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経営も生態論的に捉えると糸口が見える

塚田益男 プロフィール

2002/4/8

カオスの中の印刷経営 以前の記事はココ

3.Holon型社員像

Holon(ホロン)この言葉については、沢山の私の著書で何度も言及しているので、大方の諸子は理解していると思うが、初めての読者のことも考え、ここでも記述をしておこう。HolonとはHolos(全体)とon(微小なものにつける接尾語)の合成語であって、日本語では全体子と訳している。

生体の多くの臓器を考えてみよう。生体が激しく運動すれば、部分である心臓も肺も、脳からの信号を受けて運動量を多くし、血液循環を激しくしたり、酸素を多く摂取したりする。すなわち生体の部分である全体子は全体の運動量に応じて自分の運動量も変化させるという、他律的運動パターンを持っている。その一方、全体の運動量が睡眠などで全く少ない時でも、生体としての全体の機能、すなわち生命維持機能を守るため、全体子は自律的に運動をしている。

このように全体子は全体から見れば部分に過ぎないが、常に全体の行動を見ながら、自発的、自主的に行動するという点では、より小さな全体子の細胞から見れば全体の機能を持っているということになる。こうした機能をホロニック機能(Holonic function)というが、この機能を持った社員像をHolonic社員と呼ぶ。

勿論、このHolonic社員は個人、単体では存在しない。全体があっての全体子だからである。Holonic社員は他の社員と常に相互作用を及ぼし合っており、その中で学習も行っている。その学習効果が大きくなれば、新しい創発的行為(自発的に自己改革をしようという行為)が生じ、新しい自己またはグループを作ると言う自己組織化が行われる。

こうしたHolonic社員群の行動パターンは会社の進化にとっては重要な役割を演ずる。従って、会社にとってはレベルの高いHolonic社員を育成し、保有することが労務政策としても、会社の進化にとっても一番の課題だということになる。

これからの印刷界は短納期、小ロットの生産構造になるし、受注構造はサービス化、知識集約化、そしてワンストップサービス機能を求められる。さらに5年後を考えるなら、CIP4とかJDF(Job Definition Format)という通信環境が経営体の中で自由に使われる時代、イントラネットのワークフローやナノテク・ロボットのワークフローが日常的に使われる印刷界になる。こうした新しいパラダイムに順応したワークフローは印刷界にはまだ出来ていないし、社会の流通インフラや通信インフラもできていない。それなのに印刷会社の生産予定表は一日に2回以上も更新しなくてはならないし、その上、小ロットだから下版の段取り、資材の手配などが遅れ、そのためにミス、ロスばかり多くなり、経営環境は悪くなる一方である。

その中では安定した労務環境などできるわけがない。新しいワークフローができるまでは混乱が続くことになるが、その新しいワークフローを作り出すのは、レベルの高い社員像、すなわちHolon型社員像を中心にした社員集団である。勿論、こうしたHolon型社員が新しいワークフローを創出するには、社内の情報ネットが整備されていなくてはならないし、生産技術や整備も一新される必要がある。そして何より、Holon型社員の待遇や勤務形態も、年俸制や裁量勤務制が採用されるような労務思想が必要だろう。

現実の社会や印刷界では、こうしたことがゆるされるような法律面の整備や技術環境も無いのだが、それにも拘らず、実態面では短納期も少ロット化もサービス化も、どんどん進行し、次第に混乱が大きくなろうとしている。変化のスピードが激しくて、現実社会との間のギャップが大きくなった時、カオスが発生する。いまや印刷界は労務面でもカオスに入ろうとしている。

印刷界はHolon型社員を育成することが、このカオスから脱出する道だと思う。Holon型社員は知識集約的で、会社経営の上では経営陣のパートナー的存在でもある。また、その意識がなければHolonic機能は果たせない。一方、会社はHolonic社員にその機能をそれぞれの任務の中で、存分に果たしてもらうためには、それなりのインフラを会社の中に作らなければならない。その為には何を為すべきか、各経営体の中で今のうちから議論を重ねて欲しい。そのインフラとは就業時間、報酬などについて、時には自己査定、自己申告さえ認めるような制度のことかも知れないし、働き方や報酬について事業収入に見合うような契約システムを作ることかもしれない。残念なことに、まだ、そのインフラを議論するような一般的な環境はできていない。

いずれにしろ、このHolonic社員というものは、自分自身のワークフローを作るだけでなく、共存する仲間とグループを作り、新しい社内ワークフローさえ作る機能をもつものである。クリエイティブな創発機能を持ち、レベルが一段高いものに、自分という個人または自分が属するグループを変態させる(メタモルフォーズ)という自己組織化の機能を持っている。その機能は経営活動そのものであり、従ってHolonic社員の位置づけは会社のパートナーということになるだろう。勿論、その機能がレベルとして非常に高ければ執行役員として指名されるだろうし、指名されない場合でも、そのレベルが高く、会社の収益を著しく改善するようなケースなら、ストックオプションや特別ボーナスが支給されるだろう。レベルが自己創発の範囲内で、グループの創発的行為にまで及ばない場合には、大きなボーナスを期待できないだろうが、クリエイティブな自分自身の創発行為には充分満足できるだろう。そしてその行為が次に自分自身を変態させるエネルギーになるだろう。

4.Manual型従業員

Manual型従業員像にも二種類ある。一つは通常の生産活動やサービス行為を行うもので、非正規社員でも充当できるもの。もう一つは高度な作業を行うもので、正規社員の身分を必要とするもの。

前者のManual型非正規社員像の従業員は原則として所属する会社や組織との密着度は小さく、従って愛社心のようなものは小さく、限定的と考えてよい。また、仕事に対する創意工夫というクリエイティブ機能も限定的であり、時には制限されていることもある。このタイプではManualが細部まで詳しく書かれているので、従業員はそのManualについて訓練を受けることを強制される。Mnualに書かれていないことが発生した場合は、原則として自己判断による措置は禁止されており、上司への報告義務が発生するだけである。

このようにManual型従業員には創発的行為とか、自己組織化というワークフローをレベルアップする機能は求められていない。この種の従業員はパートタイマー、嘱託、派遣社員のように限定した業務だけに従事し、換言すればManualによる業務遂行を任務とするものだ。

後者の高度Manual型正規社員像の業務は、複雑で、判断業務が随時必要になるものだ。旅客航空機の操縦は誘導装置とマニュアルによって行われているし、印刷機の操作もマニュアル通り行わなくてはならない。ところが最近では、ハードウェアーである航空機も、印刷機も、パスや各種の建設機械も、すべての装置が大型化し、高速になり、複雑化する一方である。それに伴い、周辺の環境やソフトウエアーも複雑になっている。マニュアル通り実行するためには長時間の訓練と学習が必要になってきたし、緊急時にはマニュアルから外れた判断業務を求められることも多くなってきた。この種のManual型生産活動や管理業務はHolon型機能ともオーバラップするもので、パートタイマーなどの非正規社員に依存することはできない。従って、高いレベルのManual型業務は正規社員を充当しなくてはならないし、下位レベルのManual型業務は非正規社員を充当することができるということだ。

5.就業者の新しい形態

このように新しい労務パラダイムにおいては、従業員が学習機能、変態機能を発揮する能力、必要度、換言すれば創発行為、自己組織化の能力や必要性に応じて、従業員をHolon型レベル(T)、レベル(U)、ManualU型レベル(T)、レベル(U)の4種に分けて考えることが必要になるだろう。

・Holon型レベル(T)=役員および管理職の機能
・Holon型レベル(U)=Manual型レベル(T)=中堅熟練社員の機能
・Manual型レベル(U)=非正規従業員の機能

勿論、会社の業務内容により、もっと細分化することが必要になる場合もあるだろうし、飲食業や流通小売業のように、マニュアル型レベル(U)の非正規従業員が大半で、3分の2以上を占める産業もあるだろう。

私のこうした考え方は、人間の学習、変態という自己組織化機能や社会の進化機能を生態論(Ecology)的に捉えようとしているもので、実際の経営組織が直ぐにこのように変るということを意味していない。しかし、知識集約化、少子高齢化、グローバル化しようとしている社会では、私の分類の仕方は間違っていないと思っているが、その様な社会になるためには、労働三法の改正が必要だから時間がかかることだろう。それでもこの思想は一つのトレンドを示しているので、経営的な配慮は今から必要になるだろう。

2002/04/08 00:00:00


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