印刷ビッグバンのエネルギー
99/10/18
印刷産業は工業化時代にたくさんの業種を誕生させ,大きな産業に成長した。この産業が5年ほど前から始まったビッグバン(大爆発)により,多くの業種が吹き飛び,新しい秩序がまだできていない。ビッグバンはまだ終わったわけではないので,これから崩壊しようとしている業種もある。また,生き残るだろうと思われる業種にしても,その業種に属する会社の経営内容は全く変わることになる。個別の企業にとっては,どんな業種に自分が属していようと,今回の印刷ビッグバンは誠に恐ろしいエネルギーを持ったものだと思わざるを得ない。
もちろん,ビッグバンは火山や地震の爆発と同じで,今回が初めてというものではない。30年前にもビッグバンはあった。そのエネルギーは「活字よ,さようなら,コールドタイプ今日は!」という技術エネルギーであった。
その爆発のエネルギーは限定的で,今回より小さなものだったけれど,それでも活字鋳造販売業,紙型鉛版業,活版印刷業,亜鉛刷版研磨業などが消えてしまった。今回のビッグバンは大きな津波を発生させており,写真植字業,写真製版業が第1波の被害を受けている。第2波は表面光沢加工業,製本業,小ロット印刷業,BF(ビジネスフォーム)印刷業,第3波は一般印刷業ということになるのだろう。特殊印刷のグラビア,シール・ラベル,スクリーン,パッケージ,フォイルスタンピングなどは一般印刷業をシェルター(避難小屋)にしているから第4波の影響を受けるのだろう。
今回のビッグバンについては,私の著書でも記述しているが,この大津波を克服した業者だけが21世紀に生き残る切符を手にすることができる。今回のエネルギーは単に大きいだけでなく,複数の爆発個所があるようだ。次第に全容が分かりだしたので,それらのエネルギーについて,私の所見を述べみよう。
●パラダイムシフトについて……
私はいろいろな個所でパラダイムという言葉を使っているし,これからも使うことになる。万一,読者諸子がこの言葉の意味を消化不良のままお読み頂くと,私の文章が理解しにくくなるので,この機会に解説をしておこう。パラダイムという言葉は,本来,科学哲学または科学的方法論の中で使われるものだが,その後,社会科学の中でも一般的に使われるようになった。
「パラダイム(paradigm)とは,科学者が共有する理論的枠組み,ないしは問題解決のモデルとなる業績の総体」(イミダス)。
この文章を読んでよく分かったという人はいないだろう。この文章を私なりに社会科学の場合に当てはめて次のように翻訳してみよう。そのほうが分かりやすくなる。
「各種の社会問題を解決しようとする場合,その時代における一定の社会慣習,社会道徳,社会秩序を包含し,前提とした社会モデルの中で行われる。そうした社会モデルまたは社会の枠組みをパラダイムという」。
「各種の社会モデルは時間の経過と共に,内在する変化因子が危機的に大きくなり,古いモデル(パラダイム)は壊れ,新しいモデルに移行する。その移行は直線的,連続的ではなく,不連続に,ダイナミックに移行する。その状況をパラダイム・シフト(転換)という」。
今回の印刷ビッグバンは単なる印刷技術の変化エネルギーによって惹起されたものではない。社会構造の各局面でいっせいに爆発が起こった。そうした社会構造上の爆発が印刷ビッグバンの誘発要因の一つであることに間違いはない。それは直接的に印刷経営のパラダイムを崩壊させたし,また印刷需要の変化を通して間接的にパラダイムを壊すエネルギーを持っていた。そこでまず最初に,社会構造上の爆発が印刷経営にどんな影響があり,その結果,印刷産業の構造をどのように破壊したかを記述しよう。実はこれについては過去何度か記述しているので,要点だけに止めることにする。
−−さて,私がこの文章を書いたのは,もう2カ月近く前のことだ。校正のため読み直してびっくりした。何とも読みにくい。パラダイムとはそんなに難しいものではない。そこで,私の恩師の言葉を借りて,別の角度から説明を加えてみよう。
一人の恩師は,「重箱のすみをほじくるようなことは止めよ。重箱そのものを作ることに努力をしろ」と教えられた。確かに重箱の中のご飯やおかずの並べ方を議論してもはじまらない。重箱そのものの,深さや大きさからくる効用を考える方が先だ。重箱を社会と考えると,重箱の囲いや仕切りは「……すべからず」「……すべし」という,must,shouldによる規制のことを意味する。規制だらけの中には自発性は生まれないのだから,社会の効率など議論してもはじまらない。自発性の生まれるような秩序を持った重箱を作るべきだということになる。会社の経営でも同じことだ。この重箱がパラダイムであり,重箱を作り直すことがパラダイムシフトということになる。
別の恩師は,「問題の解決は,問題をころがすことだ」と教えられた。問題の発生は一定の経済環境(重箱)の中で起こる。それを解決しようとみんなで議論するのだが,議論している中にまた経済環境が変わり,新しい問題が発生する。解決の労力や議論は大いに大切なことだけれど,解決の道はこれ一つだと思いこみ,あわてて急ぐと間違えてしまう。環境の変化,作り直し,すなわちパラダイムシフトを充分に考えながら,問題の見直し,問題の収斂の行方を見きわめることが必要だ。
●財務のパラダイム・シフト
私は「間接金融から直接金融へ」というタイトルでこの問題を論じた。古い金融パラダイムは,土地本位制と安全性追求の間接金融であったが,銀行の経営は経済のマイナス成長もあるという低成長時代の中では,土地価格も下落し,安全性も確保できなくなった。すなわちたくさんの不良貸し出し,不良債権を発生させてしまった。その上,資本移動のグローバル化の中で収益性も確保しにくい状態になった。
印刷業者が不動産を担保にして銀行から融資を受けるという道は消えてしまった。貸し渋りは一時的なことではなく,常態なのだと考えなくてはならない。事業計画が明瞭で,収益性があると銀行が判断し,融資に応じる場合でも,その計画はベンチャービジネスだから金利は高くなると思うべきだ。いずれにしろ,最近の金融界,銀行界の倒産,大型合併,統合という状況を見ていると,大銀行でも自分の経営に自信が持てず,現在進行している金融ビッグバンの恐ろしさがよく分かる。
私は中小印刷業界にとっては,「売り上げ志向より利益志向へ」と論じた。増資も,社債発行もできない中小企業にとっては,直接金融の道は利益留保しか担保にするものがないからである。
ところが最近の中小印刷界の経営環境を見ていると,収益状況は悪化の一途である。2,3年前までは赤字経営は50%前後だったが,最近では,私の推測では70%に近づいているだろう。激しい受注競争,価格下落そしてマーケットの縮小があるからだが,この傾向は当分続きそうだ。その中で利益志向の経営を唱えることは,犬の遠吠えどころか,中小企業の弔鐘を鳴らすようなものかもしれない。
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1999/10/18 00:00:00