マスメディアに一石を投じるニュースを配信
日本初のインターネット新聞「日刊ベリタ」


インターネットの登場によって、新しい形のメディアが次々と誕生している。日本初のインターネット新聞「日刊ベリタ」は2002年6月に試験版をスタートし、翌年8月に株式会社化。イラク戦争をはじめ国際報道を中心とした内外のニュースを流している。どのような位置付けのメディアを目指しているのだろうか。同新聞を展開している株式会社ベリタ(東京都文京区、永井浩社長兼編集長)の編集部を訪ね、話を伺った。

インターネットを使ったささやかな挑戦


社長兼編集長・永井浩氏
「ここが編集部です」と通されたのは、編集プロダクションのオフィスの一角に机二つ、パソコン二台が置いてあるだけのこじんまりとしたスペース。ここから内外のニュースをデイリーに発信しているのだ。編集スタッフは5〜6人で、その中には大手メディアに携わっていた人や現役の人もおり、いずれもボランティアだ。

日刊ベリタに掲載している記事は、既存のメディアからピックアップした「リンクジャーナル」と独自の記事「ベリタオリジナル」の二本柱から成っている。
ネット上で公募した海外在住の市民記者が、現在、20ヶ国30都市に約50人おり、日々、ニュースを送ってくる。また、途上国のニュースを中心に世界に配信しているIPS通信や、大手メディアでは取り上げられなかったニュースを翻訳してメーリングリストで流しているTUPというグループなどと契約し、コンテンツを自由に使うことができ、ニュースサイトが充実してきた。現在、月間ページビューは約9万だ。

「既存のメディアに対する批判が高まっているけれど、批判をしているだけでは生産的でない。批判の対象を乗り越えるような試みをしなければいけない」
元毎日新聞の記者である永井浩社長は、そんな思いを募らせていた。とはいえ、新しく新聞社やテレビ局を作るのは到底不可能だ。そんなとき、インターネットという新しいメディアの可能性に気づき、永井氏たちのささやかな挑戦が始まったのだ。

ベリタを立ち上げる直接的なきっかけになったのは、2001年9月11日の同時多発テロの報道だった。
「日本のメディアは、アメリカのブッシュ大統領の発言をそのまま垂れ流しているだけだった。そういうスタンスのメディアがあっても構わないけど、民主主義社会では、多様な視点からの情報を読者や視聴者に提供するのが、メディアの本来の役目のはず。報道の対象はどんどん複雑化しているにも関わらず、一つの視点からしか物事を見られないような現象がおきている」

既存のメディアで報道されている内容に対して、「こういう見方もできるんだよ」という判断材料をできるだけ多く提供したいと考えた。

一部のニュースを有料化

スタート当初は全て無料で購読できたが、ヒット数がある程度伸びてきた2003年3月、一部の記事を有料化することに踏み切った。資金的基盤の確保のためでもあったが、「日本のインターネット情報が無料となっている中、有料化して、果たしてどのくらいの人が読みつづけてくれるか。一抹の不安はあったけど、質の高い情報を提供すれば、有料でも読んでくれる人がいるはずとにらんでいた」。

有料ニュースは、独自取材したものや契約している通信社の翻訳記事で、マスメディアでは拾えなかったニュースやルポ。見出しと要約は無料で読めるが、その先を読むには、一本あたり30円から250円まで設定されている。

「ビジネスモデルは、まだ出来上がっていないんです。でも、既存メディアも、誕生したときは、ビジネスモデルはなかったわけです。活字メディアが登場して、新聞、雑誌という形に定着するには相当な時間がかかっている。テレビも同じ状況です」
さしあたっては、インターネットが切り開いてくれた可能性にかけて、既存のメディアができなかったことをやってみようと意気込んでいる。

ベリタに関心を寄せる各メディアからの情報提供も増えてきた。「無数にあるサイトの中で、一つのポータルサイト(入口)的役割を、ベリタが果たしていけるようになれば面白いですね」と永井氏。
また、既存のメディアに携わる人たちがベリタの紙面を読んでいるという噂も聞くようになった。購読量が着実に伸びており、手ごたえはつかんだ。

メディアリテラシーの実践


 手前の机二つがベリタの編集部
溢れるインターネット情報は、玉石混交。そんな中で、「我々は、『石』の情報とは一線を画して『玉』の方を発信したい」と永井氏。長年、メディアの現場に携わった経験から、どれだけの情報量、質を確保しなければならないかを判断するプロフェッショナルな視点には自信がある。

情報を受け取る一人ひとりの市民も、正しい情報を見極める力を養っていかなければならない。永井氏は「同じテーマについても、海外のサイトなどで検索して、複数のニュースを比較してほしい。そういう作業を続ければ、メディアリテラシーが実践できるはず」とコメント。
既存メディアの情報と読み比べて、自分なりに分析し、理解を深めるための一つのきっかけになるためにも、マスメディアとは違った視点からの情報を発信していきたいと考えている。

「インターネット新聞作りは楽しいんですよ!」と永井氏は笑顔を浮かべる。それは、「新しいことをやっていて、それに対する手ごたえが返ってくる。着実に前進している実感が得られる」からと言う。インターネットだからこそ味わえる感覚だ。

一つひとつの記事に、読者からの書き込みができるようになっている。あるとき、ワシントン在住の海外記者が書いた「母の日」に関する記事があった。「母の日は、もともとは、アメリカで母親たちが息子たちを戦場に取られないようにという反戦運動から始まったもの。2003年、イラク戦争が起きて、アメリカ市民の間にも疑問や批判が出てきて、『母の日の原点に戻って、この戦争を考えてみよう』という小さな集会があった」といったもの。これに対して、「アメリカの対外戦争について考えてみよう!」「母の日に、歴史的な意味があったということを初めて知った。アメリカのお母さんたちにエールを送ります」といった書き込みがされていたことが心に残っていると永井氏は話す。

新しいジャーナリストを育てたい

ベリタのような動きは、川に例えれば、あちこちに湧き水が出てきた段階。それがせせらぎになって、小川になって川に合流していくのだろう。
「メディアに限らず、いろいろな分野で、新しい芽が地球から出てきているのではないだろうか。既存のメディアは、その役割を担って、それぞれのメディアが持ち味を発揮しながら、オーケストラやジャズのように、にぎやかで楽しい空間を作っていけばいい。多様な情報空間が発展していくことが望ましいですね」

今後の目標としては、「ヒット数のゼロを一つ増やしたい」と言う。
「我々の発信するメッセージをできるだけ理解してもらいたい。そうすれば、いろいろな良きライバルが生まれてくるはず。韓国のように、インターネットメディアがひしめくようになると活性化して、相乗効果が得られるだろう。そのためにも我々が頑張らなくてはいけませんね」

インターネットの特性を生かして、ニュースサイトに映像や音声を取り入れることにもチャレンジし、質の高い情報を発信して一歩ずつ前進していきたいと言う。そして、「将来的には、新しいジャーナリストを育てていきたい」と夢は広がる。

(文・写真 岡 千奈美/2004年3月)

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