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デジタルプリントの最新動向

デジタルプリントとは

本稿においてデジタルプリントとは,電子写真(乾式現像,液体現像),インクジェット記録技術を用いた印字方式を指す。従来,オンデマンドプリントやプリントオンデマンドなどという呼称があったが,既存の印刷技術・サービス性の改善などにより,即時性自体がこのようなデジタル記録技術を差別する特徴としてはあまり適さなくなったことがこの背景にある(ただし最短記録時間は相変わらずこのようなデジタル方式のほうが速いことは間違いないが)。以上のような背景から以後プリントオンデマンドという呼称ではなくその本質的な「記録」形態からデジタルプリントと呼ぶことにする。
(注)既に既存の印刷業界では,朝や夕方にデータをが入稿されると夕方または朝一には印刷物を納品することが当然のように行われている。

デジタルプリント市場

このような「記録」形態に着目した「デジタルプリント」では,版が存在しないことから基本的にどこでも可変情報が印字できるという特徴をもつことになる。大量に画像を「複製」するというのが既存印刷の特徴であるが,デジタルプリントでは必要な場所に必要なパターンの記録が可能という可変記録性がその本質となる。従って,対象市場としては既存の印刷市場を含んだあらゆる「プリント」可能な領域がその対象となる。
例を挙げれば,電子回路の配線記録,トランジスタのデバイス作成などの電子装置への応用,DNAチップ,マイクロレンズアレイなどの非常に微細な「点描」記録から,百貨店などの店内バナー,ビルの壁面に架ける大型のバナーなど,非常に大きなものまでが対象となる。また,被記録媒体についても,紙は当然のこととして食器などのセラミック,プラスチック,木材,金属など非常に幅広い材料への印字が可能である。印刷というと紙主体の商業印刷を思い浮かべるが,デジタルプリントの適用領域はこのように非常に広く大きな可能性をもっている。また,2次元平面だけではなく3次元の立体までもが,今やその対象となっている。例としてRP(Rapid Prototyping)があり,CADなどのデータからのモデル作成や宝飾などへの応用が進んでいる。
以上のように考え,デジタルプリントが適用可能な対象市場の規模を概略で見積もると,既存の印刷を除いても約14兆円規模程度と推定できる(2000年時点)。このデジタル技術が対象市場に浸透することで,いかに大きな市場が開けるのかがこの数字で伺えよう。このような可能性を信じ現在各メーカー・研究機関において鋭意努力が積み重ねられている(市場規模のチャート参照)。

最近の市場と技術的動向

このような中で,最近いくつかの新しい動向が出てきているので紹介する。
・市場動向
各企業では在庫圧縮や発注ロットの小ロット化が推進されているが,最後に残された利益源として物流費が対象になっている。段ボール業界では印刷方式として従来よりフレキソ印刷が主である。オフセット印刷も大分利用されているが,段ボール表面の印刷にインクジェットを用い,単に会社名や製品名などのマーキングを施すのみならず,広告媒体としても使用する動きが出てきている。このようなグラフィックは,大判インクジェットプリンタを用いて印字されてきたが,欧米では専用の大型装置により印字する動きもあり,数十台規模で既に稼働している。用途的には高速印字が要求されるが,毎時150m2程度の製品も上市されている。国内でもBOXメーカーなどの一部で専用のインクジェット印字機が既に導入されている。ただし,同じインクジェットでもマーキング業界の動きはこのような動向とは別である。また,POP用途で段ボールに印字し,印字した形にカッティングを行いディスプレイとして使用することも,既に欧米のスーパー・小売店でよく見掛ける。この分野も今後は対象となろう。

一方,従来グラビア印刷が主流であった世界に対してもデジタルプリントが入りつつある。例として壁紙がある。グラビア印刷では,版ローラを使用する。壁紙の見本帳を見ても分かるように,壁紙は非常に種類が多い。従って版の管理がスペースも含め大変である(フレキソについても同じことが言える)。
また小ロットものではコスト高にもなってしまい,1枚1枚異なる壁紙を作成することは不可能であった。これをインクジェットを主とした技術で改善が行われている。特に公共施設や店舗の内装などでは,店独自の主張を取り入れることができるためにリフォーム時の需要が高いようである。エンボスの種類も増加している。
一方,電子写真記録においては現在乾式トナー記録方式が主力である。A4サイズでカラー毎分60枚の印字速度の製品が出されてるが,プリンタを複数台連結して印字する「重連(クラスタリング)」方式のシステムも登場し,毎分100枚が実現された。高速の機械は機械開発費が非常に高価となる反面,市場規模の制約から出荷台数が少ないために,従来高速機を開発できる会社は限られていた。しかし,この重連方式を実用化することにより,安価な機械で高速性が実現できることになり,ユーザにとってもメリットが高い。特許の問題などがあろうが,このような工夫がほかにもなされ,特にプリントコストの低価格化も実現できれば,デジタルプリントの普及が一層促進されるのではないかと思われる。過去何回か印刷各社にヒアリングを行ってきたが「プリントコストの低価格がデジタルプリント市場拡大に結び付く可能性が大」という意見が次第に多くなりつつある。ただし,プリントコストは複写機業界の独自ビジネスモデルと深く関係しており,印刷業界が希望するレベルを実現するにはいまだ時間が掛かると思われる。
複写機・プリンタ市場は主要な欧米では近年飽和状態に近づきつつあり,今後拡大のカギは中国・アジア市場が握っている。特に中国は急速にカラー化が進みつつあり,期待が大きい。大判のインクジェットプリンタについても,バナーや屋外広告表示用途に,一時期上海市を中心に大量に導入が進んだ。電力事情の関係もあり,この改善が進まない間はこの傾向が続くと思われる。
さて紙への印字が主であった複写機・プリンタであるが,紙以外の分野としてサインディスプレイ(広告)分野がある。特に透明フィルムに転写記録する方式では屋内・屋外両方の用途に対応が可能であり,ビルの壁面や床,バス・地下鉄電車やジャンボジェット機にまで利用されている。この市場は非常に幅広く,目に見える場所で広告に使用できる場所はすべて対象となる。提案力・デザイン力があれば今後とも順調に成長する分野と思われる。

・技術動向
インクジェットについてはカラー印字の高速化・高画質化が進んでいる。消費者向けの製品においては,既に1pl程度の微細インク滴が画像形成時に使用されている。これにより写真画質が確保されている。一方,より高速のビジネス用では,このレベルの微細化はまだ実現できておらず,今後の課題である。しかし請求書やDMなど文字や写真のバリアブル高速印字が必要となる分野では,これから着実に改善が進むと思われる。最近発売された機種では,316mm幅のラインヘッドを4本用い,A4カラーで105枚を実現している。このヘッドは8階調の印字が可能であり600dpi以上の記録密度も実現されている。
インクジェットの場合,ヘッドやインク,紙などの媒体と,三位一体の開発が必要となるが,この機械でも紙は専用の塗工紙を使用し,色再現性確保,裏移り防止を行っている。
一方,インクについて言えば,現在,紙媒体では水系または油性インクを,樹脂媒体では溶剤系のインクを使用するのが主流である。しかし溶剤系は環境やにおいの問題があり,エステル系やUV化の検討が進みつつある。従来UVインクは皮膚刺激性の問題や,接着強度の不足が指摘されていた。しかし最近発表されている製品では,フレキシブルな薄膜フィルムにおいても十分な接着強度が得られており,技術改良が非常に活発である。インクジェットメーカや一部のインキメーカにおいて,UV対応は現在ホットな開発課題である。ただし,定着用光源ユニットが大きいこと,発熱や消費電力が大きいなどの問題があり,小型のプリンタに搭載するには改善の余地が大きい。しかし,UV対応が進むことにより媒体の制約が軽減される可能性もあり,今後の開発に期待したい。
また,インクジェット記録技術は産業技術総合研究所を中心として回路パターン作成,それも線幅がサブミクロンという非常に細い微細パターンの描写や,FETなどの素子開発への適用も検討され,パターン記録分野のツールとしての位置付けが着実に進んでいる。一方でインクとして,WAXやでんぷん質の素材を用いて立体物を作成するRapid Prototypingなどへの応用も設計分野で進んでいる。これらの新規分野はまだ市場としては非常に小さく,特殊な分野であるが,今後の期待がもてるものと言えよう。
一方電子写真については,乾式記録の分野で,粉体トナーを重合法で作成する製造方法が実用化された。この技術は20年以上も前から検討されていた技術であるが,実用化まで非常に時間が掛かったため,一部メーカーでは途中で開発を中断した。ようやくここ数年でカラートナーに適用され始め,各社の足並みがそろったところである。重合法では形状の制御がしやすく,粒径が粉砕法と比較し非常に均一であるという利点がある。乾式トナーの場合には粒径で数ミクロンが大きさの下限となるが,この制約がないのが液体現像方式である。サブミクロンの粒径のトナーが溶媒に分散されているが,従来タイプでは溶剤を使用することから耐環境性が指摘されていた。しかし最近ではこの点も改善されている。海外メーカーでは,既にこの方式の機種が発表されているが,国内メーカー各社でもこのタイプの開発を進めており,2003年は発表が相次いだ。
面白いことに,印刷機メーカーは乾式の電子写真機については興味をあまり示さないが,液現方式については複写機・プリンタメーカーと共同開発する例が多い。液体ということでなじみ深いのであろうか,興味深い点である。また印刷機器メーカーの動向を見ると,各メーカではオフセットを補うという位置付けで,インクジェットや電子写真技術について対応しつつあるように思われる。この意味では自社のオフセット機との住み分けを整理すべき状況となってきたのではなかろうか。 さて,記録という観点でインクジェットと電子写真技術について見てきたが,違う切り口の動向として電子ペーパーがある。この中では特に光り書き込み方式の電子ペーパーが,産業用途としての用途が高いと思われる。工場内の「看板」や「タグ」代わりに使うのである。電子ペーパーとしては各種の検討が実施されているが,いきなり紙の代わりに用いるのではなく,このように産業用や特徴のある表示装置としての利用から実用化が次第に行われていくことになろう。
以上のように複写機・プリンタの基幹記録技術として発展してきた技術は紙に限定されることなく次第に各種の媒体も記録対象にし,2次元のみならず3次元も対象としたパターン記録技術としての地位を次第に築きつつあるのが現状である。大事なのは,このような可能性を大いに秘めた技術をどのようなニーズに対応させて発展させるかということであろう。まだら模様が続く経済環境の中では,ニーズを早く捉えて実用化し先行者利益を得ることが重要である。このような競争を続けていくことにより,印刷・複写・プリントなどのプリンティング業界全体が潤うことになろう。

(『プリンターズサークル2月号』より)

2004/02/11 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会