1) 稼動率
稼動率の指標として以下の4つのデータを紹介する.
- 実働稼動率
- 機械時間率
- 運転時間率
- シリンダー充満度
それぞれの指標は以下のように定義される.
- 実働稼動率=主体作業時間/実働時間
- 機械時間率=直接作業時間/実働時間
- 運転時間率=主体作業時間/直接作業時間
- シリンダー充満度=実際に使ったユニット数/印刷機械が持つユニット数
1.〜3.の指標は関係式Aで結ばれる.
<関係式 A >
実働稼動率(主体作業時間/実働時間)=機械時間率(直接作業時間/実働時間)×運転時間率(主体作業時間/直接作業時間)
稼働率を評価するために必要な作業時間のデータは図3のような意味を持っている.
利益を出すためには,実稼動率を上げることが必要になる.実稼働率は機械時間率と運転時間率とを掛け合わせたものであるから,実稼働率を高めるためるためには,機械時間率,運転時間率のいずれも高めなければならない.
A社の全版4色枚葉印刷機における稼動率は図2に示した通りである.
1. 実稼動率
A社の実稼動率65%は,印刷業全体から見ると良い数字である. 実稼動率が50%以下の企業は珍しくない. A社の実稼動率が高いのは,この指標を構成する2つの要素,機械時間率と運転時間率のうち,運転時間率が高いことによるところが大きい.
2. 機械時間率
A社の機械時間率は86.3%で,一般的なケースよりもやや高い水準にある.
機械時間率は,関係式Bで表されるから,間接作業時間が短いほど高くなる.
<関係式 B >
直接作業時間/実動時間=(実動時間―間接作業時間)/実動時間
間接作業時間の長さを左右する主な要因は,以下の2点である.
1)日程管理の善し悪し
2)設備管理,特に機械のメンテナンスの善し悪し
つまり,機械時間率の善し悪しは,オペレータの技能や印刷機械の性能ではなく,主に生産管理の善し悪しで決まる
日程管理を十分に行い,あらかじめ立てた予定に沿って版が準備できるようにプリプレス作業をコントロールをしないと,印刷機械では次の仕事に取り掛かれる体制にあっても,必要な版が出来ておらず,それができるまで印刷機械を止めて置かなければならないことが起こる. これが,間接作業時間に含まれている「待ち時間」である.
その次の仕事を先に始めることができれば良いが,該当する仕事の納期が迫っていてその版ができるのを待ってでも仕事を完成しなければならないときや,その後の仕事の版もできていないときにもこのように機械を停止しておかなければならない時間が発生する.
日常の機械のメンテナンスを怠らなければ,印刷作業中にトラブルが発生して,印刷機械を止めなければならないという事態を減らすことができる.
機械のメンテナンスの時間も間接作業時間のひとつの要素であるが,時間をとって定期的に機械を点検し必要な保守を行うことの方が,それを行わずに作業中に機械を止めて故障の処置をするよりも,少ない作業時間で済む. また,印刷機械の故障による作業中の機械停止は,納期遅れを引き起こしたり,仕事のスケジュールを乱して工場全体の能率を落とすことにもなる. 設備管理の善し悪しが機械時間率の高低に影響する.
A社の場合,日程管理が良いので,待ち時間は,このデータをとった25日でわずかに3.5時間,対実働時間比率で1.9%に過ぎない. また機械のメンテナンスも良いので,機械故障によるトラブルはゼロである. したがって,間接作業時間のほとんどは,始業時と終業時の作業であり,間接作業時間は一般に比べて少なく,機械時間率が高くなっている.
一般的には,待ち時間がA社の事例よりも多く,機械時間率は80%程度である.
スケジュールどおりに仕事が進まずに,作業の進行が混乱するしわ寄せは後加工工程ほど大きくなるので,印刷機械現場よりも後加工工程の機械時間率が低くなるのが普通である.
3.運転時間率
A社の運転時間率は,75.9%で,一般的な会社に比べてかなり高い.
運転時間率は,主体作業時間/直接作業時間=(直接作業時間―準備作業時間)/直接作業時間だから,準備作業の時間が短ければ運転時間率は上がる.
運転時間率の善し悪しを左右する主な要因は,@ロットの大きさ,A作業者の技能水準,B印刷機械の性能である.
準備作業時間は,仕事のロットの大きさに関わりなく同じだが,主体作業時間の長さはロットの大きさに応じて長くなる. ロットが大きければ大きくなるほど,直接作業時間に占める主体作業時間の割合が大きくなるので運転時間率は大きくなる.
経済が発展し印刷市場が成熟化してくると,印刷需要として小ロットの印刷物の需要が増大し,運転時間率を低下させるのが常である.
1970年代を通じて,印刷機械各部分の初期設定を的確に行えば,その後は一定品質の印刷物を安定して印刷できる技術,設備が開発され普及した. これは,機械時間率の向上に寄与した. しかし,機械各部の初期設定を的確に行うためには,印刷作業者としての長い経験に裏付けされた高い技能水準が要求される,という状況は余り変わらなかった. したがって,準備作業時間の長短も,作業者の技能水準の高さによって大きく異なった.
しかし,1980年以降,各機械メーカーが,各種調整作業の脱技能化,自動化のための技術開発を精力的に行い,成果として大幅な準備作業時間の短縮が可能になった 現時点では,印刷機械にどのようなオプションを付けるかによって,準備作業時間は3倍もの差が出るようになった.
A社の事例において,平均ロット数は7291枚/点で,全版4色枚葉印刷機のロットとしては平均よりも長い. これが,A社の運転時間率が高いひとつの要因である.
A社の印刷機械の目標回転数は10000rphだが,実際の回転数は9338rphである.平均ロットは7291枚/点だから,平均の本刷り時間は0.7784時間(=7269枚/9338rph:46.7分)である. 一方,準備作業時間は平均15分だから,直接作業時間は61.7分(=46.7+15.0)である. このうち,実際に製品を印刷している主体作業時間,つまり本刷り時間は46.7分で運転時間率は75.7%となる.
しかし,日本の印刷工場で全版4色機の平均ロットが3000枚,4000枚という工場はめずらしくない. もし,A社の全版4色機の平均ロットが3000枚であれば,印刷時間は3000/9338=0.32時間(19.2分)だから運転時間率は56.1%( =19.2/(19.2+15.0))となる. したがって,実稼働率も0.563×0.863=0.486と50%を割り,日本の平均的な実稼動率になる.
もし,平均ロットが3000枚でも運転時間率75%を維持しようとすると,直接作業時間は25.6分でなければならない. 準備時間を短縮してこれを達成するためには,準備時間を6.4分にしなければならない.
A社は,1999年2月にCTP(Comuter to plate)を導入し,9月には全自動刷版交換装置とCIP3システム(CTP用に用意されたデジタルデータで,直接印刷機械のインキ量調整を行う)を装備した4色印刷機を導入する. 主な目的は,脱技能化をさらに進めて生産性を高めることであるが,この設備投資によって,同社の平均ロットが4000枚程度まで下がっても,時間率は72%程度の高い水準を維持できる体制が整う.
4)シリンダー充満度
稼動率のひとつの指標として,シリンダー充満度がある.
これは,関係式Cで定義される指標である.
<関係式 C >
シリンダー充満度=実際に使ったユニット数/印刷機械が持つユニット数
A社の4色機では,図4のように4色の仕事だけでなく1色や2色の仕事も印刷している.
したがって,A社の4色機で印刷している仕事の1点当たりの版数(色数)は2.4版(色)/点である. つまり,稼動率のひとつの指標であるシリンダー充満度は60%(=2.4/4.0)である.これは,あまり良い数字とはいえない.
シリンダー充満度は,1)日程管理の善し悪し,2)受注内容と設備の整合性によって左右される.
日程管理がうまくいかないために,2色の仕事を2色機で刷りたいが,2色機が他の仕事で埋まっている. しかし,それらの仕事が終わってから印刷したのでは納期に間に合わないというとき,しかたなく4色機でその2色の仕事を印刷しなければならないことがある.
また,自社の4色機を常にフル稼動させるだけ十分に4色の仕事を受注できない場合にも,シリンダー充満度は1.0よりも小さくなる.
A社の全版4色機の1ユニットは,一日平均約53,300円の売上を上げることができる. しかし,この機械が実際に印刷に使っているユニット数は平均2.4ユニットであり,1.6ユニットは価値を生むことなく空回りをしている. 金額に換算すると1日当り約85,300円,1月当たりでは2,132,000円を稼ぎそこねていることになる.
シリンダー充満度も高いに越したことはないが,現実にはさまざまな状況の中で,シリンダー充満度が理想を下回ると想定されても設備導入をした方がトータル的なメリットが出るという場合もある. A社のように,シリンダー充満度が60%であっても利益が出ると判断できるならば,その機械を導入するという判断は悪いとはいえない.
2)スピード生産性
(1) 印刷スピード(1時間当たり通し数)
A社の4色機の実稼動時間は1ヶ月184.4時間であるが,この中で,実際に製品となる印刷物を印刷している時間(主体作業時間)は120.7時間である .
一方,1ヶ月間に印刷した印刷用紙枚数は1,126,665枚である. したがって,本刷時の1時間当りの平均印刷枚数,つまり平均印刷スピードは9334枚/時である.
A社の4色機のカタログ上の最高回転数は12,000rphであるが,実際の印刷物は紙や絵柄がさまざまなので,必ずしもカタログ上の最高回転で印刷できるわけではない. したがって,A社では,この機械の目標回転数を10,000rphとしている. この目標値は,平均的な水準である.そして,実際の回転数9334rphは決して悪い数字ではない.
(2) 版替えスピード
A社の4色機では,1ヶ月で379版を印刷する. 一方,準備作業時間の1ヶ月間の合計は38.4時間である. したがって,1版当りの準備作業時間,つまり版替えスピードは6.1分/版(=38.4×60分/379版)である. したがって,4色の印刷の場合には,25分程度の準備時間がかかることになる.
この機械には,インキプリセットシステムは装備されているが,ブランケット洗浄機や刷本自動交換装置は装備されていない. また,専従作業員は1人であるから,ひとつの仕事の版替え時間が25分という速さは,平均的である.
(3) 損紙率(枚数)
生産性そのものではないが,原価に影響する要素として損紙の枚数がある.
図5は,日本の印刷業界の損紙枚数の目安として提示されている数字である.
たとえば,片面4色で5000枚を刷る場合の損紙の目安は,111×4枚=444枚で,必要な印刷枚数に対する比率は8.9%(=444/5000)である. A社の4色機の平均ロットは7269枚だから,4色の印刷の場合の損紙の目安は148×4枚=592である.必要な枚数に対する比率は8.1%(=592/7269)となる.残念ながら,A社の損紙のデータはない.
かなり高い品質が要求される仕事(例えば自動車のカタログ)が多いある会社では,この目安よりも高い損紙枚数(5000-10,000枚の4色の仕事で225枚×4=900枚)を標準としている.
ここでいう損紙は,本刷を始める前にインキ調整や見当合わせ等の準備作業段階で使われる白紙と,本刷中に品質欠陥が発生して,製品にならない紙を含んでいる.
新しい技術,設備は,いずれの損紙の発生も削減する効果を持っているが,最近の技術進歩は,特に準備作業段階の損紙を大幅に削減することを可能にした. たとえば,小森のハイパーシステムでは,4色の印刷でも,20〜30枚の予備紙の試し刷りで本刷りができるようになっている.
(4) 価値的生産性
以上の各種生産性指標は,物的生産性を表す代表的な指標である.物的生産性とは投入した時間,人員,資本に対して,どれだけの量(例えば印刷枚数)が産出されたかを示す指標である. 物的生産性に対して,価値的生産性という概念がある. これは,生産に投入した時間,人員,資本に対してどれだけの価値(売上,加工高,利益)が産出されたかを示す指標である.
A社の全版4色機の1ヶ月の生産高(金額)は3,198,684円である. インキ代や湿し水などの消耗品費は,この売上に対応する費用として含まれるが,印刷用紙代は別の請求になる.
この金額は,印刷現場がA社の営業に売渡した売上金額の合計で,顧客への売り値は営業の経費と利益分を上乗せしたものになる.上乗せ分は20%前後である.
実動時間は184.4時間だから,実動時間1時間当たりの生産高は17,351円/時である.
機械のオペレータは1人だから,これをベースに計算した一人1時間当りの生産高(価値的労働生産性)は17,351円/時・人である. ただし,紙の取扱いを専門に行っている作業者を0.5人分として加算した時の一人1時間当りの労働生産性は11,567円/時・人(=17,351/1.5)となる.
印刷市場が年率2桁を越える高い成長をしているときは,需要が供給力を上回っているのが普通で,物的生産性が上がれば利益も当然のごとく上がった. したがって,経営数字としては,物的生産性を見ていれば大きな判断の誤りをすることはない. しかし,市場の成長率が低下してくると,価値的生産性自体を常に評価しないと大きな判断ミスを犯すことになる.
市場が成熟化してその伸び率が1桁台,それも5%を下回るようになると供給力が過剰になり,価格競争が激化して価格が低下してくる. 多くの会社は,価格が低下しても利益が出るようにするために,価格低下に見合ったコストダウンを実現できるさらなる設備投資をして物的生産性を向上させる.その結果,供給力はさらに過剰になるといった悪循環に陥る.
短納期のような市場ニーズに対応するためにも物的生産性を上げなければならないが,そのようなニーズに対応しても価格が上がるわけではない. したがって,投資に見合った価値的生産性,つまり価値的資本生産性を上げることは期待できない. また,その投資が省人化を伴なわない投資であれば価値的労働生産性も向上しないので,投資によって利益性が改善されるどころか,かえって利益が圧迫されることになる.
図6は,日本の印刷業界の価値的労働生産性(1人当たり出荷額)と価値的資本生産性(出荷額に対する有形固定資産額の割合)の推移を,1970年を100とする指数で比較したものである.図6でみると,価値的労働生産性は1990年まで上昇し続けた. 一方,価値的資本生産性は1980年までは価値的労働生産性とほぼ同じように上昇したが1985年以降は低下しはじめた. そして,1995年になると,資本生産性だけでなく労働生産性も低下した.
1970年代末までは,労働,資本,いずれの投入に対しても,投入量を上回る売上の伸びがあった.したがって,価値的労働生産性,価値的資本生産性共に上昇した. しかし,1980年代に入ると,売上の伸びが鈍化する一方で,性能が格段に上がった設備価格が大幅に上昇して価値的資本生産性は低下し始めた. ただし,これらの設備導入によって省人化が出来たので,価値的労働生産性が上昇して価値的資本生産性の低下とバランスした. つまり,資本で労働を代替えするという法則通りのことが起こった. しかし,供給力が非常に増大した上に印刷市場が成熟化し供給力過剰になった1990年代には,もはやその法則は効かなくなった. この状況が行き着く先は明らかである. 需給関係がバランスを取り戻すまで企業の淘汰が続く. 現在の日本の印刷界は,まさにそのような状況の真っ只中にある.
December 8,1999
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