道中膝栗毛發端序
鬼門關外莫道遠五十三驛
是皇州といへる山谷が詩
に據て。東海道を五十三次と
定めらるゝよしを聞けり。予此街道
に毫をはせて。膝栗毛の書を
著す。元来野飼の邪々馬
といへども。人喰馬にも相口の
版元。太鼓をうつて賣弘たる
故。祥に乗人ありて。編數を
累ね。通し馬となり。京大阪
および。藝州宮島までの長丁場を
歴て歸りがけの駄賃に。今年
續五篇。岐蘇路にいたる弥次郎
兵衛喜多八の稱。異國の龍
馬にひとしく。千里の外に轟
たれば。渠等が出所を問ふ人あり。依て
今その起る所を著し。東都を
鹿島立の前冊とし。おくれ
走に曳き出したる。馬の耳に風も
ひかさぬ趣向のとって置を。棚
からおろして如斯。
十返舎一九志
于時文化 甲戌初春
道中膝栗毛發端
東都 十返舎一九編
武蔵野の尾花がすゑに。かゝる白雲と詠しはむかし〳〵
浦の苫屋。鴫たつ澤の夕暮に愛て。仲の町の夕
景色を。志らざる時のことなりし。今は井の内に鮎を
汲む水道の水長にして。土蔵造の白壁建つゞき。
香の物桶。明俵破れ傘の置所まで。地主唯は通
さぬ大江戸の繁昌。他国の目よりは。大道に金銀も蒔
ちらしあるやうにおもはれ。何でもひと稼と心ざして出かけ
来るもの。幾千万の数限りもなき其中に。生国は
駿州府中。栃面屋弥治郎兵衛といふもの。親の代
より相応の商人にして。百二百の小判には。何時でも
困らぬほどの身代なりしが。安部川町の色酒にはまり。
其上旅役者華水多羅四郎が抱の鼻之助といへる
に打込。この道に孝行ものとて。黄金の釜を掘いだせし
心地して悦び。戯気のありたけを尽し。はては身代に
まで。途方もなき穴を掘明て留度なく。尻の
仕舞は若衆とふたり。尻に帆かけて。府中の町を
欠落するとて
借金は富士の山ほどあるゆへに
そこで夜逃を駿河ものかな
斯足久保の茶なることを吐きちらし。やがて江戸に来たり。
神田八丁堀に。新道の小借家住居し。少しの
貯へあるに任せ。江戸前の魚の美味に。豐島屋の剣
菱明樽はいくつとなく。長屋の手水桶に配り。終に
有金を呑なくし。是では濟まぬと鼻之助に元服さ
せ喜多八と名乗らせ。相應の商人方へ奉公にやりしが。
元來さいはじけものにて主人の氣にいり。忽ち小錢の立
まはる身分となり。弥治郎は又國元にて習覺たりし
あぶら繪などをかきて。其日ぐらしに春米の當座買。
たゝき納豆あさりのむき身。居ながら呼込んで喰つてし
まへば。鐚錢一文も殘らぬ身代。田舎より着つゞけの
布子の袖綿が出ても洗濯の氣を付くるものもなく是は
あまりなる暮しと。