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デジタル時代の知的財産権

デジタル化により,情報を提供する側は,目の届かないところでの複製や改ざんなどについて敏感になっている。これを防止するため,技術や法律で守ろうとする。その一方で,インターネットの世界ではフリーでプログラムを流通させることにより,市場への普及を促進するという動きもある。コンテンツの発信や受信する技術が発展を続ける中,従来の著作権法では,情報時代のコンテンツの権利をカバーするのは難しくなりつつある。

ここでは,通信&メディア研究会のミーティング「デジタル時代の知的財産権」より関西大学の名和小太郎教授の話を抜粋し,著作権のルール作りに対する新たな動きを紹介する。

著作権の歴史

現行の著作権制度はベルヌ条約(1971年改訂版)を正統な国際標準として位置付けている。著作権法の仕組みは,ベルヌ条約が最初に作られた1986年ごろの著作物に対する西ヨーロッパの考え方を反映している。当時存在したコピー機械はオルゴールと写真,輪転機,それに開発中の蓄音機,映画程度であった。

ベルヌ条約は,1971年以降はほとんど変更はなかったが,1996年に著作権条約(WIPO)が改定になり,それに合わせて著作権に関する各国の国内法が変えられつつある。

アメリカについては1989年になって初めてベルヌ条約に参加した。つまり,100年近くアメリカは国際標準の外にいたことになる。アメリカの著作権制度はベルヌ条約と違い,人格権と著作隣接権がない。ベルヌ条約に参加する際に少し項目を変えたが基本的には変わっていないという。

1994年には,WTOが『知的所有権の貿易的側面に関する協定(TRIPS:TradeRelated Aspects of Intellectual Property Rights)』を規定した。貿易の面から著作権をコントロールするためのルールである。ベルヌ条約とTRIPSのカバーする範囲は異なるが,ほとんどの国が2つの条約に入っており,著作権の基本的な考え方はこの2つのダブルスタンダードになっているという。

デジタル時代の問題点

デジタル化によりカット&ペーストが自由になるため,著作者人格権を侵害する恐れも出てきた。パロディが次々に登場する可能性もある。ネットワーク化すると,誰がどのような著作物を読んだかもすぐわかるようになるだろう。思想,感情の表現である著作物を,他人に知られてもよいのだろうか,という問題点も出てくる。エンドユーザ側では,複写や複製技術をもつようになり,技術を駆使して徹底的な著作権侵害が可能となる。人格権の侵害が行われ,海賊版が登場し,コピープロテクト外しも行われるようになるだろう。

これに対して,著作権法を改正していこうという動きがある。しかし,著作権に対する規制を厳しくしすぎると,表現の自由や情報の共有などを侵害する恐れがあると名和氏は懸念する。

著作権制度 ― 3つの理解

現在の著作権に対する理解を,名和氏は主に3つに分けている。

第1は正統派の解釈である「正統的理解」で,ベルヌ条約を基にして考えている。第2はWTO/TRIPSの考え方をベースとしたマーケット主導型の「市場主導的理解」である。第3は世界データセンターのルールに代表される「研究者的理解」である。

正統派は,著作権の国際会議において,各国政府が権利の所在と権利の制限を,法律をベースに長い歴史をかけて整備してきた。市場主導型は法律と契約をベースにして,各自が契約を結びながら権利を恣意的に上乗せをしていくという考え方である。研究者的理解はインターネットを通して一般に広がりつつある考え方である。法的なバックグラウンドではなく,研究者の世界の慣行で進められてきた。かつては狭い世界のため,悪いことをすれば相手にされなくなるという制裁が働いた。しかし,インターネットが急に大衆化したので,現在はいろいろ問題が起きている。

名和氏は今後,著作権における理解は,正統的理解が狭まり,市場主導的理解と研究者的理解がせめぎあいながら広がっていくだろうと予想する。

市場的理解が広がれば,コンテンツをもつ人は今までの秩序に安住することは難しくなるかもしれない。ネットワーク環境や端末など新しい技術が次々に開発され,競争原理が働くと,正統派理解(法律)でも保護できず,契約をしていないため市場的理解(契約)でも保護できなくなるケースが出てくるかもしれない。

映画をビデオにするという話が出てきた時,実は一番業績の悪い映画会社が最初にビデオ化に同意したという。名和氏は,コンテンツ業界で業績の悪い会社と,ハードウエア業界の業績の良い会社が提携していくかたちで,現在の著作権法はくずれていくのではないかと語る。

標準化の世界をモデルに

著作権に対する正統的理解は計画的に世界ネットワークを作り上げた。市場主導的理解は儲かるところにお金が入る仕組みになっている。研究者理解は自然発生的に動いている。

著作権の世界だけでなく,標準を作る世界や電気通信の世界でも,同様に3つの流れで動いていると名和氏は指摘する。

電気通信の場合は,ITUで国家間の取り決めを行い,各国で法律として制定する。しかし,正統的理解でルールを決めると時間がかかるため,市場主導的なデファクトスタンダードも普及している。さらに,研究者が集まり,ユーザ主導の民間の標準化団体であるIETF(Internet Engineering Task Force)でインターネットに関わる標準化を行い,RFC(Request For Comments)として規格書を公開するという動きもある。

正統的理解と市場主導型理解は,条約が先にあり,足りない部分をいろいろ提案していく。しかし,研究者理解を中心としたインターネットの世界は何もないところからスタートしているため,秩序が必要である。そこで名和氏は,インターネットにおけるさまざまなルール作りは,今後,著作権を含めて,標準化の世界がモデルになるかもしれないと語る。

例えば,個人情報や安全などは本来法律や条約で保護するものである。しかし,ISOではISO9000の延長として,環境や健康,リスクマネジメントなども扱う動きがある。ISOに強制力はないが,そのかわり,法律よりは容易に作ることができる。各国がISOのように相互認証という方法でルールを作れば,国境を越えたところでもデジタルコンテンツにおける著作権の秩序ができてくるかもしれない。(通信&メディア研究会2000年2月29日ミーティングより)

2000/04/07 00:00:00


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