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「読者」は増えているのか? 減っているのか?

JAGAT技術フォーラム主催のシンポジウム『10年後の「読者」像』を9月22日に開催した。第1部は永江朗氏と『季刊・本とコンピュータ』編集長の仲俣暁生氏によるもので、主に書店の変化を軸に、人々の本や雑誌への関わりを考えるものであった。第2部は、「はてな」の近藤淳也氏と「まぐまぐ」で有名な深水英一郎氏というインターネットメディアの作り手の話で始まり、人々が急速に受容していった様がよくわかった。その後「Hotwired Japan」編集長の江坂健氏からは、紙でできないWEBならではのグラフィックを含んだメディア作りを指向した話があり、また国際大学GLOCOM助教授で哲学者、批評家である東浩紀氏の話からは、今の疲弊した出版界を乗り越えてメディアを縦横に使おうとする若い書き手と読み手の姿がうかがえた。最後にウェブデザイナ松岡裕典氏が、情報を文章という形で定着させた書籍というものと、現実の時間の流れにシンクロして情報が書き加えられていくネットメディアの比較・整理をしてから、各氏入り乱れての大ディスカッション大会となった。それぞれの話のなかには、「当事者」としての面白い話がいっぱいあったが、それについてはまた別の機会にとりあげたい。

今回のシンポジウムで特徴的なことは、今日の出版ビジネスの立場の人を交えずに「読者」を考えたことである。それは今日の日本の出版ビジネスの枠組みである、編集者・出版社・取次ぎ・書店という典型的な仕組みが新たなコンテンツやマーケットを創出することは減っており、旧来の出版界の周辺から新たな動きが起こっているから、そちらに視点を移して考える機会とした。
従来型書店の減少が続く中で、時代に応じてさまざまなところから雑誌書籍販売を手がける小売業が増えてきた。書籍雑誌を購入する機会は確実に増え、さらにフリーペーパーなども含めると「活字離れ」はウソであり、しかも「本屋は儲からない」もウソである。取次ぎに棚を提供しているにすぎないビジネスモデルが問題なのであることは、自立して経営している書店には伸びがあることから明らかだ。永江氏は再販制度も書店の側から崩れる可能性を示唆した。

著者も出版社に育てられるとか、世話になる中で世に出してもらえるという、登竜門としての出版社をバイパスして世に出ることが、サブカルチャー・ポップカルチャーの分野では起こっていて、これも旧来の出版流通とはずれたチャネルで読者に届くものがあり、その読者像は旧来の出版ビジネスの常識では見えないものである。東氏は、若い編集者が情報収集力をなくしつつあり、WEBを情報源にしていると指摘した。つまりWEBで著者と読者が接点をもつことが出てきたのに、そのインタラクションを出版界は外から眺めていて、そのダイナミズムには身を置いていないことになる。松岡氏が説明したように、書籍とはアーカイブのようなものだという見方は出版には多い。それなら割り切ってビジネスをすればよいが、経営的には巷の喧騒にも未練があるということだろう。

以上を総合すると、著者も読者も小売もすでにクロスメディア的に渾然一体となって動き出しているにも関わらず、それらの曖昧模糊とした部分を殺ぎ落としてビジネスを考えようというのが旧来の出版界であろう。出版に関わるものが、自分達が過去に想定していた「読者」が減ったように思うとすると、その額縁が問題なのである。WEBやメールの定着と、電子出版の膠着、という対照もその現われである。電子出版でビジネスをするには技術のバリアがあるという見方は、今は技術は進歩が小休止状態という解釈であるが、それはそういう分野しか見ていないからそう思うのである。

日本のパソコンの代名詞であったNECのPC9801が登場したのが今から22年前の1982年。そして任天堂のファミコンが1983年、携帯電話もレンタル形式で1987年には登場している。パソコンの日常化と共に生まれ育った最初の世代が既に成人しており、あと10年で30代になり、生活者としても消費の大きな担い手となり、ビジネスの中で中核になってくるのである。 今日すでに上記のように新たなデジタルメディア時代のリテラシーが見え隠れしている。小さいときから昆虫マニアであり今は大教授という人が居るように、今日ではゲーム、フィギュア、アニメ、などサブカルチャー、ポップカルチャーに少年時代にはまったまま、成人後は立派な社会活動としている人も多くいる。教養とポップカルチャーとメディアの違いなどは対立するものではない。音楽なども同じで、「教養人の音楽」、というジャンルを作ろうとしても、そんな捉え方はできない。

デジタルメディアはビッグなビジネスにならないから手がけないといいつつ、「読者はどこにいる、どんな読者がいる」と探し回るのは「青い鳥」に似ている。出版はまずコンテンツありきで、固定的なコンテンツを基に仮想読者像を想定してビジネスを始める場合が多いが、そこでは対立するような要素もリアルな人の中では共存している。この微妙なバランスをつかんで経営に活かしている例が、旧来の出版の周辺でのビジネスの成功者である。ITで変化したメディアの現実をベースに、またネット社会では接点を持つことができるようになったリアルな人をベースに考えることを身に付けなければならないだろう。

2004/09/28 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会