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印刷技術の多様化と、サービスの複合化

塚田益男 プロフィール

2001/6/13

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex

4-3 印刷の需要性向

印刷物の需要は21世紀に入り、年月が経つのに従い、20世紀の印刷とはかなり違ったものになるだろう。第一に印刷物の多様化と印刷技術の多様化がどんどん進行する。多様化の進行とは一つ一つの印刷物、印刷技術の価値が小さくなることを意味するのだから、印刷技術もミックスして使用することも多くなるだろう。第二の問題として、こうした多様化を引きおこしたトリガー(引き金)はコンピュータを中心とした情報化、知識集約化、グローバル化の社会であり、従って21世紀の印刷需要はIT(情報技術)の進行具合に左右される。

コンピュータの普及、DTPの普及だけで、この10年間に印刷界では写真植字業や写真製版業の業種としての消滅を経験した。そして、現在でも印刷業の減少は年ごとに加速している。数年後にはブロードバンド(広帯域)通信のインフラも整備されるだろう。その段階では印刷業界の規模縮小はさらに加速することになる。

その一方、プロの印刷需要とアマチュアの印刷分野との境界、印刷と電子メディアとの境界、印刷業者と広告代理店や企画デザイン会社との境界など、印刷需要や生産者の境界がどんどんボヤけてくる。そこで21世紀の印刷需要はどうなるのか、今日の時点で予測できることを記述してみよう。

1)入稿形態

 版下入稿は原則として無くなるだろう。データ入稿になるのだが、現在は80%以上がMDなどのディスク入稿だが、次第にインターネット経由の通信入稿が多くなるだろう。ブロードバンドの時代になればカラー画像データもネット入稿されるだろうから、入稿環境は一新されるだろう。

2)印刷用データ作成のワークフロー

 アマチュアーやグラフィックデザイナーが作成するデータは通常は見開きページのデザインデータまでである。高級なページ物文字組版編集をしようとする場合、オープンタイプに見られるように、複雑な日本語環境の中では、最新のプラットホームを用意しなければ完結しない。それほど複雑な文字編集はプロの印刷業者に任せるより道はないし、今後とも高級な印刷物制作はプロの手に残るだろう。また、カラー画像の入ったページ物を編集しようとすれば、面付け、トラッピング、トリミング、切り抜き、クリエイティブ処理など複雑な編集作業が必要になる。その上、デザインデータのプリフライトチェックや編集確認のプルーフィングも必要だ。

よく印刷物作成のプリプレス作業は将来は発注者側で行うから、印刷界のプリプレス費用はなくなると言う人がいる。しかし、実際にはデザインデータは上記のように印刷用データになるわけではない。印刷データ作成のためのプリプレス費用は今後とも必要だし、それだからこそ、印刷業者はデータプロセシングの本当のプロ集団にならなくてはならない。

3)出力装置

 昔は印刷といえば印刷機か謄写版を使うことであった。今日では印刷機とコピー機を使っている。将来は現在のようなコピー機は不要になり。代わってデジタルプリンターが使われるだろう。印刷会社も社内印刷も、家庭もディスクやネット使用のデジタル環境が一段と良くなるからだ。従ってデジタルプリンターは白黒用、カラー用、ペラ出し用、ページ物用などに細分化して、開発されるだろう。当面はこのデジタルプリンターの主力は静電印刷方式のトナープリンティングである。私は以前からインクジェット方式の方に注目していたが、ノズル管理が技術的に難しいこともあって、開発が大分遅れそうだ。いづれにしろ印刷物の出力装置は使用部数別に下記のようになるのだが、従来から使っていた印刷機もデータ出力装置の一つとして位置づけられることは意識しておく必要がある。
・プロ用 CTP使用の印刷機、DI印刷機、高級デジタルプリンター、インクジェット印刷機
・アマ用 デジタルプリンター、インクジェットなど

4)印刷ロット

 大部数と小部数に2極化し、中ロットの相対的価値は小さくなるだろう。前述したように、印刷物には沢山の機能がある。情報伝達、静止画の価値、一覧性、行間思考、読者との対話、携帯性、これらの機能は他の電子メディアと比べても劣るものではないし、むしろ有利な機能だから印刷物は今後も生き続けるだろう。しかし、大部数の印刷物は他メディアとの競合に曝され易いので伸び率は小さくなるだろう。一方、小部数の印刷物は増えるだろう。印刷物のライフサイクルは短くなり、在庫の意味がなくなり、廃棄コストが大きくなったため「印刷物制作は部数を多く印刷すれば一部単価が安くなる」という法則は無意味になった。その上、印刷技術の進歩で、仕事の切り替えコストも下がってきたので、小部数を必要に応じて印刷する方が結果として便利でコスト安になろうとしている。書籍もカタログも、そうした方向に変るだろう。

5)印刷物の品質

 品質はプロ業者の高級印刷物とアマチュア利用の中低級印刷物に2極化するだろう。
・中低級品質の印刷物 主としてインプラントまたはSOHOのように事業所内および家庭内で作られる印刷物で、同程度の品質であっても量がまとまったものは印刷業者に発注される。インプラントやSOHOで行われる印刷物は主として300部以下の小部数のもので、デジタルプリンターで印刷され、ペラ印刷、簡単なページ物、簡易製本などの作業を必要とするものである。一方、工場で印刷されるものは300部以上の印刷物で、CTP使用の印刷機、DI印刷機およびデジタルプリンターなどが使用される。

・高級品質の印刷物 印刷物に付加価値がつけられたもので、主として、プロの印刷業者により生産される。文字組版では編集処理が複雑だったり、データの電子メディアへの再利用を必要とするような、通常のDTPワークフローでは処理できないもの。カラー印刷では編集処理が複雑なもの、4色以上の特色使用のもの。表面加工を必要とするもの(コーティング、スクリーン印刷、エンボス、フォイルスタンピングなど)、高級な製本、後加工を必要とするもの(上製本、折り台数の多いもの、特殊紙折り加工、ダイカッティング、グルーイングなど)

6)納期

 印刷の主力製品は土台、情報性の強いものだ。例え、書籍やカレンダー、カタログのように文化財に属していたり、パッケージや包材のように生活財に属したり、伝票や領収書のように事務用品に属するものであっても、それらは今後ますます在庫増を嫌うようになるので、増冊が必要になればオンデマンドでの供給を求めることになる。従って、納期は短くなる一方だ。まして事務用、会議用、業務用などに使われる印刷物は、主にデジタルプリンターを使用し、インプラントやSOHOで制作されるものだから、納期は極端に短くなる。この種の印刷物が印刷業者にアウトソーシングされる場合でも非常に短い納期を要求される。

・インプラントやSOHOで制作されるものは原則として即日または発注の翌日納品が普通になるし、印刷会社へ外注に出されても翌日納品になるだろう。この種の印刷物は増えて10年以上経つと全体の50%近くになるだろう。ページ物で少々手間のかかるものであっても、発注後3日以内が常識だろう。

・高級付加価値印刷物はプリプレスへの入稿状況に左右されるので10日以上かかるものが多いだろう。しかしプリプレス作業を必要としない再版印刷物は1週間以内の納期になるだろう。但し、多くの場合、入稿が遅れても納期が決っているので、印刷会社の作業環境は常に短納期に追かけられることになる。

・短納期の作業体制 今後の作業体制は正常なスケジューリングが不可能になるだろう。現状でも当日の作業予定表すら変更しながら工場運営がされている。今後、短納期が更に一般化するとすれば、現状の作業慣行では納期もコスト構造も対応できない。すなわちコンビニエンスストアーや輸送産業のような、長時間操業を前提とした新しい経営モデルを印刷会社の中にビルドインさせなければならない。製造業としてではなく、新しいサービス業として、作業内容を標準化し、新しい勤務体制を作らなければならない。

7)環境問題

 印刷物に対する環境規制は最近では厳しくなる一方だ。特に包材や建材に関する規制が厳しいが、次ぎは書籍、カタログ、カレンダーといった一般印刷物にも規制がおよぶだろう。
印刷表面加工用フィルムの使用、製本用ホットメルト剤の使用、印刷インクのUVインクの使用、印刷物に併用される金具、プラスチック類の使用などは禁止され、印刷用紙の再生紙使用が義務づけられる。印刷界は現状でも対応に苦慮しているが、21世紀の印刷需要は環境問題のクリアーが条件になるだろう。

8)ワンストップサービスの機能

顧客は印刷物を発注する際に、工程別に業者を選択して発注するようなことはしたくない。信用したら企画デザインから印刷物の配布、発送まで一括して任せたいものだ。昔は工程別の技術に価値が強く存在していたので、専業者の存在価値があったが、いまやプリプレスも、印刷や製本も普通の印刷物には価値を主張するような技術はなくなった。むしろ次ぎのような付加サービスの方に価値を主張しだした。アートデザイン/クリエイティブ・サービス、データプロセシング、データ保存、データ管理、インターネットサービス、CD制作サービス、デジタル印刷、4色以上の印刷、製本・後加工、配送業務・・・・このような付加サービスにこそ顧客満足があるのだが、これらのサービスについてのプライシングの方法が確立していない中で、受注競争が行われているので思うように価値実現ができない。今後の課題である。

2001/06/13 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会