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印刷ビジョンの再構築

技術は国際的に平準化する

日本の印刷産業は国内需要の持ち直しに伴って若干上向きつつあるが、それでも内需を超えるような伸びは期待できず、基本的に物量的には横ばいが続く成熟した産業となった。印刷産業の内外で日々起こっている事柄も、1年という単位ではそれほど大きく変化しないものとなった。こういう印刷産業の環境の固定化そのものが、印刷業者に新たな課題を投げかけているともいえる。

印刷物出荷が物量としては確保できていることは、中小企業が多い他の軽工業のようには空洞化せず、東南アジアからの印刷物の輸入がそうは増えていないことでもある。これは人件費や土地建物に関しては日本は非常に高コストで、東南アジアとの競争力はないものの、高生産性の設備投資という点ではアジア各国をはるかに凌駕する新しい設備を持っているからである。アジア各国で高生産性の設備が開発されないだけではなく、資材においても東南アジア各国では良質のものが入手難であったり、かえって日本より高額である。

また働く人の教育という点でも高い生産性を追及しつづけてきた日本と東南アジア各国の雇用状態とは大きなギャップがあり、工場運営をトータルに見ると東南アジアは人件費などの安さを相殺してしまい、日本の印刷需要が海外に流出しないことにつながっている。しかし長期的にみれば、現在すでに中国における印刷設備の設備投資は日本のそれを上回るほどに成長し、他の東南アジアでも印刷産業の基盤となる教育や材料調達などが整ってくるであろうから、やはりいくらか印刷需要は海外に流出することになろう。

中国で海外との印刷関連ジョイントベンチャーも2000以上あるといわれ、日本の中小印刷業者でも多くの会社が中国関連のビジネスをするようになっている。またアジアの各国も、彼らにとっても新市場でもあり競合相手でもある中国の印刷産業の動向の方が日本のことよりも問題となっている。この日本、アジア諸国、中国の三巴の競争により、「作る側」の印刷技術は徐々に平準化していくであろう。

ただし、印刷需要家の印刷物に対する要望というのは、各国ごとに相当違ったものがあり、今後とも一律になるとは思えないが、マスメディア媒体としての印刷の技術については急速に差が縮まりつつある。

印刷経営は生産の集中管理へ

だから日本の印刷産業の成長は物量的には楽観的にみても現状維持だろうが、実は生産性が向上していくのに伴って印刷価格の低下も続いていくので、売上はそのままでは減っていくという構造になっている。そのために相対的に生産性向上という点で優れた企業に仕事が集中し、売上も生産性も下がるところは廃業とか併合されることが多くなり、印刷産業全体に企業数は減少の一途を辿っている。

工場の生産性を高めて経営するためには仕事量が確保されていないとならない。この両面から、従来は日本の各地で分散印刷をしていた大規模な仕事が、次第に統合的に処理されるような方向にある。それとあわせて企業の統合やM&Aが、大ロット印刷物やパッケージ類ではよくみられるようになった。

また一般の印刷においても刷りの下請け専門業者に仕事が集中する傾向がある。当然ながら安値でも仕事を集めれば工場の稼働率は上がり利益は出るはずだが、それだけであればどの印刷会社でも同じ条件のはずだ。しかしそこで利益が出るかどうかの分かれ目は、作業の標準化や機械の予防保全など、印刷機械の機能以外の部分である各印刷業のノウハウの蓄積によっている。機械の耐用年数が他社の倍であったなら、ずっとコストがさがるような理由である。

かつて需要が伸びつづけていた時代は、需要を追いかけるような形で、印刷機を買えば印刷業が出来る、という時代であったが、需要が減る中で利益を出さなければならなくなったので、1980年代まで膨張しつづけていた日本の印刷業者は、経営のレベルによってフルイにかけられるようになったことが、昨今の業者数の減少として表れている。

今後大ロット分野はFA化CIM化が深行し、小ロット分野でも集中的な運用管理力の競争状態になるだろう。いずれも設備自身の幾分の良し悪しではなく、経営の質の高いところが生き残るところになる。

ソフト化サービス化の仕切り直し

印刷産業の成熟化は先進国に共通した問題で、まだ社会インフラが整わない発展途上国では印刷産業はグングン伸びる業種である。日本の印刷産業が成熟化を迎えることは20年程前から予測されていたことで、それに向かって官庁の指導のものに構造改善事業が何度も行われてきた。また21世紀を前にして先進国各国で印刷の物量の限界を超える産業的な発展のビジョンについての調査研究が行われ、折から急速に進歩しつつあるデジタルメディアと連携した印刷産業のあり方が、21世紀の進むべき道筋として各国同時に提言されていた。

日本の印刷産業は、このデジタルネットワークよりも10年ほど先行して、80年代にはデザインから企画提案などの「ソフト」分野、80年代半ばの電子化・ニューメディア化への対応としての情報処理業務などの業務拡張を行ってきた。そういった実績で躍進した印刷会社があることは事実だが、しかし業界全体がこういったビジョンに乗って進んだとはいえない。印刷業の電子化・デジタル化は顧客よりも先行して投資したものではあるが、1990年代からのIT化で顧客側も急速にデジタル化し、それで印刷業のビジネスがさらに広がったとはいえない状況だからである。

印刷産業が早くから電子メディア・デジタルメディアに着目していたにもかかわらず、そのビジネスに載れなかったのは、3つほどの理由があると思う。第1は日本のバブルの崩壊、世界的なITバブルの崩壊というタイミングにあったことである。これはどこにも共通する要素であった。しかし印刷産業はこれにはそれほど影響を受けず、得意先が影響を受けてデジタルメディアに関する提案が通らなくなったと考えられる。

印刷産業もリストラを余儀なくされたが、折りしも印刷物制作の完全デジタル化により社内体制や印刷受発注の商習慣が変り、DTPで設備のダウンサイジングによって、縮小均衡によって利益を出せるようにと努力をした結果、大きく血を流すことなくソフトなリストラをし終えた会社が多い。マクロ的にいえばアナログな工程のベテランが減って、若いDTP周りの人に入れ替わった。設備のダウンサイジングとともに労務的にも軽くなったという、2重のメリットがあった。この期間はデジタルメディアへの投資が出来なかったことでもあり、インターネットビジネスへの参入の機会を逃している。これが第2の理由である。

第3の理由は、黎明期のデジタルメディアのビジネスは、既存の印刷の取引に比べて受注単価が余りにも低く、経営的に価値がないように思えることである。すでにカタログ印刷などを受注している印刷会社にとっては、カタログの更新に伴って対応するWEBサイトを作ることは義務付けられているといっても過言ではないほど、紙の仕事とWEBの仕事は連携してきた。100名規模の印刷会社にはデジタル何々というセクションがあるとか子会社化してデジタルメディアの専任スタッフを何人か抱えて仕事をしている例が多い。

それほどWEBなどの仕事は一般化したにも関わらず、印刷の派生という限定を取り払って考えると、今後この仕事が独立的にどのように進展していくか、自社は何を狙うのかという事業ビジョンを思いつかない印刷会社が多いのが現実である。

コンテンツ管理による大胆な改善へ

印刷業にとってはここ20年の間のDTP化CTP化というプリプレスの劇的変化が一段落し、今では技術的に落ち着いたように見えるが、ネットワーク化によるプリプレスの前後とのつながりの部分はこれから本格的に変化しようとしている。それは校正のやりとりのようなDTPのコラボレーション的なところにとどまらず、新たな別のビジネスの仕組みをもつ印刷の業態が登場しようとしている。その兆候はASP自動組版などであるが、さらにその先にはいろいろな展開がありえる。

電子化以来、印刷ビジネスに大きな変化を与えた技術を振り返ると、文字と画像を統合的に扱うページネーションから、ネットワークを経て、今はDAMやコンテンツ管理などが取り組まれ始め、さらにECへと向かっていく。ページネーションはDTPという姿で完成し、プリプレス作業の付加価値がドカンと下がる結果をもたらした。ネットワークは、社内のLAN 、オンライン入稿、リモートプルーフなど、作業方法の変化をもたらし、関連する人々のコラボレーションが改善されて印刷業には概ねプラスである。

DAMやコンテンツ管理はプラスにもマイナスにも成り得るものである。かつてのデータベースパブリッシングなどの自動組版の仕組みは、発注者側の生データを印刷会社が受け取って加工するという点では旧来の仕事の流れと同じであった。しかし一歩進んで、生データとともに印刷物の様式(見栄え)を制御する、あるいはそれに関する情報もまでも管理されてしまうと、印刷側は単に出力ファイルを受け取って印刷するだけになってしまう。 こういった仕組みを発注者側が整備するのか、印刷側が整備するのか、あるいは両者で協同して構築するのかと言う点は、結果的に同じ印刷物が仕上げられるとしても、ビジネス的な観点からするとメリットの享受の仕方は全く異なる。印刷物制作の合理化のためという技術論と平行してビジネスモデルの開発も考えていかなければならない。

このようなDAMやコンテンツ管理を印刷に結びつけるのが特異な例に留まるならば印刷業界に影響はないが、社内のドキュメント一元管理やWEBのためにDAMやコンテンツ管理は必然的に一般化していく。それは発注者の日常作業そのものに必要になるからである。現状ではWEB制作も印刷業に発注されているので、印刷業がクロスメディア対応としてDAMやコンテンツ管理の構築を手伝う余地は残されている。

しかし現時点ではこういうビジネスプロセスの変更を伴う業務改善提案は、印刷会社が行うよりも、発注者側が先行して考えるケースの方が多いかもしれない。方正/アスコンなどによる流通業向けのチラシやPOPのシステムも次第にそのような方向になった。それは印刷物作りのノウハウよりもプロセスの改善を考える方に比重があるからである。

印刷会社でそれを考えるところは、発注者がネットワーク経由で自分のパソコン上で印刷物の紙面をアレンジして、サーバで自動組版するaspによる印刷物制作サービスの名刺などを行っていて、このバリエーションが増えつつある。しかしこのような取り組みをする印刷会社はほんの一部である。

発注者にとっては従来と同じような印刷物が得られるにしても、提供する側は営業から工務からプリプレスまで無人化してしまったようなものとなり、ビジネスのプロセスも料金の立て方も全く異なったもので、従来の印刷経営の延長上では考え難いからであろう。

つまり利用者は便利な方に容易に切替ることはできるが、供給側は容易にはビジネスモデルや業態を変えられない。逆にいうと技術的には可能な合理的な方法があったとしても、経営の刷新ができないために自分のビジネスに取り込めないということが印刷会社の側に起こっている。バリューチェーンのように全体最適がいわれて久しいが、そのためには部門ごとの改善という視点を越えた、もっと大きな判断をしなければならない。

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2004/08/09 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会