本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

印刷品質を左右するディレクション

■「コンピュータと印刷」〜歴史上の最強コンビ
印刷はグーテンベルグの時代から四百年以上いやそれ以前から、紙にインキを転写するという方法をとってきた。この長い印刷の歴史の中で様々な印刷技術が培われ、印刷機、インキ、紙、刷版などが開発、改良され、大量複製を可能にし、それらは美しく表現され、正確に、記録・保存されるようになった。人類史上の最大の発明とよくいわれるのが「印刷」と「コンピュータ」である。現在はその印刷とコンピュータが融合した時代である。

印刷にコンピュータが導入されたことで、印刷技術が驚異的な進歩をしたのは言うまでもない。特に製版は今まで人手で行うアナログ作業が大部分を占めていたものが、コンピュータにより作業環境が激変した。いわゆる経験と勘という熟練技能にもとづく暗室でのカメラワークやライトテーブルで行うレタッチ作業や手集版などの作業が、コンピュータによって、普通のオフィス環境の中でデジタルデータによって「はんこ」作りができるようになった。

私が印刷会社に入社したわずか十数年前には、1台数億、年間保守料が何百万というレイアウトスキャナー(CEPS)が製版室に鼻高々に置かれ、多くの見学者の感嘆とため息をさそった。今思うとその機能はPhotoShopのVer.1.0くらいのことをしていたと思うが「画像と文字の統合」として夢開いたものだ。しかし1990年代に入ると急速にそのデジタル化の方向がいままでとは違ってきた。内なる技術革新ではなく印刷のそとからデジタルの波が訪れた。いわゆるDTPの登場である。あっという間に製版印刷の世界を席巻してしまった。

今ではパソコンと数十万円のソフトで、製版のほとんどの部分はデスクの上で出来るようになった。印刷技術の進化はコンピュータの進化でもある。ダウンサイジングが進み、高価なシステムでなければ実現できなかったものが、今や誰もが簡単に出来る時代になった。

この環境変化は10年一時代が今では3ヶ月一時代になりDOG YEARといわれる早さで変化している。現在は、インターネットというメディアの登場のなかで、印刷の営業活動、印刷の受発注まで変わろうとしている。もちろん印刷メディア自体がメディア間の競争のなかにされされている。

一方、印刷はコミュニケーションツールである以上、早く、大量にという物理的処理だけでなく情報伝達の相手つまり人間に対してより美しく、より感動的で、あるいは冷静で理知的に表現加工をしなければならない。そのための表現手法はノウハウの一つとして印刷が培ってきた。印刷は表現技術でありコンピュータはそれを実現するための処理技術である。

印刷にデジタルという新しいツールを使うことで、デジタルだからこそ実現できる新しい表現もある。PhotoShopの使い方ひとつ取っても、アイデアにより様々な可能性が見えてくる。数々のソフトと組み合わせたり、同じコマンドでも組み合わせ方や使い方でオリジナリティを創出することができる。ここにデジタルによる無限のデザイン、無限の可能性が期待できる。だが、それはコンピュータが自動的にやってくれることではなく、人間が創造しているからこそ実現していることである。ディスプレイを見ながら好みの大きさの文字を自由に描き、加工することができる。それもいくつでも同じものが自分の目の前で作れるのだ。

デジタルでは当たり前のことだが、この技術がデザインに無限の表現を与えることができた。今までは何時間もかかっていたものが、簡単にできるようになったり、人の手ではできなかったことができるようになった。


■コンピュータが管理するものと人間が管理しなければならないこととは根本的に違う
では、デジタルという数値化、標準化されたシステムだけで「良い印刷物」ができるであろうか。何を標準とし、どれたけの数値にすればよいかは、人間決めることである。コンピュータは人間のもつ創造性をより深くサポートしてくれる道具であるが、デザインの方向性、コンセプトを決めることはできない。

プロの印刷制作では、デジタルがいかに発展しようとも、まだまだ自分の求める印刷物を作るのはそれ程簡単ではない。技術的にも残念ながら、デザインの部分から製版、刷版まではデジタル化されたが、印刷にはまだまだアナログ的な部分が多い。校正刷りと本機との再現の違いや、本機でのインキの盛りなど、まだまだ数値で管理しきれない部分が存在するのが現実だ。

また、たとえすべての工程がデジタル化され、数値化されコントロールされてもそれは入口から出口までを変動なく一環した管理下に置くことができるということで、それがクライアントの要求に沿ったものであり、デザイナーの意図したものかどうかはまったく別のことである。印刷工程は分業化されたシステムである。芸術的作業工程とは違う。クリエイターが全て自分でデザインから製版、刷版、印刷までをこなすことができれば、自分の責任において印刷物を製作することができるが、商業印刷物ではそうはいかない。人に自分の作品を任せて、自分のこだわりを理解してもらい、自分の求める物に仕上げてもらうには並大抵の努力では実現できない。それは、それぞれに人の感性や経験、知識によるアナログ部分がその原稿を印刷物にする時に影響を与えるからだ。

結局は人と人とのコミュニケーションが良い作品を生み出すことになる。そこには、プリンティングコーディネータあるいはディレクターという人の存在が不可欠である。そのような名称、ポストの有無でななく、役割をする人が必要だということである。クリエイターと現場の橋渡しをして、コミュニケーションを良くすることで、よりニーズにあった印刷表現をすることである。デジタルにおける新たなプリンティングディレクターが望まれている。

今や印刷会社はこれまでの膨大な(アナログでの)印刷製版のノウハウを活かしつつ、一方コンピュータの専門家としてのスキルを要求されるようになったのだ。これまでは特に品質の要求が高いクライアントのみにプリンティングディレクターによるディレクションが行われていたが、デジタルのシステムを使う以上はデジタルにおける日常的なディレクションが必要になってくると思われる。また、これを行うことで付加価値としてのディレクションが養われ、より高品質な信頼性のある印刷物を製作することができるようになると考える。

クリエイターが必要とする品質やこだわりを印刷技術を駆使しいかに無駄なく効率良くそして高品質な印刷物に仕上げていくかが重要な課題である。そのためにディレクターはクリエイターがどのような作品を作りたいのか?何を目指しているのかを的確に判断し、明確な指示を現場に与えることが重要な仕事となる。そして印刷の工程全てに責任を持って最後まで面倒を見ることが大切だ。どこにどの程度最大限こだわるか?制作チームをどこにするか、どのスキャナーを使用し、どのシステムで処理し、刷版をどうするか?印刷機はどれを押さえるか…。

いまの原稿は基本的にはデジタルデータであり、そのデータをどのようなワークフローで処理するかなどを判断しなければならない。その判断のために、時には直接データをハンドリングすることも必要となってくる。だから日々の情報収集や現場で起こっている状況を把握しておくことが要求される。それに加え、デジタル技術者として最新の情報を収集吸収するとともにスキルアップも大切になる。そして何より大切なことはクライアント、クリエイターとの信頼感である。

大切なクリエイティブデータをいかに良い印刷物に仕上げるか?これがデジタルプリンティングングディレクターの使命だ。プロフェッショナルとしてのデジタルプリンティングディレクターを目指す以上、絶えず本物の表現に触れることであり、つねに進歩する技術情報の収集、そして経験と研鑚が大切である。(太田健太郎/DTPエキスパート・元大日本印刷潟fジタルプリンティングディレクター)

−◇−

JAGATでは高品質な印刷表現ための講座を開催いたします。「プロがプロに学ぶ実践 講座〜高品質要求に応えるデジタルディレクション〜」を来る12月2日と9日に開催いたします。定員は限定20名。上記の文面は講師の大田健太郎氏の熱いメッセージを 基に編集させていただいたものです。

2000/11/16 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会