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オフ輪印刷と現場教育の基本
〜「何を教えるか」から「なぜ教えるか、なぜ学ぶ必要があるか」へ〜
樋口 宗治 氏
(プリンティングアドバイザー)
元・日立インターメディックス叶サ造本部専門部長
技術が進歩し、コンピュータ化が進めば進むほど、いい仕事をするには「仕事の基本」が大変重要でだ。基本とは整理整頓である。物つくりの現場は、機器が動き物が動く、それを安全かつ生産的に動かすための環境整理であり、もうひとつは良い物をつくる知識でありノウハウを理解し、共有化するための情報の整理である。
1.オフ輪工場の光景
地方都市にあるA社の工場には、オフ輪機3台と枚葉印刷機等が設置されている。背広の上着をユニフォームに着替えて、工場内を案内して頂いた。職場には資材置場、刷り本置場等には下げ札が下げられていて、床には通路を示す白線が引かれていた。狭いながらも整然として感じである。オフ輪機の前には、部品・工具棚があり、きちんと並べられていた。見学後の話の中で、「整理整頓が良いですね」という感想に対して、工場長は「ここまでくるのに7年かかりました」という返事であった。
B社は東京の近郊にあるオフ輪専業社で、数台のオフ輪機と製本設備を持っている。下請けの仕事が多いので、繁閑の差が大きく、この時にはたまたま超繁忙期であった。
印刷現場に行くと、1台のオフ輪機はスタバンの紙詰まりが発生していたので、折り丁が散乱して近寄れない感じであった。それを避けて隣のオフ輪機を見せて頂いたが、古くて使えそうもない部品が棚の中に雑然と置かれており、インキ洗浄油の容器にはフタがされず蒸発を待っている感じであった。オフ輪機の裏側に回ってみると、ホースや電線が油とインキで汚れている。背広を汚さないように、しかも滑らないように注意しながら歩かなければならない状態であった。別のオフ輪機に移動した時の通路部を見ると、人の通る所は床のコンクリートの色が見えるが、両端は黒くなっていて床の色が見えなかった。
C社は大手印刷会社の一角を占めている総合印刷会社である。昭和60年代に作られたオフ輪機が、多少速度は遅いが順調に回っている。このオフ輪機の隣には、外観や塗装のすり減り具合から判断すると、更に古いオフ輪機が快調な音を立てながら印刷していた。
製本室ではそれよりもっと古い中綴じ機が稼動している。外国製の相当古いタイプの鞍掛け機と、別のメーカーの三方断裁機をドッキングして使っている。どの機械にもメンテナンス表を貼ってあり、設備の状態が誰にでもわかるようになっていた。各職場にはTPM(Total
Productive Maintenance)の実施計画を掲げてあり、最近の活動状況が分かるようになっていた。生産設備は古いものもあるが、インキ、油、紙粉による汚れを拭き取ってあり、しかもオフ輪機の裏側も前側と劣らない程度にきれいになっていた。日頃の手入れが行き届いている様子であった。
2.機械の裏側、ゴミ箱、顔つき
私は印刷工場に伺ったと時には、機械や製品の作り方等について尋ねるだけでなく、機械の裏側、ゴミ箱、そして作業者の目つき・顔つきを見るようにしている。
メイン通路、機械の表側はきれいに清掃されて片付いていても、機械の裏側、物陰等普段は人目につかない所が雑然としていたり、汚れたりしている場合を良く見うける。作業者は目立つ所等の最小限の部分の手入れをして、上長のいうことに不承不承に従っているというところではないだろうか。
印刷機の回りには必ずゴミ箱が置いてある。PETボトル、紙パック、紙コップ等がヤレ紙と一緒に入っていないか、ヤレの量は多くないか等分別排出の徹底度と段取時のヤレ率がゴミ箱を見れば判ってくる。
作業者の服装は、インキ、油で汚れていないか、袖口のボタンは止めてあるか、靴のかかとをつぶしてないか。そして顔つきを見る。容姿ではなく、目つき、口元を見て、キリットしまっているか、動きがキビキビとしているか。これらを見れば仕事に対する意欲がある程度見えてくる。
工場長や責任者に工場案内して頂いている時に、この様な点をチェックしているのである。案内者は自社の良い点を一生懸命にPRしていても、この様な点が良くないと、上層部だけで空回りしているのではないかと意地悪な質問をしたくなる。これらの点がしっかりしていれば成る程、あなたのおっしゃる事は工場の隅々まで徹底している、よく管理されているので良い製品ができる訳はこんなところにあったのかと納得してしまうのである。
今まで述べたことは、安全衛生でいわれている「5S」(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の範囲内のことであるが、職場の基本的なルールとして、また企業人として必須項目である。家庭でも親から教えられるが、入社後に更に徹底して教えなければ1人前の企業人にはなれない。5Sの悪い職場ではケガや品質上のトラブルが発生し易い環境になっている。例えば、水タレ・油タレ、インキトビ、ゴミつきは機械の5Sが悪いから発生するのである。5Sの徹底によって、このような目に見える具体的な効果の他に、職場や人々の気持ち、言い替えると積極的な取り組み、決められた事をきっちり守るという職場の雰囲気が醸成されるようになってくる。この間接的な効果も大切である。
3.研修はラーメンのどんぶりを片付けてから
オフ輪印刷でコート紙にカラー印刷を始めたのは昭和45年(1970年)頃からである。それまでは、単色物で更紙・上質紙には印刷していたが、コート紙にカラー印刷できる状態になっていなかった。しかし、オフ輪機を経験していない会社でカラー用オフ輪機を導入する会社が増え、オフ輪印刷技術の習得が最大の課題であった。
この様な時代に、こうづま高妻氏は大手印刷会社でオフ輪機を長年使用していた経験を基に、インキ会社に移り、カラーのオフ輪印刷技術を指導されてきた。全国のオフ輪導入会社からは引っ張りダコで、氏の経験と技術は貴重な存在であった。
氏は印刷現場に行くと、先ず職場の物陰に置かれているラーメンドンブリ(残業や徹夜が多い時代であり、今日の様にコンビニ弁当はなかった)を片付けさせ、それが終ってからオフ輪の胴仕立て、テンション、折り機等のノウハウの伝授をされた。指導の仕方は中々厳しいものがあったが、オフ輪機を早く安定稼動させたい会社と従業員は必死になって技術を習得したものである。何故、ラーメンドンブリを最初に片つけさせたか、その理由を氏からうかがう機会はなかったが、整理・整頓ができない職場では、教育する場にならない、やるべき事をきっちりやって、その後に新しいこと、難しいことに挑戦するという考えであったのではないだろうかと私は想像している。
4.「何を教えるか」から、「なぜ教えるか」「なぜ学ぶか」に
技術の進歩が速く、それに追いついてゆくためには従業員の教育が重要である。多少の教育を行い、ブッツケ本番で新しい仕事をやらせてみることも、1つの教育方法(OJT)である。真迫感があり、必死になって覚えるので、有効な方法だ。しかし、より深く、幅広く理解してもらうためには現場を離れて勉強することも重要である(OffJT)。基礎知識、応用知識、他社の事例等作業現場では得られない教育効果がある。とくにリーダとなる機長候補者達には外部の体験は必要であろう。
40〜50年以上昔には、先輩の仕事を見て、何とか自分のものにしようと努力し、体で覚えた。習得には時間がかかるが当人の意欲を自然と引き出すことができた。
その後、変化のスピードが上がり、今までの教育方法では変化に追いつけなくなってきたので、教育の時間と場を確保して、新人や配転者に教育してきた。この時にはどんな内容を教えるかを考えれば良かった。
今日では、技術進歩によって自動化・コンピュータ化が進み内容理解と操作理解が乖離しても一定の品質のものが出来るようになると、何故その知識が必要であるか、なぜ教育を受けなければならないのか、をしっかり伝えて納得させなければならない時代である。なぜなら目に見えない部分が多くなった分、頭で理解(イメージ)する必要があるからだ。そのことが解れば気持ちよく教育を受ける下地ができるはずだ。教育担当者あるいは上司はこのように時代の変化とともに教育方法が変化していることをよく把握しておく必要がある。教育の事前準備をしなければならないのである。
教育の受け手の技術環境の変化や労働意欲の変化につれて、企業側も対応方法を変えていかなければならない。学ぶ意欲を高めるためには成果主義だけではなく、働く喜び、学ぶ喜びを感じられるような経営が必要になっている。それがまた、業績の向上に結びつくのである。
5Sの重要性については改めていうまでのことはないが、比較的最近私が経験したことや最近の若者への教育のあり方に対する1つの側面を提起した次第である。
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