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新しい仕事の仕方でクロスメディアを

JAGAT:JAGATでは単一メディアの制作を専門にしていた人が,クロスメディアの仕事にも対応するための知識を習得できるように,通信教育で「クロスメディアパブリッシング」を開講した。

佐々木:技術の中身や記述の仕方には多少でこぼこがあると言われるかもしれないが,これは書かれた時点からの状況変化や著者の得手不得手があるので,仕方がないだろう。必要なのは,これらの項目がなぜ必要なのかということである。IT専門家ではない人がこのテキストをみて,最初から順に覚えると思うと,勉強するモチベーションが上がらないかもしれない。

JAGAT:どのような知識が必要なのか,オリエンテーションが必要なのだろう。

佐々木:現在,IT分野の人材育成の仕事にも関わっているが,カリキュラムが単に羅列されると,モチベーションがあがらないということがよくある。社会人の教育である以上,これができると何ができるという人材モデルとキャリアパスを示す必要がある。

JAGATの教育プログラムならば,クロスメディアの基礎知識として,クロスメディアとは何か,パブリッシングとは何かをより詳しく説明し,周辺の知識として知るべきことは何かを示したほうがよい。そのほうが,印刷会社/メディア関連の会社で働く人が,どんなことができて,どんな権限でどんな役割を果たせるのかを理解できるだろう。

テキストでは,ビジネスの手段としてのEC(電子商取引)や,資材調達と,それをとりまく環境などなどと書かれている。例えば,周辺の話題であるeガバメントのところで「なんで,今私はeガバメントを勉強しているのだろうか?」と思うとモチベーションがあがらない。

1.今までの印刷技術を使った今までどおりの印刷ビジネス
2.今までの印刷技術を使った新しいビジネス
3.新しい技術を使った新しいビジネス

を考えたときに,カリキュラムの各テーマがどこに関連付けされているのかがわかると,「この知識はあの分野と関連しているから知らないといけない」と思うようになるはずである。

JAGAT:何のための講座で,どのような知識体系であるのかという理解を先にしておいたほうがいいのだろう。

佐々木:それはわかるようにしたほうがよい。現在,政府は自治体の職員に対してRFP(Request For Proposal:提案依頼書)の教育に力を入れている。職員自身がRFPを作成できるようにするための教育プログラムも作られている。

よく,日本はユーザがRFPを作成できないのでIT分野で遅れをとったと言われる。それではRFPを書くためには何をし,どのような知識が必要なのか。情報部門の担当者は,組織をまたがっていろいろな人とコミュニケーションをとらなければいけない。例えば,企業や自治体の情報管理部門として,システムを調達するときにはベンダーと話す。アウトソーシングをするときはサービスの同意契約書を交わす。ユーザに対しても意見を聞く。関係するすべての人と話しをして,ベンダーに対してRFPを提出する。

実際にはユーザ部門の事業戦略を支援するために、その内容を理解するためのヒアリングや分析、検討結果を説明する能力が必要である。また,エンドユーザが利用してメリットがでているかどうか,評価しなければいけない。ITベンダーと話すためには,最新のテクノロジーに通じていなければいけない。例えば複数のベンダから提案を受ける場合、富士通やNEC、東芝等、ベンダ数分だけの標準化されていない複数の考え方を、自社のニーズと比較検討しなければならない。

RFPの教育プログラムでは,これらの仕事をきちんとこなすために,最初にシンキングプロセスを学ばせる。いろいろな人から,ばらばらに出される情報を整理して,きちんと分析できる能力を身につける。そして,いろいろな人と交渉するために,ヒアリング能力,まとめ,プレゼンテーションなどコミュニケーション能力を身に付ける。ベンダー側はシステムを売りたいため,ベンダー側の立場で話を進めることが多い。これに対して,あくまでもユーザの立場として言いたいことを伝えることができる,ということを身に付けなければいけない。RFPを書く技術やITのトレンドを教え,仕事ができるようになるまで,トータルで30日の教育プログラムとなっている。

何のために学んでいるのかを教えないと,「私は資材調達の担当ではないから,サプライチェーンマネージメントなんか覚えなくてもいい」ということになってしまう。特に,自分は印刷屋だからという人には,この分野のカリキュラムに対しては,意識が離れがちである。

これまではベルトコンベア型の業務や仕事が中心であった。例えば,ライターが記事を書き,編集者が編集して,印刷会社で印刷をするという一方向のフローの場合は,1つ分野の専門家がそれぞれの業務をこなせばすんでいた。経済が右肩上がりの時はこれでもよかったが,現在はそうではない。その場合企業は何をしたらよいか。内部のコストを下げて,品質を落とさないことである。そのために,一人の人がいろいろな業務をこなす。トヨタ自動車が何10年も前にやってきたことと同じことである。昔のベルトコンベアのモデルと違い,多能工的な人がいたほうがよいのである。

全体の仕事を理解しているとバランスの取れた仕事をする。1つのことしかできない人を多く抱えるより,いろいろなことが出来る人を少数名雇うほうが効率が良い。そういう人の給料を上げたとしても,生産性は向上し,全体のコストは下がる。わかっている人たちばかりで進めるから,プロジェクトの管理もしやすい。経営者に「そのようなエンジニアが必要ではないですか?」と尋ねると,「確かにそういうエンジニアのほうがいい」という解答が返ってくる。

私の担当するITの講座では,最初に必ず「この講習を受ければ,幅広い知識を持ち,質も効率も良い仕事をできるようなエンジニアになれる」と受講者に説明する。そうすると,優秀ではあるが,言われたことだけをすれば良いと思っていたプログラマたちが,そうではないほうが良いということがわかる。そうすると仕事の仕方が変わる。

この分野を勉強すると,どのようなエンジニアになれる。この仕事をするためには,このような分野がある,ということを繰り返し示すことが大切である。

JAGAT:メディア制作においては自分の仕事の周辺,つまり上下左右のつながりや情報を理解しなければいけない。そして将来のキャリアパスを考えていく。目標に制作ディレクターかプロデューサか,自分は一体どこまでがんばったら,どこまでいけるのか,というのを示し,そのステップとしてクロスメディア学習のカリキュラムがあるといいだろう。

佐々木:クロスメディアをある程度理解するためにも必要である。もちろんクロスメディアの概念自体は変わるものなので,人材モデルやキャリアパスを示すことは難しい。今でもクロスメディアという言葉に対していろいろな解釈がある。Webだという人もいるし,DTPのデータを再利用するという人もいる。このため,その中で活躍する人のモデルを示すとわかりやすいだろう。また,クロスメディアはその言葉のまま,「モノメディア/シングルメディアではなくて,いろんなデータがいろいろいろなメディアへ乗るということ」と定義してしまってはどうか。

JAGAT:単一メディアは客からも要求されていないし,それだけではビジネスは右肩下がりである。

佐々木:クロスメディアは印刷業界にとって新しい市場を創造することである。今まで続けてきた印刷の仕事の方法が変わり,新しいフィールドがでてくる。電子政府は何のためにカリキュラムのひとつなのかというと,市場の環境変化のひとつだから知識として必要なのである。そこで,クロスメディアのカリキュラムを考える時「技術,技術のトレンド,社会的背景,市場,顧客」という分類をもとに組み立ててはどうか。

出版社や制作会社のECや,中抜きによるコスト削減をどうしたらよいかなどを考えた場合,サプライチェーンやバリューチェーンの位置付けは大きい。今までのプロデューサ,デザイナがみんなで集まって一緒に仕事をしよう,という仕事の仕方から,ITネットワークによって一緒に仕事をしない非同期型の仕事になる(ただし,ある程度品質が保証されていることが条件である)。パブリッシングというサービスを分解することができれば,サプライチェーンマネージメントの位置付けも変わってくるだろう。このように今の環境変化を教えることはとても意味がある。

どのような教育プログラムでも,情報を単に羅列するだけではなく,その目的を明らかにしたほうが良い。JAGATがクロスメディアの教育プログラムを考える場合は,「単一メディアではなくクロスメディアという市場をおこす。そのためにどのような人が必要だ」ということを示していくべきではないか。

■■佐々木雅志氏 プロフィール■■
日本IBMでそのキャリアをスタートし,その後サイベース,オブジェクトデザインなどDBMSやJava等のオブジェクト指向関連技術や各種アプリケーションパッケージの市場開発,マーケティングに携わる。また,アドビシステムズではAcrobatの日本導入に大きく貢献する。現在は,IT業界を中心にマーケティング・コンサルティングを行う。 福岡県が中心となって2003年に設立したNPO(非営利団体)高度人材アカデミー(AIP)で事務局次長を務める。

2004/06/25 00:00:00


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