本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

経験が視野を狭くする

かつてのプロがプロでなくなる話を、構造が変わるグラフィックビジネスで書いたことがある。20世紀の末から急速に起こった「アナ→デジ」転換の余波は今も続いている。DTP関連では現場のデジタル化に対応できなかった人が営業にまわったような会社もある。しかしそれでは受注段階からデジタル化した現場に適合した仕事の流れに変えていくことの調整を営業が行うことはできなかった。現場のデジタル化を活かした受注に切り替えていくことができないと、現場の産み出す付加価値は減っていく。画像処理もXMLもビジネスとして軌道にのせることは困難になる。

従来からの印刷やその制作技術を核として、デジタル時代に新事業の展開に踏み出した会社と、アナログ時のビジネスモデルのままで縮小していった印刷会社を比べると、前者の方が桁違いに少ない。要するに印刷業界の多数派にとってはデジタルは苦難の道以外なにものでもなく、ひたすら「困った、困った」ということになる。しかし、デジタル化でチャンス到来の会社も多くあることには、いくら身近にニュースがあっても目がいっていない。近年PAGEでも採りあげてきた2000年以降のネットビジネスの開花などは、現場のデジタル化以上に縁の遠いものに思えるだろう。

視点を印刷物を発注して何らかのビジネスをしているクライアントに移して考えてみてはどうだろうか。例えばクライアントにカタログ通販をしている会社があるとする。そうすると日経MJの「eショップ・通信販売調査」を見ればカタログ通販が苦戦していて、牽引役はネット通販であることがわかる。カタログ通販はtop20社のうち7社(3分の1)が前年比マイナスであり、2桁マイナスに近いところもある。一方ネット通販では前年比マイナスが3社しかない。自分の顧客がカタログ通販で今は持ちこたえていたとしても、その会社は今何を考えているか想像してみよう。

つまり、その会社がまだネット通販では非力だとしたら、やはり近いうちにネット通販に力を入れざるを得ないことは理解できよう。ではどこからネット通販への投資資金をひねり出すだろうか。それは今後売上げ増の期待薄なカタログの費用を落としていくしかない。では印刷会社は「カタログ印刷を安くします」といって仕事を伸ばせるだろうか? しかし、もし競合の印刷会社が「カタログ印刷は安くしますが、その分でネット通販の増強をしたらどうですか? ウチでお手伝いできます」という提案をしたらどうなるだろうか?

実際にすでにそのように印刷およびWebなどの仕事はシフトしているのである。そのような例はいくらでもあるのに、当事者は「競合会社が安い値段でカタログの仕事を盗っていった」としか認識していないこともある。なぜ仕事のシフトが起こるのかという理由まで掘り下げていないのである。生活者・消費者のレベルではもうクロスメディアは常識である。だからビジネスをする側、販売促進をする世界では、クロスメディアの取り込みは必須になる。しかし制作製造現場は川上のクロスメディアの動きと連動する指向にはまだなっていないところが多い。

もし顧客のビジネスの枠組みが変わらないものなら、経験は仕事の効率化や改善に役立つものである。しかし経験の土台となるところが変わる時、すなわち「アナ→デジ」転換とかeビジネスへのシフトが起こる時には、従来の経験によって視野が限定されていると、周囲で起こっている事柄や、奥底で起こっている事柄に気づき難くなるのである。商業雑誌が減ってフリーペーパーが増えるのも、印刷物の良し悪しや単価など表面的な変化ではなく、紙媒体を使ったビジネスのあり方が大きく転換しているので、経験ではどう対処するか判断できにくいものである。

今必要なことは、局所的変化に目を奪われるのではなく、少しひいた視点で、もっと全体の動向を捉えるつもりで、関連分野の動向を知ることである。PAGE2008は、グラフィックス分野のビジネスの明日を考えるヒントがいっぱい詰まったイベントです。
デジタルでビジュアル化がどうなるか人々は新たなメディア技術をどう受け入れているかデジタルメディアでビジネスがどう変わるか制作工程の焦点は何かデジタル印刷も含めて管理の向上をどうするかDM活用がどのように変わりつつあるのか、など業界の生き残りを掛けた戦略テーマがコンファレンスで話されるので、経営幹部には必聴です。

2008/01/24 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会