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お正月に自分を見つめなおそう

社団法人日本印刷技術協会 副会長 和久井孝太郎

1.はじめに
あけましておめでとうございます。今年の干支は申(サル)。「申」という文字は、「稲妻が走るさま」を形どって作られたものです。皆さんにとって、今年が「光り輝く年」になってほしい、と祈願します。同時に「光陰矢のごとし」で21世紀も5年目に入りました。この調子で行けば、2050年もそう遠い将来ではありません。

ミームの本性から考えると、21世紀は間違いなくロボットの世紀です。2050年には「第2人称の心」を持ったロボットが広く実用化されているでしょう。人間もどきのロボットにしろ、ネット上のソフト的なロボットにしても、私たちが対面コミュニケーションしているロボットに、「人間らしい心を感じる」という意味です。

ロボットは、人間のDNAが創りだす身体とは別の人間の科学とテクノロジー文化が創りだす構造体を持ったミームマシーンです。第1人称の心を持ち自己増殖するロボットの出現がいつになるのかは、まだわかりません。

私たちの第1人称の心の最大の特徴は、合理的熟慮によって支えられた「直観力」にあります。一方、第3人称の日本の大衆は、日本の文化が歩いているのだ、と考えればよいのです。今こそ「他人の振り見てわが振り直せ」の諺を生かそうではありませんか。

2.横から自分の「心」を眺めてみよう
私たちは日ごろ非常に忙しくすごしています。パソコン端末で仕事をしながら電話で別の用件の打ち合わせをする。電車で移動しながら携帯電話でメールを打つ。そして、家庭では食事をしながらテレビを見る。その逆にテレビを見ながら食事や家事をこなす。

私は、このような状況を「ここ・いま」症候群と呼んでいます。最も典型的な例は、インターネットの端末の前「ここ」で、世界を相手に「いま」やれることをリアルタイムで効率的にこなす。これが新世界デジタルワールドの特徴であることは、以前に指摘したとおりです。

若い人に10年後のことを尋ねると、そんな先のことはわからない、と多くの人から答えが返ってきます。ましてや50年後のことなどほとんど関心がないようです。また、お年を召されたかたがたは、私は生きてはいないから、と思考を放棄してしまっています。

これは当然なことだとも思えます。50年前にテレビが登場し、最近ではいわゆるデジタル革命(情報革命)によって、私たちの心(意識)の広がり(空間)が飛躍的に拡張され身辺に情報があふれています。

しかし「ここ・いま」だけでは、自分の人生として大切なものが何か欠けているように思います。なぜならば、人生には過去(歴史)と未来があるからです。年の初めは、ゆったりした気分で自分を見つめなおす絶好の機会です。

人間は古くから哲学的に、宗教的に、そして心理学や生理学的に、「心の問題」を考え続けてきました。その考え方は、考える人によって十人十色です。これでは学者はともかくとして、何かと忙しい私たち普通人にはつかみ所がありません。岡目八目的に横から「心の全体像」を眺めてみたいと思います。

近代哲学の祖デカルトは、「我思うゆえに我あり」と言いました。これは自分とは何者かを考え抜いた「自分の心」、すなわち第1人称(I,My,Me)の心です。しかし、自己中心的な思い込みではうまくいきません。自分で思う自分の心のほかに、第2人称(You,Your,You)の心も、第3人称(He,She,They)の心もあります。
第2人称は、コミュニケーションをしている相手の心の問題で、互いに共感できるかどうかが重要です。第3人称は、社会を構成している人々の心の問題(文化の問題)です。

あなたのお宅の「おせち料理」は、親の代からの味でしょうか? それともあなたの代の創作でしょうか? おせち料理も、あけましておめでとうの挨拶も、日本語も、私たち日本の文化です。いずれにしても、心は基本的に「文化」に由来しています。
このような「心の全体像」をイメージできるように、図1にイラスト化してお示ししました。


3.心の全体像
自然科学での最大の発見は、前世紀半ばに生物の遺伝子DNAの物理的な構造(生物の物理的な基礎)がワトソンとクリックによって明らかにされたことです。その結果、生物の進化論がまったく新しい段階へと発展するようになりました。
人間とチンパンジーが共通の祖先から進化の枝分かれをしたのはいまから約700万年前ですが、最近の研究で両者の遺伝子DNAの違いはわずか1.23%であることが明らかにされています(人類の遺伝子DNAのばらつきは0.2%)。

申年にちなんで思い切った表現にすると、「人間とは文化を持ったサル」ということになります。人間と人間社会の現在までの進化の状況は、身体の遺伝子「DNA」と文化の遺伝子「ミーム」の共進化によるものである、とする見方があります(ミーム論)。
ミーム論は、岡目八目的に「心の全体像」を眺める手がかりを私たちに与えてくれます。たとえば、「印刷」という言葉(ミーム)はここ数百年にわたって遺伝的に広く世界の人々に広まってきました。これは、第3人称の人々が印刷に対して心理的に強い魅力を感じてきたことを意味しています。印刷ミームは強いミームです。

JAGATでは先に、未来へ向けての印刷の全体像を表した「印刷曼荼羅」を制作しました。2050年の印刷をJAGAT技術フォーラムで議論し、強い印刷ミーム複合体をイメージしてデザインしてあります。
機能的に印刷物は、多様で膨大なミームを蓄えて交換できるミームプールです。論文や書籍などの印刷物がなかったら、その後のテレビもインターネットも実用化されていないでしょう。

太古の人々は、自分の脳を唯一のミームプールとして進化してきました。私たちの身体と脳は進化の長い「時間(歴史)」の中で、DNAとミームの両方に作用する自然淘汰によってデザインされてきたものです。
私は唯一の存在ですが、遺伝子そのものはすべて私以前の生物から引き継いだもので、私たちが繁栄すれば、DNAとミームは未来へと引き継がれていきます。

現代では人々の脳のほかに多様なメディア(ミームプール)が出現して、ミームの増殖と進化に寄与するようになっています。私たちはこれで、時代の変化が加速されている、と感じているのです。しかし、それに惑わされず「未来への夢を持つ」ことが大切です。
私たちが「環境(境遇をふくむ)」と他人事のように言っている大半のものは、自分の思い(自分の心)が「原因」となって招いた「結果」なのです。自分は「心」の底から本当にどうありたいと思っているのでしょうか?

2004/01/02 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会