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印刷がビジネスとなった世紀

 今崩壊しつつある古いパラダイムがどのようなものであったのかを考えるために,印刷に関わる人の意志が過去においてどのように変遷してきたかと,それに関連して社会への関わり方がどのようなものであったのかを考えてみよう。

メディア幻想の時代

 近代印刷術の祖といわれるグーテンベルグは,いったいどのような動機で印刷の開発に情熱を注いだのであろうか。当然今となってはわからないことではあるが,当初の印刷術がもたらした最大の社会的な「効用」は宗教革命である。グーテンベルグも42行聖書を残している。また日本に最初に印刷術をもたらしたのは宣教師であった。

 印刷術が宗教革命をもたらしたと単純には言えない。カトリック側が印刷術を駆使した方がはるかに多かったのだから。しかし印刷というメディアが双方に多くの影響を与えたことは確かである。メディアが彼らの信仰を拡大すると思われたようだ。つまり技術革新の使命感というのは直接間接的に信仰心の延長にあったといえる。他の多くの科学技術も同様であった。

 19世紀になって市民革命とあわせて新聞の登場は,識字率の向上をもたらし,広がる市民層が中心になってパブリックが社会の駆動力になり,戦争がなくなり社会はよりよくなる,という楽観主義に結びついた。確かに今世紀の中頃までに先進国では新聞が普及し,市民層は拡大した。世界がよくなるというのはメディアに幻想を持ちすぎであったが,やはり技術革新の情熱の一端にはなっていたと思われる。

 アメリカは自由と民主主義の国として,世界から難民亡命者を受け入れ,特にユダヤ人が多くジャーナリストとなった。統制の強い国では少数のマスコミがコントロールされるが,言論の自由を強調するアメリカではおびただしい新聞雑誌が草の根のように発行された。印刷技術も「誰でもメディアが発行できる」という方向で進み,DeskTopPublishingに情熱が注がれた。メディアを自由にすることが社会の浄化になるという幻想であろう。

 東西冷戦の終結を表わすベルリンの壁の崩壊は,実際は衛星放送で情報に国境が築けなくなったことも関係している。DTPソフトを作っているQuarkは冷戦時代に東欧の地下新聞や雑誌にタダで東欧版DTPソフトを作って配っていた。もちろん意味のあることではあろうが,しかしすでに印刷技術が社会に作用するという時代は過ぎていたのである。

経済の時代

 実際には1980年代に印刷の物的生産性は飛躍的に向上し,設備の省力化により少ない人数で大量の印刷物を提供できるという点が印刷産業を支えていた。ボーリング場とオフリン工場の投資額が同じくらいで,オフリン工場の方が稼ぎ続けられたのである。つまり経済的な価値故に印刷技術の開発は行われ,紙媒体の割安感を最大の武器にしていた。しかしこれは簡単に飽和し,生産の集中化寡占化が起こり,市場はそれほど広がっていかない。

 印刷製本は人件費が下げられないで止まってしまったが,プリプレスにおける設備高は1990年代に入りDTPの普及によりコスト削減が可能となって,印刷物の経済性向上がまだいくらかは続いている。

 この経済の時代においては,経済性向上とともに単価は下がり続け,仕事量を従来以上に確保できるところのみが生き残る。単価が下がるので,もし仕事量が増えないと売り上げは下がりはじめる。このような印刷業界そのものを危うくするようなゲームルールの中では,技術開発に情熱を持つのは難しく,印刷関連のベンダーは減る方向にある。

 では印刷の量はどこまで伸ばせるのだろうかと考えると,このゲームの特定少数の勝者以外は別の視点で印刷に取り組まざるを得なくなる。なぜなら印刷物の量の確保は先進国では望み薄であるからだ。その理由は,印刷物の量が実態と離れた見込み数であることによる。今日の日本では出版物の半数は誰にも読まれることなく捨てられる。カレンダーや手帳でも大量に捨てられる。この印刷数と必要数のギャップが生じたのは,過去のビジネスの方法では仕方ないことであったのかもしれないが,これが将来も続くとは考えられない。

 今日すでに情報用紙が増えたことに明らかなように,今後の紙需要はさらにプリンタやオンデマンド印刷を使った分散型の普通紙出力に比重が移っていくと考えられるが,その量的予測というのは難しい。それは印刷需要予測よりも前に,地球や人類の問題が予測し難くなっているからである。

 100年前は産業革命の余勢をかって,人類は科学技術のもたらす豊かな社会の登場を夢見ていた。20世紀には宇宙旅行が実現し云々というSFの原形は100年前にはできていた。しかし今から100年後を考える人にそのような楽観論者はおらず,予測といえば資源の圧倒的な不足,環境破壊,コンピュータが人間を追い抜く,遺伝子操作で伝統的倫理観の崩壊,などなどとても肯定的な夢を描くどころではない状態である。

 20世紀は「こうなるであろう」未来を考えたわけだが,21世紀は「こうしなければいけない」意志をもとに調和を求めていかなければ,22世紀は迎えられないかもしれない。とりわけ印刷などメディアに関連する人々の役割として重要なのは,社会的地球的に調和を高めることである。

2000/08/14 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会