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郵政事業の現状と今後

日本郵政公社 総裁 生田 正治氏

ダイレクトメールのビジネスショーであるポスタルフォーラム2004が2月3日から3日間,池袋サンシャインシテイにて開催された。今回は本邦初のビジネスショーという位置付けであったが,3日間で展示会に21,070名,コンファレンスには1,250名, 合計22,327名の参加を得る事ができた。又,開会式には総務省から田端副大臣,レセプションには麻生総務大臣のご臨席を得ることができ,本フォーラムに大きな期待が寄せられている事が実感できた3日間であった。また日本郵政公社総裁 生田正治氏には初日に[郵政事業の現状と今後]と題して約1時間の基調講演を頂き,約300名の方々の参加を得る事ができた。本稿ではこの基調講演の概要を報告し読者諸氏の参考としたい。


先ほど開会式があり,そこで挨拶をさせていただきましたが,開会して直ぐに大勢の方々が入場されておられました,今回この様なフォーラムを主催させて頂き,大変良かったと思っております。現在,世の中には商品があふれ飽和感が漂っています。また価値観が多様化しており,個性のあるものしか買われていないという状況にありますが,少子高齢化の時代を迎え,この傾向はますます強くなると思われます。逆に言えば,このような個性化への対応をはかる事により,新しいビジネスチャンスを捉える事ができるのではないでしょうか。従来のマスマーケティングからダイレクトマーケティングへの関心が強くなっている事を反映し,この私の講演にも多数の方々においで頂けたものと考えております。

公社の経営の現状と課題

まず,このテーマを考えるには,現在がどういう時代か,どのような歴史的経緯があるのか,という点についてきちんと整理する事が重要でしょう。1980年のベルリンの壁の崩壊によりグローバリゼーションが広がり,かつ国家権力が相対的に弱体化しております。特に,経済についてはITとロジスティクスの発達により国境というものが[液状化]しています。WTOが進展しない反面でFTAが注目を集めつつあるのはこの例です。国際競争について国家的にしっかりした対応をしないと国家間の有勝劣敗がはっきりしてしまうというのが現状です。日本も何もしないと敗者の仲間入りをする事になります。構造改革の徹底を行う事が今基本的に重要と思われます。しかし構造改革は遅れています。

この遅れについては高度成長時代の成功体験が逆に働いている面があります。過去の夢にとらわれている事が遅れにつながっているのです。教育水準が高く,かつ安い労働力が過去にありました。しかし現在は高い労働力となっています。又政財官の協力が過去に高度成長をもたらしました。しかし協力は保護と規制という面も持ち合わせており,国際競争力の低下を現在招いています。競争を抑制したために競争力が低下しているのです。また高度成長期には法人間の株持ち合いがあり,お互い口を出さないというコンセンサス経営がもてはやされました。しかしこれはスピード感の不足につながっています。過去数年,企業は株の持ち合いを解消すべく努力を重ねてきており,これを担保する考えとしてコーポレートガバナンスが出てきています。

過去半世紀をみると1985年のプラザ合意により実力以上の円高(120円)になり,1995年には79円79銭と超円高をも迎えました。実力以上の円高で,為替面で厳しい状況を迎えています。また成長期には日本の軍事費が安い,という事もうまく寄与していました。冷戦構造という中では米国が日本の庇護者でした。しかし冷戦構造が破壊し,米国が競争相手となった今,何か国際問題等があると日本には多額の資金供給が当然視される様になっています。

一方これからの時代で我々の将来に影響を与える要因としては,[目覚めて来た中国]があります。1980年代以降,中国のGDPの伸びは平均9%,これは今後も継続的に伸びると予測されています。2002年には2020年のGDPを4倍にするとの宣言も出されました。これを経済成長率で逆算しますと,7〜8%で4倍が達成できる事になります。現在の経済成長率は8〜9%であり,この数字からは実現可能と判断できます。又,西部開拓にも手をつけ,新幹線の導入等,中国は内需のみでも大きな成長が期待されます。従ってこのまま中国が成長すると2020年には日本もGDPで中国に追い抜かれます。マクロの視点からは今後,中国が世界のインフルアブゾービングマシンとして機能する事になるでしょう。中国を脅威としてのみとらえるのではなく日本経済を支える存在として捉える事も必要と思われます。中国が世界から買い付ける資源や食料等は莫大な量になりますが,労働力が安い事の結果として安い製品が提供され,これにより世界のインフレが抑制されるという構図です。

このような時代認識の中,的確に日本の舵をとる事が重要となります。現在,日本経済はマクロでみると製造業を中心に経営資源の再配分が進み,再構築されつつある段階といえるでしょう。銀行や銀行が支えている一部の業界は未だ問題が多々ありこれからが正念場ですが。このような中で2003年4月1日に郵政公社がスタートしました。明治時代以来,100%官営できた事業が変わったのです。公社化に当たり,総理からは民間的な手法で経営をしろとの指示がありました。極力努力して現在に至っています。しかし郵政事業は巨大です。,資金量は355兆円。GDP(541兆円)の66%にも相当します。職員も常勤が28万人,パートタイムが12万人と合計40万人です。また郵便局は全国で24,700カ所と,とにかく大きい存在です。

事業を見ますと,郵便がかなり厳しい赤字構造です。赤字の上にE-mailの発達で手紙が毎年2〜3%減少するという大きな問題を抱えています。郵貯・簡保も大きな資金を持っていますが,この資金は過去,財務省の資金運用部に国債運用資金として預託されて来ました。これについても今後どうするか,大きな問題です。加えて簡保は売り上げが下降傾向にあり,過去年間1000億円の売り上げが,650億円程度に下がっています。これを800億円程度にしようと対策していますが,これは果たせない願望であり,650億円程度にくい止める事が現状です。

また職員は今まで [行政]を行って来ました。行政人として磨かれて来ているのです。しかし[行政型]では事業には向きません。行政という枠をはずし,広い社会・市場で競争力をもって仕事ができるよう一層能力を磨く必要があります。幸い,職員の資質は大変優れています。行政型からの転換が非常に早く図られております。

次に経営の現状についてお話ししましょう。総理は[民間的手法]とおっしゃいましたが[民間的手法]の教科書はありません。いろいろ悩みましたが,シンプルで分かり易い経営方針をとる事,に留意して参りました。例えば,
【1】経営の基本を維持する:公社としての哲学とモラルを呈示する。経営理念・行動憲章の明確化。
【2】3つのビジョンの策定:イ)真っ向サービス(国民からお客様に),ロ)公社経営の健全化,ハ)将来展望と働きがいのある公社。このビジョン実現に向け,戦略と戦略体制の構築として
【3】事業本部制を採用し独立採算とする:郵便,郵貯,簡保の3事業本部制
【4】経営企画部門の創設:公社全般に関わる事項の担当と事業本部間のシナジー効果を出す事。他企業との提携,国際戦略の立案
【5】経営委員会の下に9つの専門委員会(カスタマーサティスファクション委員会,IT戦略委員会,ガバナンス・コンプライアンス委員会,投資委員会,地域戦略委員会,環境委員会,広報委員会,ヒューマンリソーシズ委員会,調達委員会)を創設。これら委員会は総裁・副総裁が直接担当し,公社横断的に活動。
委員会活動の具体例を挙げると,
a)ヒューマンリソーシズ:研修制度の見直し,ジャパンポストキャンパスの開催(郵政以外の領域の講義を聴いてのクリエイティブな能力開発をはかる),国際部門強化の為に3ヵ月から6ヵ月間海外での実務研修。他国の郵便当局に人財を毎年50〜60名派遣し,国際派の育成を図る。
b)コーポレートガバナンス:シェアホルダーは納税者として捉え対応する。
c)アクションプラン:郵便事業の黒字転換,小包郵便のシェアを3年で5.5%から10%にする,トヨタ方式で購買費を平成14年度より2割下げる。
d)意識と文化を変える。行政ではなくサービス業。官庁文化や縦割り発想・上位下達・本社主義の見直し。お客様の現場がフロントラインという意識で自由闊達な議論を行う。
e)郵便局をワンストップコンビニエンスオフィスとする事で地域に貢献する。
これから大いに成果が出て来ると考えています。

DM:ダイレクトマーケティングについて

今まで経営改革の現状と課題について述べて来ましたが,この改革の,収益確保の柱としてDMを捉えています。公社だけが稼ぐというのではなく,DMを通して経済を活性化する所に狙いがあります。お客様の商売を伸ばして頂く事が第一義であり,結果として公社の仕事が増加すれば良いのです。
日米のDM量を比較すると,2001年には日本が59億通,米国が937億通あります。これを国民1人当たりでみますと日本が44通,米国が329通,欧州は80〜89通という状況です。日本は欧州の半分で米国の1/7というDM後進国なのです。広告費全体に占めるDMの比率を見ても,米国では20%,日本は6%程度であり,日本は米国の1/3.5の状況です。この数字から考えると,この差を埋める事で経済の活性化が可能となる余地があると判断できるのではないでしょうか? 米国との差を考えてみると,米国では既存顧客を囲い込むという使い方が進んでいます。どの商売でも利益の90%はリピータからの利益が占めているのです。この90%の顧客把握が米国では行われており、この目的でダイレクトマーケティング手法が採用されています。特定顧客1人1人に情報を提供するためにはこの手法がかかせないのです。日本ではまだこの手法は広く認識されていませんが,逆にいえばここに大きなビジネスチャンスがあるともいえましょう。国内では郵政公社がこの手法の普及・啓蒙活動の中心となべきと自認しています。具体的には郵便事業本部の中の法人営業担当がマーケティング戦略まで含めた企画提案に力を入れています。
また公社の郵便ホームページにDMファクトリーというDM専用のコーナを開設しています。このコーナは,広く一般の方々にDMの知識や,有効な活用方法を知って頂く事を目的としており,この1年で約120万のアクセスがありました。以上,様々な活動をしてまいりましたがこれらを背景として今回のポスタルフォーラム開催に至っております。しかし郵政公社の現在持っている機能のみでダイレクトマーケティングの普及ができるとは考えにくいと考えておりません。広告産業,印刷産業,メーリング産業界等の方々と連携して総合的によりよいサービスを提供したいと思っております。
ポスタルフォーラム2004は業界横断的なネットワーク形成の場として,またビジネスソリューション提供の場とし考えております。今後もこの様な場を提供したいと考えておりまので,皆様のビジネスに役立つDMやダイレクトマーケティング情報等の交換をこの場を利用して行って頂ければ幸いです。

民営化

郵政公社の民営化は政治が決める事であり,当事者の公社から考え方を述べる事はルール上も難しい面があります。しかし,当事者として,お客様のニーズについてお話しする事は義務と思います。この観点からは,何故民営化が必要なのかという点についてもう少し議論すべきではないかと思っております。
先ほど民間については構造改革がかなり進みつつある事を申し上げました。しかし官の部分については未だ途上にあり,これからが本番と思っています。郵政公社の民営化はこの部分に相当します。民間企業は企業内の構造改革を既に終え,経営資源の最適再配分が出来つつあります。先行して改革を実施した企業は今期最高益を出す予想が出ています。しかし政府レベルではどうでしょうか?マクロで考えると日本国全体の経営資源の最適再配分は未だできていません。規制改革等も未だ途上です。民営化の議論は日本国全体のマクロな立場での経営資源の再配分という視点で考える必要があるでしょう。よく総理が,[民でやって,民がよりよくできるのであれば民営化が必要]とおっしゃっています。この基本原則は賛成ですが,特に[民がよりよくできる]という観点が重要と思います。民がやってよりよくできないのでは本末転倒です。何のために民営化するのか,という観点が重要です。スイスに国際競争力を毎年評価している研究所があります。これによると1992年までは日本は世界で競争力が1位でした。1992年に米国に抜かれ,以来,日本の競争力は毎年低下し,現在日本は20数位です。先進国グループでも11位か12位で,[中の下]の状況です。これをみるにつけ,民営化で指向すべきは,日本国のマクロな国際競争力の向上,これにより日本の富を増やす,結果として国民の富を増やす事,と考える必要があると思います。先の[民でやった方がよりよくできる],この事は先に述べた公社の3つのビジョンにも取り入れられています。

【1】真っ向サービス:全国のお客様によりよい魅力的なサービスを提供する(ユニバーサルサービスの機能は低下させずよりよくする)。
【2】公社経営の健全化,ひいては国家財政の健全化への寄与(収益があがって税金が払えるようになる)。
【3】職員が生き甲斐を持ちのびのびと仕事ができる事(一生懸命にやれば長期安定的に働く場が持てる事)。

それと同時に考えるべき点は,民営化の前提として,日本国のかかえる基本的問題があります。一つは国家の財政政策です。郵政は巨額の国債を持っています。従って国家の財政政策との関係つけるとともに,金融市場政策・金融システム改革の問題,また地方改革との関係も考える必要があります。国家財政,金融政策,地方改革の3つの大きな問題との連動が重要となるのです。

現在経済財政諮問会議で民営化について5つの基準を示し,各種の議論を行っています。非常に的を得た良い議論です。しかしこれらの基準に加え,国民の利便性を高める,例えば家庭でのミニファミリーバンクとして機能するユニバーサルサービス機能を維持する,という事も具体的にして頂ければ幸いです。又もし民営化するのであればその事業体は自ら努力すれば発展的に経営できる基盤が必要です。ビジネスモデルの自由化,発展できるビジネスモデルへと解放する事が必要となります。
現在,郵便局というこれだけのネットワークを保持している事業体はありません。これを生かす事,郵政のもっている巨額の資金を日本経済の生きた資金として活用する事,また活用できるシステムをつくる事が重要です。

ちょうど時間となりましたが,明治4年にスタートした100%官の郵政事業ですが,後からみて[民営化]は,良い改革であったと評価されるようなものにしたいと思う次第です。

以上が生田総裁の基調講演の概要です。ダイレクトマーケティング手法の普及によりDM活用が進み,今以上にDM市場が拡大するのであれば我々印刷業界にとっても大きなビジネスチャンスになるのではないでしょうか?郵政公社は現在,他業界とのコラボレーション・アライアンスを積極的に進めています。この中心にあるのが法人営業部です。関心のある企業の皆様には当部門へコンタクトしてみては如何でしょうか。

2004/03/23 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会