私の職場である編集チームは車載用のレシーバー,ナビゲーション,アンプなど,カーオーディオの取扱説明書を作成する部署です。私はこれまでレシーバーを中心にナビゲーションやディスクチェンジャーの取扱説明書を担当しましたが,4年半前は,DTPはおろかMacすら触ったこともなく,「私のパソコンのマウスのボタンは1つしかないんですけど?!」などと文句をつける有り様でした。
日本国内だけでなく世界各国で販売する商品もあるので,日本語,フランス語,ドイツ語…台湾語…ロシア語からアラビア語まで19言語の取説を編集し,印刷はマレーシアほか,海外の工場で行っていますが,この4年半で作成言語数も1年につき1言語ペースで増え,PDFの利用でフィルムを工場へ発送することすらなくなりました。言語が増えるたびに翻訳会社さんから納品してもらう時に使うフォントの話についていけなかったり,先輩に「もうフィルム使うのはやめよう」と言われても,何を言っているのか分からなかったり。
「私はDTPや印刷について何も知らなすぎる。このままでは仕事にならない。そうだ,無理やり勉強するように何か試験を受けることにしよう!」。そう思ったのが2年前の3月。幸い,その時期に私が所属している吹奏楽団の演奏会のプログラムなどのデザインを毎年やってくれている方と,直接お会いする機会がありました。彼の仕事ぶりは素晴らしく,そんな彼もまたDTPエキスパートであり,私もまねして8月の認証試験を目指すことにしました。
仕事帰りに近所のファミレスで勉強しましたが,毎日ドリンクバー1杯で12時まで居座り,おかげでその店のバイトのシフトもすっかり覚えました。しかし,私にとっては力試しの試験というより,勉強するための機会としての試験なので最初から知っていたことなどほとんどありません。筆記試験というと知識詰め込みの頭でっかちのイメージがありますが,いやはや,それまで「訳が分からないからとりあえず[キャンセル]ボタン」していたエラーメッセージの理由がおぼろげながら見えてくるようになったと思います。
また,私たち取説屋にとって最も大切なことはDTPの知識でいうところの企画と校正だという思いが確信に変わり,それまでの(わずかですが)経験で身に着けていたことが言葉として整理されました。私が思う取説屋にとって大切なこととは「ウソだけは書かない」ということです。
取説屋になって2年目,私が担当したCDレシーバーの取説で正誤表を作成しなくてはならないという不名誉なことがありました。「★ボタンを押して下さい」とするところを「△ボタンを押して下さい」というように,操作ボタンの名前が間違っていました。その機種は私がそれまで担当した中では初の60ページ台を超える仕事だったため,原稿も手でめくるところがよれよれになるまで張り切って校正したものでした。なのに,何で見落としたのか,しかもこんな基本操作のページで……疑問は尽きませんでしたが,今思えばスタイルや誤字・脱字,イラストなどすぐ目に付くところばかりを校正して,書いてある内容の矛盾点を見つけ出す作業がおろそかになっていたと思います。何たって間違った原稿どおりに操作すると,聞きたい曲とは別の曲が再生されてしまうんですから!
それ以降は自分の原稿はおろか,ほかの部署の人が作った仕様書を見てまで,「あんたの仕様書正しいんでしょうね?」と文句をつける人間不信な奴となり,おかげでミスは大幅に少なくなりました。
間違わない,相手に分かりやすい指示を出す,当たり前のことって本当に難しいと思います。今後も精進を続け「ウソだけはつかない」真面目なDTPエキスパートを目指します。
■月刊プリンターズサークル連載 「DTPエキスパート仕事の現場」2003年2月号
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2003/02/11 00:00:00