがオープンしたとき,アクティブタグの実験が行われた。地面に赤いマークがあって、そこに立ってタグをかざすと、近傍にあるお店の、今やっているタイムサービス等の情報が携帯に送られてくるという仕組みになっている。六本木ヒルズは広すぎるので非常にわかりにくい場所である。自分が今どこにいるかわからなくなる。このようなツールで買い物が便利になったと聞いている。

道が話しかけてくる場所情報システム

歩道に埋め込まれている点字ブロックには,黄色い丸いマークが「危険だから止まれ」、並行した棒のマークが「前進していい」という2種類ある。歩いている人は足の裏で凹凸を感じたり、白杖でなぞって自分がこれから進むところに対しての情報を知る。
 しかし,その2つの情報だけでは少ないので,点字ブロックの中にICタグを入れ、場所の情報や,工事をしているかどうか,などの情報を音声で伝えられないかということで,点字ブロックにICタグをいれた実験が進められている。目の不自由な人が,点字ブロックの近くにくると,イヤホンあるいは骨伝導のスピーカーを使って、状況を認識する。
図1(ICタグ内臓点字ブロック)の一番上のようなタグが,黄色い点字ブロックの中に埋められている。小さなICチップとその周りにアンテナが四角くある。この間を電波が通ると、ぐるりと電気が発生する。
目の不自由な人が使う白杖の先にアンテナをいれることで,黄色い点字ブロックの中のICタグと交信することができる。ICタグには実際の住所などが書いてあるのではなく、コードが書かれている。体にユビキタスコミュニケーターというPDAのようなものをつけ,(図2 道が話しかけてくれる場所情報システム)それがICタグから読んだコードをいったん無線の通信でサーバに送り、「このコードの場所はサンシャインビルの8階だ」というようなことを返すという仕組みを構築する。
国土交通省の「自律移動支援プロジェクト」では,神戸の地面に4万個のICタグを埋めている。ICタグはさらに安くなるので、400万個、4,000万個と増やして行く予定である。日本全国にICタグを埋めて1つのインフラにしようとしている。自律移動支援プロジェクトは2005年に立ち上がったプロジェクトだが,2006年度は全国10のモデル地区を使ってさらにいろいろな実証実験を行う予定である。
凸版印刷はプロジェクト中で、ICタグと、リーダーのアンテナの開発を担当している。ユビキタスというのは、実際の世界にコンピュータをどんどん埋め込むという技術であるため,従来のIT系の会社だけではとても手に負えない。現物を加工する能力が必要なため,道路を加工する会社や、印刷会社など、物を加工する会社がコアになってくる。ICタグの話は,サーバシステムを構築する話というよりは,実物系の加工も含めて非常にビジネスチャンスがあるという視点で聞いて欲しい。
今後は,iPodや携帯電話のような、常に肌身離さぬものの中に、RFIDを読む機能が入ってくるのではないか。

状況認識のための技術として

ICタグは場所を自動認識する技術であるが、他にも赤外線、Bluetooth、無線LAN、また可視光でQRコードを読むという技術もある。認識した情報を目の不自由な人に伝える手段は,音声あるいは振動となる。現在,バリアフリーに焦点をあてているが,提供するアプリケーションサービスとしては、今後ユニバーサルサービスとして誰にでも使えるものとなるだろう。
場所を知ることによって得られるいろいろな情報、いわゆるナビゲーションのシステムにもなる。ビジネスとしては広告が考えられる。その場所を歩いている人にとって最も相応しいデータを出すことで,購買につなげるということも考えている。
神戸の「さんちかタウン」では,赤外線のビーコンが町の中に設置されている。ある機器を持って通ると、機器側に赤外線を受けるセンサーやBluetoothのアンテナが付いているので、要所ごとにそれに相応しい情報を受信するという仕組みになっている。青森ではICタグが融雪によってどれだけ劣化するかという実験も行われている。いろいろな自治体がバリアフリーとして着目している。
政府は日本全国をITで住みやすい国にしようという目標を掲げている。その一環で,愛知万博では東京大学の坂村健教授をリーダーにむかえ,国土交通省のプロジェクトも行われた。
バリアフリーの分野に関しては、目の不自由な人が持って便利かどうか,などを評価するレベルである。これを使って今まで以上に行動範囲が広がるための情報の出し方や、いかなる情報が必要なのかは,今後の課題である。プロジェクト自体は10年計画で進める予定である。
また町にICタグをばらまいて、それを障害者のためだけに使おうとすると、なかなか費用対効果が上がらないという問題がある。そこで,もう1つの用途として国土交通省では「visit to Japan」という、海外から来た観光客にサービスを提供することに2つ目の柱にしている。

さいごに

ICタグでこれから何が起こるか。町全体がホームページになるということである。ホームページが実際の世界に重なったときに何かサービスができるのではないか。そのためには,クロスメディア的な発想が必要である。コンピュータの前に座って行う情報発信、情報入手ではなく、コンピュータを離れたところでも情報のやりとりが可能になるという前提のもとに、サービスを考えていく必要がある。
ICタグの仕組みは,中の石を安く作ることも含めて印刷技術でできる。しかしそれだけでなく,全体をトータルに設計して運用していく技術が求められている。大手のコンピューターメーカーでもなかなか成功できない部分なので,おもしろいニッチな市場である。

PAGE2006 C1「モバイルとユビキタスの進展」より(文責編集)

会報「VEHICLE」2006年4月号 Vol.18 No.1通巻205号
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