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もう一度学び直す!! マスター郡司のカラーマネジメントの極意[7]
前回はICCプロファイルのことだったので少し難しく感じた方もおいでだったはずだ。しかし、プロとして色ビジネスをやっていくためには絶対に避けて通れない道なのでがんばっていただきたい。そのプロファイルの中でも、まず第1に理解しておかねばならないのが「色域」「色度図」だ。カラーマネジメントを基本から解説したハウツーものには、とかく「理論的なものは後回しでいいから、オペレーションから理解していくようにしましょう」と書かれたものが多いと思うが、ビジネスという側面からは理論的なものが分かっていないとクライアント指名の仕事が来ることは「まずない」と心得ておくべきものである。ということで今回はトピックを混ぜながら、とっても堅い話をしたいと思う。
われわれは周りの風景を当たり前のように見ている。今日は晴れて空が青いとか、夏が近づいて新緑が増したとか、真っ白なシャツは気持ちがいいとか、たくさんの色を見分けて生活している。このように色が見えるのは、空に燦燦(さんさん)と輝く太陽や夜に明るさを与えてくれる星や外灯や室内灯といった「光」、眼の「色を見る仕組み」、大脳の「色として解釈する仕組み」があるお陰だ。
光源から発せられた光が物体に当たり、光の一部が物を透過したり、反射したりして眼に入る。眼は数億の細胞が光を受けて色の情報に直し、その情報を大脳に運び、再び大脳の細胞が処理し解釈(補正)しているのである。目に入る光は赤い波長域の光が多かったり青い波長域が少なかったりするわけで、それを分光スペクトルと呼んでいる。光を情報に変えるセンサが錐体(すいたい)であり、われわれ人間には、その錐体が3種類あり、RGB色に感じるということで3原色説が成り立っているのだが、実際には図1のようにGとR錐体の感色性にはほとんど差がなくBGG'の3種類と言ったほうが正確なくらいなのである。
だから本家本元のCIEでは、現在はRGB錐体などという言葉は口が腐っても言わない。S錐体値(短波長、いわゆるBです)、M錐体値(中波長、Gでしょう)、L錐体値(長波長、ピークはG域だが、長波長域のすそ野が長いのでRということになっている)と言っているわけで、このへんがなかなか悩ましい。地動説の次くらいに常識化している3原色を覆すつもりなどサラサラないのだが、この事実を現実に照らしてみると、今まで不思議だった色の話が随分分かってくる。例えば、M錐体値とL錐体値が重なっているのがYellow領域ということが分かると、RGB+Yの4原色説や赤に対する心理的な要素も納得させられる。要するにY色って非常に特殊な色なのだ。赤も特別だ。同じ東洋人でも中国人の紅、日本人のキンアカという具合に共有が難しい。CIEの定めているR光というのは700nmなのだが、ここにもかなり無理があることがL錐体とM錐体の感色性を見ればよく分る。
分光スペクトルは光の種類や照度、物を取り囲む原子の量や種類、物体の表面特性によって結果が異なるし、錐体(センサ)は動物すべてが同じ性能というわけではない。人間と犬では、分光スペクトルが同じであったとしてもセンサが同じではないし、人間同士でも人種によってメラニン色素の量の違いで瞳の色が異なり、さらに個人個人の生活環境や風土、教育、言語など、あらゆる面で色の「知覚」は異なっているのである。
しかし、もっと正確に表現すると錐体の中に含まれている色素(フィルムなら増感色素に当たる)に個体差があるわけではなく、瞳の色とLMS錐体の分布によるのである。LMSの個数の割合と分布形状で見え方の差ができるということになる。さらに視力や生まれ持った機能差によっても見え方は異なる。ところが人間の脳は、これらの違いを補正する機能が備わっているため、完全な視覚がなくとも生活可能であるし、色についてほかの人とコミュニケーションを取ることが可能になるのである。このへんが個性ある人間をたった一人に集約して、近似してしまうCIE的な考え方の後ろ盾にもなっている。要するに色の基準を決めている国際照明委員会CIEは、たった一人の標準的な人間を決めて、色を定義しようとしている団体なのだ(個人差というものは大したものではない。それより人間が持つ色覚特性のほうが重要だという考え方に立脚している)。
例えば、バナナが黄色く見える現象をCIE的に説明してみよう。可視光域である380nmから780nmの波長を均等に含んでいるのが理想的な光源と言われている。このような理想的な白色光がバナナに当たると、380nmから500nmくらいまでの青い光をバナナが吸収し500nmから780nmくらいまでの緑と赤の光を反射する。この選択反射された光、つまりこのような分光スペクトル特性を持った光を感じて、LMSの3種類の錐体がそれぞれの刺激量の信号を出すというのが「色を感じる」という物理的な理屈だが、バナナの場合はM錐体とL錐体の刺激量が多くてS錐体は少ないということになる。そして、最終的にはそのLMS信号を大脳が判別して黄色とジャッジを下すわけだ。前述しているとおり個体差、個人差というものも存在するのだが、CIEはこれを大胆に丸めてしまっている。「CIE的というのは人間という生物のLMS錐体の感色性を決めてやる」ということでもあるのだ。このように日本人も中国人もドイツ人も同じ特性を持っているものとして成り立っているのがCIE的な考え方で、良いも悪いもこの点に集約されてくる。
大事な話に移る。色というものは前述したように分光スペクトルによって決まってくるものである。分光スペクトルが同じなら同じ色ということである。しかし、分光スペクトルが異なっていてもLMS錐体に対しての刺激量が同じならCIE的には同じ色と考えるのだ。485nmの光が少なくても489nmの光で補ってやって、M錐体の総刺激量が同じならM錐体は同じ色と感じるわけである。これは環境光によってもしばしば起こる現象で、もし環境光が赤い光だったら、赤い色と白い色の区別は付かなくなる。これを条件等色、メタメリズムというのだが、このようなことは日常茶飯事で経験しているものと思う。話は違うが味覚もいくつかの味覚センサで味を判別しているという(色覚の分光スペクトルに当たるものを食譜と呼んで、これが同じなら同じ味に感じてしまう)。「キュウリに蜂蜜を掛けて食べるとメロンの味になる」というのは有名な話だ。ちょっとゲテモノだが「プリンに醤油を掛けるとウニの味になる」というのは試したことはないが、「そうなのかなぁ?」とは想像の範囲内ではある。もっと変なのは「たくあんをホットミルクで食べるとコーンスープの味」がする。これこそ味覚のメタメリズムであり、雰囲気はお分かりいただけると思う。
要するに、わわわれが普段扱っているRGBやCMYKはこのような特性を持っているものなのである。それが分っていると対処しやすいし、それを分かった上で色の大事な分布である色度図など扱っていただきたい。もう1回、本来「色とは分光スペクトル」で決まるものなのだが、世の中RGB3原色で動いているのでこの理論でベストのワークフローやノウハウを考えなくては日々の仕事ができないと肝に銘じておこう。
CIEの理論的な部分を簡単に説明しておく。CIE的、つまりただ一人の色覚特性をどうやって決めるかと言うと、それは実験によって決めているのだ。
このようにビジュアルで考える習慣を付ければ、冒頭に述べた先進的なクライアントとも意思の疎通ができるはずである。4色でも大きな再現色域を持っているのだから、6色、7色の広色域インキの再現色域はかなり大きい。だから正直な話、Adobe RGBでも不足なのだ。現在JAGATではPAGE2008に向けて、株式会社NTTデータと電塾の協力を得て、6分光画像から理想的な広色域印刷用画像を作ることにトライしている。図6は6分光の一例だが色域もAdobeRGBにこだわらずにまとめている。ヒストグラムのように色域で分布させたものだが、図7のAdobeRGBと図6の6分光の差はよく分ると思う。これくらいの画像でないと最近の広色域印刷の実力チェックはできない。2、3年前に「sRGB画像で4色印刷と6色のHexaChromeで差が付かない」と騒いでいたのを思い出すが、本当にチェックできる画像を使用してチェックしてみたいと考えている。
(プリンターズサークル・2008年1月)