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印刷ビジネスの不安と課題(その2)

塚田益男 プロフィール

2001/5/1

Print Ecology(印刷業の生態学) 6章までの掲載分のindex
7.カオスからの脱出
メタモルフォーシス(metamorphosis:変態)と環境
パラダイムシフトの特長
不可逆な変化
不可逆なビジネスモデル

印刷経営、今日の不安の正体についての考察の続編。

6)短納期はますます激しくなるだろう。

印刷物はパッケージやカレンダーのような生活財を除けば情報財や文化財である。雑誌、チラシ、カタログ、業務用印刷物などの情報財は次第にeメディアとシェアー争いをすることになるから、短納期になるのは当り前だし、書籍、学参書などの文化財、教育財も次第に小ロット生産になり、商品回転期間が短くなるから短納期になる。生産期間は土曜、日曜、深夜も計算に入れなくてはならなくなる。

大ロット印刷物なら生産性のことも考えて、現在でもデイシフト、ナイトシフトもあるし、大手企業では土、日の勤務体制も作られている。しかし、小ロット、中ロットの印刷物生産ではそうした勤務体制をとらないのが常識だ。もし小ロット、中ロットでも24時間、休日出勤という勤務体制をとるとしたら、全く新しい印刷経営モデルを作らなければならない。それは印刷機のことだけではなく、プリプレス、ポストプレスも含めたワン・ストップ・サービス機能を満足するようなモデルということになる。

こうした新しい経営モデルは生産会社としての機能ではなく、サービス会社としての機能だから、デパート、スーパー、コンビニ、輸送産業、娯楽産業などと同じ経営発想が必要になる。ところが従来の印刷経営にはそれを可能とするような経営モデルはできていない。

7)Print On Demand は増加するだろうか?

どうもPrint On Demand の定義がはっきりしない。「必要な印刷物を、必要な時に、必要な量だけ」制作することをPODというのだが、それだけではPODの経営モデルは作れない。インハウス・プリント(社内印刷)やSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)が使う制作モデルもPODであるが、この場合のデバイス(装置)は主としてコピー機やデジタルプリンターである。このモデルの延長線に、アウトソーシングされる同種の印刷物を制作するサービス業者がいる。KINKOs,Office Mac,Office Depo などの米国のチェーン展開業者である。

 こうしたQuick Printers のアソシエイションが米国にはあるが、残念なことに日本にはない。昔の軽印刷業者が該当しそうに思うが、その方向には向いていない。デジタルプリンターの性能とプリプレス環境がもう少し良くなると、POD のマーケットが確立されるだろうが、日本にはそうした経営モデルを志した業者群がいないので、これからの動きに注目すべきだろう。

PODに全く近似した経営モデルに小ロット印刷物がある。一般会社からアウトソーシングされた印刷物というより、印刷物制作企画の最初の段階から、印刷専門業者に発注を意図している小ロット印刷物である。この場合の印刷物はカラーを使った高級印刷物やページ数が多く後加工に技術が必要な印刷物である。印刷部数も小ロットと言っても、事務用印刷物としてアウトソーシングされるものより一回り量が多いものである。

この場合の印刷デバイスはDigital Printer,Digital Imaging,CTP使用の印刷プレスと資本投下額も大きくなる。この経営モデルもサービス機能を中心とするものだが、日本ではまだ確立していないし、マーケットもこれからだ。PODと小ロット印刷とマーケットの線引きも難しいし、カテゴリーを分けることも難しいだろう。

8) IT社会の中で印刷はどうなる?

世の中は相変わらずIT、ITとうるさいことだ。Eビジネス、BtoB、BtoCなどである。印刷界でも印刷会社と材料業者とを結ぶサプライチェーンのオークション取引きを意図したインターネットビジネス、印刷会社と発注先とを結ぶ、同じくオークション取引きを意図したビジネスがはじまった。しかし、米国でも所詮ブローカーの一種に過ぎないので大きなインパクトにはならないと見ているようだ。印刷会社と材料業者との付合いは単に材料を仕入れるというより、face to face の会話の中で、業界情報や技術情報を得ているので、印刷会社はインターネットから流れてくる死んだ情報や材料を欲しているのではない。同じことが発注者と印刷会社の営業マンとの間にもある。

米国ではすでにITネットバブルがはじけて、ネット関連株価を中心に一種のクラッシュ(暴落)がはじまった。BtoC の経営モデルは多くの会社で倒産したり、規模の大縮小を行ったりして、社会的信用を失っている。だからと言ってIT(情報技術)の信用がなくなったわけではない。ITを利用してマネーを追かけようとしたビジネスが失敗しただけだ。マネーを追かけるからマネーが逃げる。

私が何度も言っているようにビジネスコインの表と裏はリアル(実体)ビジネスとEビジネスだ。リアルビジネスが先づあってそれを、サポートするのがEビジネスであり、Eテクニックである。同じことだが、株売買の世界でもクリック&モルタルという言葉がある。株の取引をしようと思ったら、先づブリック(れんが)&モルタルという安いコーヒーショップや酒場で仲間同志でface to face の情報交換をし、その後で実際の株取引をする時にコンピュータで注文をクリックすれば良いということ。こうしたface to gace の情報交換のことを最近では P2P(Peer to Peer:仲間同志)と言いはじめた。どうやらコンピュータやインターネットは単なる道具であって、情報化社会の情報はあくまで人間がからんでいるものだということ。

さて、私がこれからの情報化社会で一番心配している技術はいうまでもなくブロードバンドの技術だ。高速、大容量の通信インフラはもう5年もすれば整備されるだろう。その時には放送と通信の統合の問題が議論されているが、印刷メディアだってその中で統合されることになる。すなわち印刷物、テレビ、インターネット、TV電話、携帯電話、FAXなどは、従来はそれぞれ別々の技術ジャンルとして扱われていたが、ブロードバンドの時代になれば、すべて同根の技術ジャンルとして考えられるようになる。iモードもLモードも同根のものだ。

そうなったら印刷はどうなるのだと心配になる。情報性の強い新聞、チラシ、週刊誌、カタログなどはかなり強いインパクトを受けるだろうし、解説記事などのコンテンツの重要度が高くなるだろう。いづれにしろ、印刷界の社会的レーゾンデートル(存在理由)は予断を許さない事態になってくるだろう。

9) CIP3,PJTF,JDFへの対応

・CIP3=Collaboration for Integration of P3(Prepress,press,Postpress)
・JTF=Job Ticket Format
・JDF=Job Definition Format
CIP3 印刷関連の各メーカーは、それぞれ自社が関与している工程の印刷生産設備について、合理化、ロボット化、一貫化のシステムのために自社専用のコンピュータのネット環境を作ってきた。Prepress のメーカーたちは各種の言語を使ったが、結局は PDF を使ってprepress 工程の統合を計った。印刷機メーカーたちは用紙セット、刷版の自動着脱、レジスター管理、湿し水、印圧、インキング、ブランケット胴洗浄、デリバリーコントロールなど沢山の工程をロボット操作するために専用のネット環境を作った。ポストプレスのメーカーたちも同じように努力した。

しかし、印刷界が求めるものは各社バラバラのコンピュータシステムではない。全部を一括してコントロールするために、プリプレスで最初に入力した生産情報をポストプレスでも使えるようにFormat を統一して欲しい。そのために世界のメーカー達が協力して作ろうとしているのがCIP3である。

JTF 印刷会社は非常に沢山の管理工程を持っている。営業の受注簿管理、プリプレス進行管理、印刷部門、後加工部門、配送部門の各進行管理、技術管理、資材購入管理、外注管理、人事管理、給与管理、財務管理、得意先売上管理、利益管理・・・・・こうした沢山の工程管理について、担当者の人たちは少しでも合理化しようと自分たちでコンピュータのアプリケーション・ソフトを作って努力を重ねてきた。しかし、それらの管理ソフトは工程間の互換性がないから、今日では全くムダばかりで非効率だということが分った。良く考えて見れば印刷会社の管理のすべてはJob Ticket Data (受注伝票データ)からはじまり、各工程の仕事はそのデータフォーマットに追加データを書き加えるだけである。

新しい作業指示が発生したら、それを加えればよいし、コストが発生したらその数字を加えればよい。Job Ticket (受注伝票)の動きに応じてデータを書き加え、最終的に会社の管理数字全体を一元的にコントロールしようというものだ。但し、そのコントロール全体は伝票という用紙を使うのではなく、コンピュータネットワークのWeb Site の上でデータを書き込んだり、演算結果を見ようというものだ。勿論、印刷作業者はモニターを見て、作業ができないから、その場合は印刷作業者に必要なデータだけを伝票という形で用紙に出力すればよい。そして作業が終えたら新しいデータを Web Site に入力し、用紙は廃棄してしまえばよい。

JDF さらにJTF とCTP3 との統合を行い、すなわち生産数字と管理数字を統合し、全社的管理システムを作ろうというもの。こうした印刷会社の新しい管理システムは21世紀の経営システムとして避けて通れないものだ。しかし、現在でも自社の中に各工程の管理システムを持っていない会社が多い。そういう会社は社内に管理思想ができていないので、一度にフォーマットの統合システムを考えることは無理がある。

日本では大手印刷会社でさえ、自社のコストテーブルを持っていないので利益管理ができないでいる。そのため、底なし沼の価格競争に主体的に突入している状態だから、印刷界全体がJTFを採用するなど夢のまた夢かも知れない。

2001/04/29 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会