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印刷業はどこへ向かうのか

20世紀,日本の印刷業は,順調に成長を続けてきた。しかし,1980年代に入るとコンピュータ導入が本格化し,少しずつ印刷を取り巻く環境が複雑化してきた。90年代に入りDTPが普及すると,プリプレス技術のオープン化ともいえるような状況になる。印刷はデジタル化によって,ビジネス分野が広がるとともに,他業界との境目があいまいとなり,競合相手も増えることになった。
 90年代後半からは,インターネットが普及することで,その動きはいっそう加速されているようだ。大きくビジネス環境が変わり,コンピュータとネットワークの活用が不可欠となっている。もはや,印刷業もデジタル革命とも呼ばれる状況を克服しないことには,ビジネスで生き残ることが,非常に困難となりつつある。

インターネットがもたらす市場の変化

 インターネットの登場はビジネスモデルや,産業構造さえも変革させようとしている。今後,インターネットが印刷業にも大きな影響を与えることは,想像するに難くない。
 2000年秋に出されたPIA(アメリカ印刷工業会)のVision21では,アメリカの2006年までの印刷市場予測を報告している。このなかで,ビジネスフォームを除き市場は伸長するとしているが,一方でデジタル化,インターネットの印刷物市場への影響についても触れている。以下にその概略を紹介する。

 商業印刷と軽印刷において,インターネットはすべての印刷企業が探求すべきものであり,それはチャンスと試練の両方を与えるとしている。
 DM印刷については,販促の強力な手段として成長するが,パーソナライゼーションやカスタマイゼーションなどの新たなオプションを加えることが必要となる。しかし,一方でダイレクトEメールや,インターネットTVなどの電子メディアとの競争に直面するとしている。
 カタログについては,インターネットによる新しいビジネスが,従来型の紙媒体の需要に影響を与えると予想している。
 雑誌と定期刊行物のマイナス要因とされているのは,電子出版,インターネット広告の増加,郵送料の高騰である。
 ビジネスフォームについては,多くの製品が電子的手段で代替可能となる。アメリカでは電子署名が法的に承諾されたことにより,各種証明書類の電子化が加速するため,紙媒体の状況は非常に厳しい。
 書籍はデジタル化によって,再編集や再利用が容易になるため,可能性が広がる。増刷に不向きだったものなども,オンデマンド印刷との組み合わせで,新たな市場発見の可能性がある。この場合に,書籍印刷会社は単なる印刷会社ではなく,出版社のパートナーとなることが求められるとしている。一方で,eBookの普及により在来型の書籍が脅かされる可能性も指摘している。
 パッケージラベル印刷軟包装印刷はデジタルへの転換による影響を一般には受けず,巨大なスーパーストアとインターネットベースのサイバービジネスに分かれた小売業の発展によって,ますます重要な位置を占めるようになる。
 また,印刷のワークフローは従来,製造と技巧の中間に位置するものだったが,デジタル化により,全体が統合された自動製造工程となる。それに対応できない企業は競争力を失い,その結果,印刷業は大企業と非常に小さな企業(コンビニエンス印刷業)に二極分化する。このほかインターネットでは,2003年には全売上高の4分1〜3分の1が,2006年には3分の2〜4分の3が,オンラインを通じたものになると予想している。

 以上に紹介したのは,アメリカにおける印刷の市場予測である。日本とアメリカでは,経済状況も市場環境も異なるが,同様の市場変化が起こることは十分予想される。むしろ日本の場合には,少子化による若年層マーケットの縮小や,2007年をピークに人口減少が予想されるため,新たなマーケットを掘り起こさない限り,市場の伸びは期待できない。

製造業の枠組みからの飛躍は必要か

 紙の印刷物はデジタル化の進展により,どこまで代替されるのだろうか。紙の印刷物需要はなくなることはないが,相対的に低下することが予想される。
 アメリカや日本のように,1人当たりの紙の消費量が大きい国では,もともと市場の需要以上に印刷物が生産されてきた。例えば書籍など,無駄に捨てられているものも少なくない。そのため,資源問題や環境問題の観点からも,見直しが図られるし,デジタルで代替できる部分は移行する可能が大きい。
 その結果,見かけ上の需要は減ることになるだろう。需要が減れば当然,「少ないパイの奪い合い」となり,競争は激しくなる。紙の印刷物以外の新たな市場を見つける必要も出てくるだろう。その場合に,印刷工程で制作・蓄積されるデジタルコンテンツが,印刷ビジネスの行方を左右するかもしれない。

 高度成長期に始まった「拡印刷」の流れは,さまざまな試行錯誤を繰り返しながらも,ある程度の成果を残してきた。それは,印刷業が紙媒体の製造者という一面に加え,製造業でありながらも,顧客情報の伝達を行う重要な役割を果たし得るという新たな方向性を見いだす契機となった。この傾向は90年代に本格化したデジタル化によって,いっそう顕著になった。いわゆるマルチメディアへの対応がそのひとつである。
 現在までマルチメディアは,期待したほどのビジネスとはなっていないが,印刷が製造業としての基盤の上に立ちながらも,情報加工業として存在できるという方向性と可能性を示したといえよう。

 従来は,印刷会社は情報を紙の印刷物にするために加工してきた。これからは,多様なメディアにアウトプットすることが求められるだろう。そして,それはデジタル化によって可能となっている。もちろん,音や動画などを取り入れた高度な加工も求められるようになるだろう。
 2000年末にはBSデジタル放送が始まり,データ放送もスタートした。2003年には,地上波デジタル放送が開始される予定である。また,光ファイバー網の整備が進めば,インターネットの高速接続サービスも実現する。これらによって,双方向サービスも実用的なレベルとなるだろう。
 一方,メディアの多様化が,魅力あるコンテンツの不足につながるのではないかとの懸念もある。製作工程がデジタル化したことにより,印刷業はこのような新たな市場を獲得できるかもしれない。もちろん,印刷業以外の競争相手も増えるのであるが。

 いずれにせよ,印刷業は20世紀の枠組みのままでは,生き残ることが困難な時期にさしかかっているのは明らかだろう。しかし,かつて「活字か写植か」「アナログかデジタルか」のジレンマのなかで悩んだ時のように,明確な解答は用意されていないのかもしれない。「印刷のみ」か「印刷プラスアルファ」なのか,あるいは「全く別の業態への変態」なのかという課題を抱えながら,それぞれの道を模索することになるのだろうか。


(月刊プリンターズサークル2000年1月号特集
「21世紀に勝ち残るためのプラスαを語ろう」より)


2000/12/31 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会