近年、本木昌造・活字復元プロジェクトがあった。活字の時代の仕事や作品に対するノスタルジーが語られることは多くても、その技術を正確に評価することは少なかったが、このプロジェクトを通して当時の技術の高さに驚かされた。CDの登場以前のレコード盤の音の溝の再現技術と同様であったことも興味深かった。このプロジェクトでも現在残っているレコード盤の複製技術が役に立った。活字の再生産能力は高く、そのおかげで人類は多くの知識を共有できるようになった。
しかし高等教育を受ける人が少数で国民全体としてみると知的水準が十分でなかった時代は活字でも情報需要をまかなうことができた。戦後は民主教育が浸透し、また堰を切ったように海外からの莫大な情報がもたらされ、産業が発展し、高度経済成長を経て、情報化社会を迎えるような社会の変化に伴って、文字印刷の需要は指数的に伸びていった。そうした背景でさまざまな文字組版システムが開発され、活字の生産性は時代に合わないものとなった。中でも大きな期待をよせられて腐心したのがコンピュータ組版である。
活字の生産性向上には自動鋳植機が開発されたが、それと似たコンセプトで新聞分野では自動写植機が開発された。これは入力部分は自動鋳植機と兼用で出力機だけを入れ替えるようなものであった。コンピュータ組版はこの出力部分の高速化だけではなく、文字組版から漢字情報処理までを含んだものであった。開発が先行している欧文では、ハイホネーションやジャスティフィケーションという複雑な処理をコンピュータで高度に行わせるのが目的であったので、それを日本にあてはめると組版処理の高度化になるが、当初は必ずしもコンピュータで組版が向上したわけではなかったと思う。
百科事典のような膨大なデータ処理では威力を発揮したコンピュータ組版ではあったが、高校野球の試合経過をどここまで夕刊に載せられるか、という現場の柔軟さではなかなか活版に匹敵できるようにならなかった。赤字直しの効率化というのが最後まで課題であったと思う。コンピュータ組版は、CTS、電算写植、電子組版機、DTPなどなどいろいろな名前があったように、大小いろいろなシステムに派生していったが、最終的にはどこでも赤字直しが簡単にできるものが勝ち残ることになった。コンピュータ組版の当初の狙いであった生産性向上が、設備コストの高さから大量処理・入出力速度向上に主眼をおいていたのに対して、コンピュータ設備の低廉化にともなって狙いどころを変えねばならないことが、開発者・利用者ともになかなかできなかったともいえる。赤字直しは大きな伏兵であった。
PAGE2007では、この40年間ほどの間にめまぐるしく変化したプリプレス分野のシステムに関わった方々をお招きして、特別セッションを2つ企画している。カラー・スキャナに関しては、郡司秀明、坂本恵一、庄司正幸3氏による F7 「 レタッチ50年×デジタル25年」 セッションが2月8日(木)に行われ、文字システムに関しては、澤田善彦(元大日本印刷)、島袋徹(元凸版印刷)、小野沢賢三(元写研)3氏によるトークショー「コンピュータ組版の軌跡」(参加希望者は tginfo1@jagat.or.jp にお申込みください)が2月7日(水)18:00-19:30に文化会館7階で行われる。それぞれ、システムの登場前夜の様子から、黎明期の苦労・失敗談、その後のエポック、エピソードなどを当事者が紹介しながら、これからの世代にかける期待まで自由に話し合っていただく予定です。
2007/01/29 00:00:00