【コラム】鬼滅の刃はなぜ売れたのか

掲載日:2020年12月14日

『鬼滅の刃』が大ヒット中である。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は興行収入歴代一位に迫り、最終23巻の初版は395万部、全巻の累計発行部数も1億2000万部。コロナにあえぐ社会の中で、「日本経済の柱」という呼ばれ方も目にするようになってきた。

ちなみにこれは、作中で主人公の所属する組織において最高位の剣士が〇柱と呼ばれていることに由来する表現だが、あながち冗談とも言えないほど、このブームはコロナ禍での数少ない明るい話題となっている。

では、なぜこれほど売れているのだろうか。『鬼滅の刃』は印刷業界にとっても頻出の話題であり、今後も様々な展開が予想されるため、ビジネスに繋がる可能性もある。少し整理してみよう。無限に語り口はあるが、本稿では簡単に次の三つの要素を紹介したい。

1:作品のクオリティ

2:アニメーションによる演出の補完

3:アニメからマンガへの導線

1:作品のクオリティ

結論である。『鬼滅の刃』は面白い。まずはその前提から始めなければならない。今時珍しく、眩しいほどに真っすぐで優しい主人公、竈門炭治郎。一人一人丁寧に描かれたキャラクター。最後まで一貫性を保ち、綺麗に完結したストーリー。これで売れない訳がない、というくらいには、鬼滅の刃は面白い。しかし、一方で歴史に残るような大ヒットになるためには、作品の魅力だけでは難しいのも事実である。文句なしに面白い、ということを前提として、それ以外の要素を考えてみよう。

2:アニメーションによる演出の補完

TVアニメの放送前、『鬼滅の刃』の発行部数がどの程度だったかご存じだろうか? 答えは、350万部である。当時から評価こそ高かったものの、部数的には決して目立ったものではなかった。しかし、2019年4月にアニメ第一話が放送され、半年後のアニメ終了時には1200万部にまで増加していた。結果から見れば、鬼滅の刃はアニメ化によって売り上げを伸ばした作品と言えるだろう。

しかし、アニメ化された作品は無数に存在する。なぜ、鬼滅の刃はアニメ化で爆発的にヒットしたのだろうか。これも、アニメの制作会社であるユーフォーテーブルのクオリティが素晴らしかった。と、言ってしまえばそれまでではあるのだが、一つ言えるのが、この作品が映像化によって伸びるポテンシャルを持って行ったという点である。

誤解を招かずに伝えるのが難しいのだが、作者の吾峠呼世晴氏は典型的な「描きたいことに画力(表現力)が追いついていない作家」である。マンガを読んでみると、すごくいいシーンなのにさらっと終わってしまっていることがよくある。

例えば、アニメ19話には、主人公が新たな力に目覚めるシーンがある。アニメでは神回と呼ばれ、壮麗な音楽や声優陣の熱演で、そのクールを象徴するようなシーンになっているのだが、マンガでは比較的あっさり終わってしまう場面である。実際、アニメを先に見たあと、原作を読んで驚いたという声はよく聞かれた。改めて考えると、兄妹の絆が発揮され、主人公の家系が継承してきた宿命も垣間見える、非常に「エモい」シーンであるのだが、マンガではそれを十全には伝えられていないように思える。そんなシーンがとにかく多い。

『鬼滅の刃』は歴史的なヒット作ということもあり、解説的な記事も充実している。そういった批評家やコラムニストの言葉で、吾峠氏の設定の妙や、テーマ性に気づかされることも多い。ただそれは、マンガだけでは大勢には届かなかったのではないだろうか。

ユーフォ―テーブルのアニメ版では練りこまれた演出で、良いシーンが力を込めて描かれている。それによって、元々あった原作の魅力が明確になっている。その意味で、鬼滅の刃は(ハイクオリティな)アニメ化による伸び代が多かったのだと言えるだろう。

3:アニメからマンガへの導線

『鬼滅の刃』は「少年ジャンプ」で連載されている。「ジャンプ」は他の追随を許さないマンガ雑誌ではあるが、アニメ化、メディアミックスについては十分に活用できているとは言えなかった。

通常、一週間に30分のアニメと19ページマンガでは、アニメの方がストーリーの進行が早い。最初は問題なくとも、徐々に原作に追いつくにつれて、ペースを合わせるため無理な引き延ばしや原作にない追加エピソードなどが挿入されることが多かった。これがあまりうまくいっているとは言えず、マンガの人気とは別にアニメの人気は萎んでいくというのがよく見るジャンプアニメのパターンだった。

しかし、近年ではジャンプのアニメでも、3カ月や半年といった期間で放送を区切ることが増えている。無理な引き延ばしも必要なく、アニメの制作会社にとっても慣れた形式のため、クオリティのコントロールがしやすい。これにより、ジャンプのアニメの質は飛躍的に安定した。『鬼滅の刃』のアニメは、そんな「ジャンプ」のメディアミックス戦略の転換が一段落し、軌道にのった時期に始まっている。

では、『鬼滅の刃』のメディアミックスは何が革新的だったのか。それは、アニメと原作の盛り上がりがシームレスに繋がったことにある。アニメは作品の知名度を飛躍的に向上させる。しかし、一方でアニメの1クール目が流行のピークになりやすく、原作が続いていても旬が過ぎた作品に見られてしまうことが少なくない。デメリットも存在するのだ。

そんな中、『鬼滅の刃』は偶然か戦略かはわからないが、ブームをピークアウトさせず持続させることに成功した。アニメの放送開始は2019年4月であるが、それとほぼ同時にマンガで本作の宿敵である鬼舞辻無惨との最終決戦が始まったのである。物語の内容的に、この戦いの終了と同時に、完結であることは予想されていた。そうなれば、アニメのファンや完結したら読もうと思っていた層も注目する導線が出来上がる。アニメの終了時の9月には巻を追うごとに戦いは激しくなり、単行本が発売される度にニュースになる状況となっていた。

『鬼滅の刃』はアニメ放送前は累計350万部だったが、アニメ放送終了時に1200万部。そこから、2020年1月に2500万部まで伸ばしている。その後、5月に連載完結。10月に『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公開。12月に単行本完結と話題を提供し続けた。

これに拍車をかけたのが今回のコロナ禍である。緊急事態宣言により書店が休業したこと、小中高が一斉休校となり口コミのような情報交換が行われなかったこと、新作の制作が滞り供給が少なかったことなどにより、次のブームが生まれず『鬼滅の刃』のブームが固定化されていた。また、映画についても「無限列車編」は海外の大作映画が軒並み公開を延期して対抗馬がおらず、かつ日本では感染の小康状態が続き、解禁ムードとなっていた時期に公開されている。

様々な条件が重なったことで発行部数は5月に6000万部、10月に1億部。12月に1億2000万部と目玉が飛び出る勢いで部数を伸ばしていったのである。

おわりに:

『鬼滅の刃』は様々な面で日本のマンガ史、あるいはエンタメ史に残るエポックメイキングな作品となっている。その一つとして、週刊少年マンガにおけるメディアミックスの勝利の方程式を解いてしまった作品とも言えるのではないだろうか。この「鬼滅モデル」とも言える流れを模倣するような作品が今後出てくるのかは注目したいところである。

『鬼滅の刃』の大ヒットは、消費者のメディアとの接点が多様化した現代において、巨大なブームを生むためには、一つのメディアだけではなく、様々なメディアがそれぞれの強みを活かし、高度に連動することが必要なことを改めて伝えている。

(JAGAT 研究調査部 松永寛和)