Appleの独創性と孤立
DTPの立ち上げ時の牽引力であったAppleは,これからも何らかの牽引の役割を果たすのだろうか,それともAppleの役割は終わったのだろうか.Appleは創業者でもあるSteve Jobsの復帰によって大きく方向転換をしつつあるが,必ずしも期待だけでなく,不安をもつのらせているようだ.
Appleの今日の姿の原因が何かを振り返ってみると,ジョブスがいなくなってスカリーになった時点でひとつの要素が考えられる.Appleが使っていたCPUはモトローラ68000シリーズは1990年代の始めには68040になった.しかしモトローラは次の68050を出さないことになった.68030,68040はUNIXのワークステーションに使ってもらっていたが,その分野はリスクプロセッサに変わって離れていった.もうモトローラの68系を使うコンピュータはAppleだけのようなものなので,Apple 1社のために68050を開発することはできなかったのだろう.
つまり独自路線を行ったAppleはモトローラからCPUを絶たれ,それで当時オープン政策だったスカリーはOS/2をどうにか立ち上げたいIBMと一緒にやろうと考えたのだろう.しかし当時このニュースを聞いたときに危ういものを感じた人は多かったと思う.
1980年代のインテルのCPUは,68000系に比べて設計上で劣っていたところがあったが,モトローラの68030の時代にインテルの80386が出て,これはSUNがUNIXのワークステーションを作ったくらいのものとなった.モトローラの68040の頃にインテルが80486を出し,これがぐんぐん良くなり,Pentiumに引き継がれる.
AppleがリスクのPowerPCへの切り替えで,アプリケーション開発は書き直しになった.これから売れるかどうかわからないソフトは書き直せないので,PowerMacになっても効率化しなかった.そのため古いマシンからの買い替えのブレーキともなった.
このようなもたつきの間に,インテルのCPUが486からPenriumへと進んで,しかもこちらは性能よりも過去との互換性を重視し,ソフトは書き直さなくても高速化し,マシンの買い替えに弾みがついた.
MacはGUI/WYSIWYGのモデルを提示したが,それが大量生産して売れる時代になった時にAppleがもたついてしまったのが不運であった.
AppleがIBMやモトローラと交わしたPowerPCの約束は,新分野に実績のない3社の夢を描いただけで空手形だったのだろうか.確かにPowerPCはIBMマシンのCPUとして今でも進展しているが,パソコンCPUとしてはどうなのだろうか.過去の例でも,よい将来計画を作ると,その弱点をインテルに見すかされて対抗策を許してしまう.
インテルは1社で動けるが,悪く言うとモトローラ/IBM/Appleの3社がもたれあっていて,インテルに対して有効な反撃はできない.ジョブスはPowerPCを見限ったようにも受け取れるが,それは独創的な経営をしていた視点からすると当然かもしれない.しかしすべてを自社でできるわけではないので,孤立して挫折することを避けるためには,他社とはもたれあいでない強力はパートナーシップも必要である.
(テキスト&グラフィックス研究会会報71号より)
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