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2003年 新年に想う

島袋 徹


 明けましておめでとうございます。
 私は2002年にJAGATのメンバーに加えていただきましたが、以後、大勢の方々からご教示、ご支援を賜わりまして心から感謝いたします。今年もよろしくお願い申し上げます。

 新年は明るい期待、展望をもって華やいだ気分になるのが普通でしたが、今年はこれまでにない閉塞感に支配されて新年を迎えました。それは今のままでは日本は世界の二流国になってしまい、生活水準も下がってしまうのではないかという不安があるからだと思います。
 日本の国家財政は完全に行き詰まっています。2003年度の政府予算案を見ても、総予算は約82兆円ですが、それを賄うのに36兆円を借金である国債に頼ることになっています。03年度末の国債残高が450兆円になるという膨大な借金があるため、82兆円の歳出の中に17兆円もの国債費が含まれています。これなどは利息を払うために借金をするというサラ金地獄に国家財政が陥っていることを示しています。この状態から抜け出るにはどうすればよいでしょうか。

 もしこれが家庭の問題であれば、親父の強力なリーダーシップの下、全財産を投げ打ってでも借金を返し、裸一貫から再出発するでしょう。借りたものは返すという当たり前なことしか解決策は無いのです。
 財政再建は政治家が強力なリーダーシップをもって対応しなければ実現できません。小泉首相も頑張ってはいますが、リーダーシップとなると疑問符がつくようになってしまいました。また、1億2,700万人の国民の将来が掛かっていますので、国家はいくらなんでも裸一貫というわけには参りません。国家運営のように多くの因子が絡み合っている問題を解くには、基本理念をしっかりもって、当たり前なことを着実に進めるしかありません。これには相当な時間を要しますので、日本経済が活性を取り戻すには3、4年はかかると覚悟しなければならないでしょう。

 さて、このような日本経済ですので、私たちの印刷業界も新年を迎えても明るい展望はもてなくて、八方塞がりの状況にあります。印刷業界が直面している取引条件の悪化は、単価ダウン、小ロット化、厳しい短納期化、高品質の要求、材料費値上げなど、数え上げればきりがありません。これといった解決策がなかなか見当たらないのが現実ですが、だからと言って政界に横行している他人任せの無責任な言動をとることは許されません。実業の世界では自分の事業は自分で守るしかありません。

 印刷業界はプリプレスのDTP化、オフ輪・枚葉両面機の導入、刷版のCTP化など各工程の合理化を積極的に進めて体質強化を図ってきました。このような工程毎の合理化は一巡しており、さらに強力な合理化策は当分見当たりそうもありません。
 これからは情報管理の質を上げることで企業の体質を強化することが考えらます。情報管理システムを構築してコストダウン、短納期対応を実現し、更に全工程に存在するボトルネックを排除して顧客満足度の向上に結びつける必要があります。このことはJAGATが「印刷新世紀宣言」具現化プロジェクトで提唱しているマネージメントシステムの確立を急がねばならないことを意味します。

 情報管理システムのレベル、機能は数多く考えられますが、本当に役立つシステムは正確なコスト把握とリアルタイムの管理機能が備わっていなければなりません。正確なコスト把握はJAGAT塚田最高顧問が提唱しているPricing/Costingの経営管理を実現するための基盤となる機能であります。
 印刷物の製造原価は原稿内容に依存するだけではなく、入稿、校了のタイミングによっても異なります。製版、印刷、加工の製造現場は一定した条件の仕事が整然と流れることはなく、常に付帯条件の異なった仕事が輻輳しながら流れています。このような製造工程では、個々の工程の効率アップの合計が全体の効率アップになるという保証はありません。製造工程の効率アップは全体最適の中から解を求める必要がありますが、効率に直結する付帯条件は品目ごとに異なるので、最終的には品目ごとの個別原価を把握できるシステムを確立しなければなりません。これからは個々の改善が全体に対してどのような影響を与えるかをシミュレーションしながら実施することがポイントになるでしょう。

 個別原価を把握することは営業戦略にも強力な武器を提供します。いくら仕事をしても利益に結びつかない品目なので受注をお断りしようか、という議論が社内でされることがありますが、本当にそうすることが良いかは個別原価を把握しなければ分かりません。印刷物の企画提案、見積提出、受注、製造(入稿、品質設計、製版、出校、校了、刷版、材料手配、印刷、加工)、納入、請求書提出、入金までの事業全体のフローを見直すとその中に改善すべきボトルネックがあり、利益が出ないのは受注単価にあるのではなく、むしろ自社内の問題であるケースが多くあります。

 また、将来の受注拡大のために現在は少々の赤字は我慢しよう、という話がよく出ます。これなどは受注拡大のために行う先行投資とも考えられますが、問題は「少々の赤字」が投資に見合うかどうかにあります。将来期待できるプラスと現在の負担を勘案して合理的であるか否かを厳しく判断するには、「少々の赤字」を個別原価から正確に数値化しなければなりません。先行投資を丼勘定でしていては、良かれと思ってしていることが逆に企業の利益体質を弱めることにもなりかねません。

 リアルタイムの管理は従業員の意識改革を実現するでしょう。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」という性質はストレスを貯めない有効な手段でもあるので、誰にでも多少は備えている性質であります。しかし、製造現場がその性質で覆われていては困ります。製造現場はPDCA(計画、実行、評価、行動)のサイクルを速く回すことが大切ですが、特に実行と評価の間にタイムラグを置いてはなりません。「熱さを忘れない」うちに評価をすれば誰もが納得します。評価が良ければ、もっと良くしようという意欲を呼び起こしますし、評価が悪ければ悪くなった原因を直ぐに見つけて次の改善につなげます。評価結果を1週間後、1ヶ月後に出しては「熱さを忘れている」ので、全てが他人事となり対応が遅れてしまいます。リアルタイムの管理は製造現場に常時緊張感をもたらし、意欲に満ちた活気ある職場を作り出すでしょう。

 新年を迎えるに当たって印刷業界を取りまく環境は厳しいのですが、まだとるべき方策は数多くあります。一つ一つを着実に実行することで、大いに明るい将来を期待できるものと確信しています。

2003/01/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会