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プロとして,パートナーとして認められるために

大信印刷(株) 営業部長 畠山昌憲

 
ポストスクリプトって何?
9年ぐらい前のことでした。新規開拓で担当していたお客様が社内でDTPを始められ,それまで電算写植で組版していたマニュアルがDTPのデータ渡しということになりました。当時,既にMacintoshを少しは触り,簡単なデータの出力は体験していた私でしたが,まだまだ今ほど安定した環境ではなかった時代でしたから,少し逃げ腰で対応しようとしていました。が,そんな時に先方の担当部長から「他社はできると言っているよ。ポストスクリプトとか何とか言って…」と言われ思わず「ポストスクリプトって何ですか?」と聞き返してしまいました。すると「ポストスクリプトも知らないんなら来なくていいよ」と言われてしまいました。今思えば先方もそんなに分かっていたわけはなく冗談半分で言ったのでしょうが,言われた私のほうはかなりショックでした。今まで印刷会社が印刷に関してお客様に教えてもらうことなどなかったのに,これは大変なことになったというのが実感でした。
そのころ,会社から受け持った得意先のほとんどを後輩に譲り,新規開拓で売り上げを上げるしかなかった私はサンプルのデータを預り,必死であちらこちらで出力のテストをしてもらいながら何とか受注に成功しました。しかし,やはり出力に関しては大きなデータのページだけ面付けできないとか,貼り付けしていたExcelの表が縮小されてしまうなどのトラブルもあり,そのつど先方の担当者,出力の担当者と何度も話し合いが必要でした。その時はそんなに意識していたわけではありませんでしたが,結果的にDTPに関する知識と実務を身に着けられたこと,お客様にパートナーとして信頼してもらえたことが喜びになっていたように思います。

トラブルこそがチャンス
その後,急速に制作も入稿もデジタル化が進みましたが,相変わらず新しいトラブルが出現しては原因の究明と対応策を立てることの繰り返し。うんざりしていたものの,いつの間にかトラブルの予測もできるようになり,事前にお客様や制作と打ち合わせしたり,出力時のチェックポイントも徹底してミスを減らせるようになりました。これは営業としても役に立ち,他社に発注してミスのあったものをいくつか受注できるようになりました。気がつけば版下からデータに移行する変革期と,そのトラブルを利用して新規開拓をしていたように思います。

DTPエキスパートに挑戦
しかし,制作側も出力側も安定してくるとお客様からの相談は減り,たまにくる相談にはこちらも知らない知識を元にどうしたらよいか?など,より専門的なものになり,これはヤバイ!確実に社内の制作や営業よりも詳しい知識をもったお客様が増えてきたことに気づきました。このままではまた「来なくていいよ」と言われてしまうだろう。そんな危機感から以前から知っていたDTPエキスパート認証試験に興味をもち,どんなものかやってみることにしました。
とは言うものの,何から始めていいのか分からなかったので,JAGATの通信教育講座を取りあえず申し込み,送られてきたテキストを一通り読みました。最初はこんなこと必要なの?という内容や疑問もありましたが,知っていても意外と説明できないことや,知らないまま進めていたことなどをきちんと理解できることのほうに大きな意義と必要性を感じました。これは自分だけでなく営業,制作を始め社内に勧めたいと思いましたが,まずは自分が合格しなければ始まらないと,自分にプレッシャーを掛け勉強を始めました。
しかし,勉強と言ってもただテキストと「プリンターズサークル」の問題の繰り返しだけ。本番2カ月ぐらい前に,これでどの程度できるのか?と過去の模擬試験に挑戦してみましたが,結果はまず時間が足りないということ。それと弱いカテゴリーを確認できたので,そこを意識して本番に備えました。
いよいよ当日,試験会場に行ってビックリ! 自分が知らないテキストをみんなが持っていて,「そんなテキストあったの!」。もう少しほかにどんなテキストがあるのか調べておくべきでした。そして本番の試験を終えた一番の感想は「もうクタクタ」。合格してるという自信もなく課題制作に取り組むことには「筆記試験で不合格なんだったら先に教えて!」とさえ思ったものでした。そんなこんなでの受験でしたが,結果は幸運にも一発で合格できました。

自信と信頼から得るもの
合格するとまた,常に印刷業界の新しい技術や動向に関心をもつようになり,DTPエキスパートの試験範囲以外も勉強するようになったことも自分にとって収穫でした。ここで得た知識は営業として信頼を得ることにも,また制作や製版,印刷現場に対しての打ち合わせにも役に立ちました。もちろん勉強したうちのほんの一部だけですが,たった一つの相談事でもきっちりと説明することにより,お客様にとってはとても頼りになることもあり,そうなれば相談したい時はまずこちらに声を掛けてくれます。これは大変大きなことです。営業的に言えば,他社に話がいく前ですと,制作進行方法,納期,そして受注金額もできる限りですが,無理のないものにしていくことができるからです。実際そうした受注がいくつもできましたが,そうした仕事にはミス,クレームがほとんどなく,結果また信頼が得られるという好循環も生むことになっています。名刺に'DTPエキスパート'と入れておくことで信頼して話をしてくれる担当者の方もいらっしゃいました。

新たな問題
しかし,新たな悩みが生まれました。それは勉強すればするほど,これからの時代その必要性を感じるのに対し,勉強していない者との知識のギャップはそのまま大きく危機意識のギャップになったことです。社内でミーティングや打ち合わせをしていても勉強をしていない者とは話しても無駄かな?と思うことさえ感じられてきました。そこで最低限の知識を共有するため,営業,制作全員に資格取得を推奨することにしました。
会社としては,合格者には受験料と資格手当の支給,またテキストの購入をバックアップするだけで「分からないことは自分から教えてもらうように」と言うだけの少し冷たいものですが,それにより各自の取り組みの姿勢をも見させてもらうことにしました。
そのせいか私が15期に合格した後,16,17期と受験する者がなく,やや冷めた感じで見られていたようにも感じられました。それでもあきらめずに受験を勧め,やっと18期に営業3人が受験して1人,20期には営業,制作6人が企業受験して4人が見事合格しました。そして合格したことで以前より自信をもって仕事に取り組んでいる者,またさらに勉強していこうとする姿勢の者が出てきたことは,会社にとっても本人にとっても良かったと思います。今後は工務,印刷部にも勧めていくつもりです。

他社からも欲しいと言われる人材に
実は数年前,DTPのオペレータの採用面接でDTPエキスパートの資格をもった人を不採用にしたことがあります。理由は実務能力が未熟だったことです。資格だけでは何の役にも立ちません。資格はあくまでその人の実務能力を伸ばすために,また幅を拡げるために必要な最低限のことを勉強した証にすぎないのです。プロとして営業が,制作が,お客様にとって必要とされる良きパートナーとして認めてもらうこと。それが一番大切なことではないでしょうか。常に変化し続ける印刷業界の環境に対応できる実力を身に着け,他社からも欲しいと言われる人材になってもらわなければ,会社はこの厳しい状況の中,戦うことすらできません。その意欲のある人にはできる限りバックアップしていきたいと思っています。

 
(JAGAT info 2004年1月号)

 
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2004/01/31 00:00:00


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