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見え始めた新しい社会思想・経営思想

塚田益男 プロフィール

2001/7/9

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5-3 新しい経営思想

現代の社会はまだカオスの真只中にいる。従って、新しい社会慣行や社会制度ができているわけではない。しかし少しづつではあるが日本の政治の世界も変ろうとしているし、経済社会の構造改革も進もうとしている。経済統制と保護政策から全面的に解放され、資本、経営のグローバル化も自由になり、金融界、農業、製造業、流通業なども構造改革がどんどん進行しはじめた。都市銀行、生保、損保の外国資本を交えての大合併、農産物の自由化、製造業の海外進出と国内空洞化、競争の国際化、資本の流動化と企業統合、輸入日用品やフーズ産業の価格破壊と中小企業の廃業、国営の郵政3事業や特殊法人によるNTT、高速道路などの経済事業の完全民営化、教育行政への競争概念の導入、新聞、出版、音楽事業の再販売価格維持制度の撤廃・・・・こうした大きな経済変動がいよいよ動き出した。経済界も10年を超える大不況、カオスの状態から抜け出そうと懸命の努力である。

その一方、環境問題をはじめ、健保、年金、介護、雇用など国民のセーフネットの保険、少子高齢化対策、電力や自然資源対策など、まだ未解決で出口の見えない問題も沢山ある。新しい社会のパラダイムを表現する価値観や社会思想は、もう少し時間の経過を見ないと出来てこない。新しい社会思想ができて、それに対する国民的合意ができなければ、社会制度ができないし、社会慣行も生まれない。現在の社会環境の中で新しい、経営思想について語るのは少し早すぎるかも知れない。しかし欧米では次の社会モデルについて、すでにトライ&エラーの段階に入っているし、その政権も誕生しているので、その新しい思想について要点を述べてみよう。

現在の日本で問題になっている社会思想は、工業化社会、企業中心社会という古いパラダイム思想のアンチテーゼとして出ているもので、市場経済化、マーケット原理主義(ファンダメンタリズム)という思想だ。イギリスの元首相のサッチャー氏、米国の元大統領レーガン氏が首唱した思想で、一種のレッセフェール(Laissez-Faire経済的自由放任主義)である。経済のことは市場に任せておけば、市場の論理の中ですべてが合理的に解決する。それを政府が口を出せば経済の論理を歪めるだけでなく、大きな政府を作ってしまうだけだという思想である。日本でも中曽根元首相が日本国有鉄道を分割民営化し、JRを作った。大変な成功で、サービスもすっかり良くなり、国民のための鉄道になったのだが、その後の国営事業は本来の意味での民営化が進まず、線香花火で終ってしまった。

このマーケットファンダメンタリズムに対抗するものは、有名なJ.M.ケインズの経済思想だ。全ての経済財において需要と供給の間には時の遅れ(タイムラッグ)が発生するし、それが景気変動のもとになる。このギャップを埋めるためには、公共事業などを通して財政と金融政策の出動が必要だというものだ。このケインズ経済は第二次大戦後、多くの国で採用されたが、意図をするか、しないかは別にして、結果として大きな政府を作ることになる。そしてケインズ思想の根底には福祉型社会主義があるようだし、米国の民主党の思想もそれに近いものだろう。

1990年前後を境として、旧ソビエトのマルクス・レーニン型共産主義、社会主義が崩壊した。今日では、市場経済万能主義のマーケット・ファンダメンタリズムとケインジアン経済思想の二つが大きな潮流になった。残念ながらこの二つの思想のどちらも、現在の混迷を深める世界経済において普遍的な妙薬を処方できないでいる。第三の波(The third wave)で、農業社会、工業化社会に次ぐ社会としてエレクトロニックな情報化社会を説いたトフラー博士がいるが、まだ社会思想としてエレクトロニック政府を誕生させた国はない。ところが欧州では「第三の道」the third way と称して新しい思想の政権が生れはじめた。イギリスのTony Blair 首相が主導しているもので、フランスでもドイツでも保守党から労働党への政権移動が行われている。

この「第三の道」の思想は、右でも左でもない緩い福祉型社会主義である。その点では米国の民主党クリントン政権とも共通の地盤があった。京都大学の沢教授によると、一つはjoint risk management であり、一つはどんな階層も排除しない思想であるという。国にはいろんなリスクが存在する。日本でも安全保障、健保、年金、雇用、財政など身近なリスクが沢山存在している。これらのリスクは国民一人一人が協調して克服すべき問題で、若い世代に押し付けたり、問題を先送りしたり、政治家に任せて国民は無関心でいたり、そんなことでは解決しないという。そういう意味で、福祉(welfare)もみんなが働きながら、努力をする中で内容を高めて行くような国家、すなわちworkとwelfareを合成し、workfare stateが望ましい姿だと言っている。

毛沢東やスターリンのような古典的社会民主主義は絶対多数の絶対幸福という抽象概念を唱える中で、資産階級や知的資産所有者等を排除したが、グローバル化、個人主義化、知識集約化、情報化が進んでいる今日では、そうした教条的社民主義はナンセンスで、もっと柔軟な社民主義、すなわち「第三の道」が必要だといっている。この第三の道を主唱するブレアー首相も、英国の中ではEUのユーロ通貨統合に加盟するか否かで問題を抱えている。特に国家意識に関する事なので問題は複雑だし、一方、産業界では税負担が大きいと不平も多い。選挙で勝っても、これからも批判はでてくるだろう。第三の道も決して安定した思想とは言えないようだ。ケインジアンエコノミーでもなく、マーケットファンダメンタリズムでもない、新しい経済学の出現、新しい国家の形が待たれるのだが、日本ではどんな選択をするのだろう。

2001/07/09 00:00:00


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