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HowからWhatへ−印刷産業構造のパラダイムシフト(1)



塚田益男 プロフィール

99/11/08

●従来の印刷パラダイム
 印刷産業の構造は長い間,分業システムによって構成されていた。それはアダムスミスの国富論に書かれているように,分業(division of labor)こそ社会の富,国富を蓄積する上で,効率のよい早道だったからだ。確かにヨーロッパの産業革命の中で,分業システムの果たした役割は大きかった。はじめのうちは家内工業や小生産者の中における作業の分化だった。その分化が成長するプロセスの中で,その作業を専門とする業者が誕生した。それが社会における分業システムの誕生である。

 こうした分業システムの発展こそが,国富形成の原動力であり,近代資本主義の前提であった。この思想は前述したとおり,大量生産,大量消費(mass production,mass consumption)すなわち工業化社会,フォーディズムという近代社会のパラダイムを作ることになった。

 印刷産業では,技術分化と並行して分業化が進んだ。活字鋳造業,紙型鉛版業,写真凸版業,活版印刷業,描版業,刷版研磨業,写真プロセス業,写真植字業,平版印刷業,製本業,シールラベル業,グラビア印刷業,スクリーン印刷業,BF印刷業,表面光沢加工業……。

 これらの業者群は共通の利益を求めて組合を作り,あるものは消滅し,あるものは生き残って今日にいたっている。こうした分業システムにより成立した印刷業が,従来の印刷パラダイムであった。

 印刷業はどちらかと言えば全く自由な空気の中で成長してきた。政府の干渉は構造改善事業の中で少々は感ずるものがあったが,それは当然起こるべき技術変化を先取りするもので,印刷パラダイムそのものを変えるものではなかった。すなわち,前述の重箱の仕切りを技術変化に応じて変更したようなものだった。変化の力(エネルギー)は主として技術だから,仕切りの移動によって排除された業者も納得できるものだった。

 一番大きな仕切りの移動は「活字よ,さようなら」といった平版化の時と,写真製版業においては,「カメラレンズ,さようなら」といったCEPS化の時だったろう。業界はたいへん苦悩に満ちた毎日だったが,幸いに,業界のマーケットが拡大している時期であったので,大きな被害や落伍者を出すことなく前進を続けることができた。

  ●新しいパラダイム(HowからWhatへ……)
 従来の印刷パラダイムは分業システムにより構成されていたと論じたが,そのパラダイムを支えていた土壌,すなわち,より大きな上位のパラダイムがあった。それは土地本位制に基づいた間接金融という金融,企業財務のパラダイムであり,護送船団と規制に基づいた行政のパラダイム,また,終身雇用,年功序列型賃金,企業内労組を三種の神器とした労務のパラダイム,こうした各種のパラダイムを包含した,企業中心社会という次元の高いパラダイムの中で支えられていた。

 銀行界,証券業,損保業,生保業,リース業など,沢山の業界が,それぞれ重箱の仕切り,すなわち沢山の規制によって分けられていた。こうした金融の古いパラダイムが,規制の撤廃と資本の国際的自由化というエネルギーにより金融界のパラダイムシフト(big bang)が起こった。それと同じように,今回の印刷界のパラダイムシフトは2種類の圧力によって発生した。

 ひとつは企業中心社会という高次元のパラダイムが崩壊したこと,ひとつは情報技術革新である。企業中心社会に代わる社会は,自由,公正,効率を求める国際化,グローバル化社会である。競争はグローバル化し,資源の再配分も行われるであろうし,印刷の受注競争の顔も,もっと厳しいものに変わっていくだろう。「結果の平等より,機会の平等」というスローガンの中で,横並びより個性が尊重され,多様化社会にもなる。そうなれば,事業機会は増大し,個人の経済的インセンティブは高まってくる。その中で,個人能力に差がつけば当然のこと,所得格差は増すであろう。そうした不安定性は新しいパラダイムに好ましくないから,新しいヒューマンリレーションが生まれるようなパラダイム,すなわち均衡と安定を求め続けるだろう。

 印刷のパラダイムシフトのエネルギーとして情報技術の革新をあげた。しかし,印刷の取り扱い品目には情報財だけでなく,生活財,文化財もあるという反論もあるだろう。私が問題にするのは,単なる取り扱い品目のことではなく,印刷経営そのものが情報化社会に巻き込まれ,印刷産業全体を構成するパラダイムが崩壊すると言っているのだ。

 インターネットの普及により商取引がE-ビジネスになったり,ネットワーク化により作業環境としてSOHO(small office,home office)が増えたり,印刷受注そのものが,インターネット,CD-ROM,ホームページなどマルチメディアと共存したりするようになる。一方,情報化社会の到来は情報技術の進歩,発展を意味する。そこでは通信や画像処理,電子印刷が発達するから,インハウスプリント,社内印刷は常識になり,印刷の受注形態も変わってくるだろう。

 このように社会全体のパラダイムシフトの要因のひとつとして情報技術の変化があるのだから,すなわち社会全体のビッグバンの中で,印刷産業のパラダイムシフトが起こるのは当たり前のことだ。


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1999/11/08 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会