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もう一度学び直す!! マスター郡司のカラーマネジメントの極意[11]
前回、前々回とPAGE2008で開催されたコンファレンス「D4広色域印刷の品質を追求する―分光画像原稿で比較する―」を題材に説明してきたが、今回はディスプレイの話に触れていきたい。今でも「俺はモニタの色など信じない。必ず数値で確認するようにしている」と……事あるごとにおっしゃられる方も少なくないが、難しいことは抜きにしてRGBワークフローやカラーマネジメントの成否を握っているのはモニタ品質であることは間違いがない。もし設備にお金を使うのだったら、何をさて置いてもまずはモニタに使うべきであり、パソコンに使うお金と同額くらい投資しても、必ず元が取れるのでぜひ実行していただきたい。
CMYKの場合はCMYK網%のバランスで色や調子を想像できなくもないが、RGBの場合に想像できると断言できる人間がいたとしたら、その人の「できる」という言動には少々疑問符を付けざるを得ない。この連載で何度も言っているようにRGBの数値というものは単なる数値であって、それ以上でも以下でもないからだ。RGBではその色域を決めない限りは、絶対値としての色指標があいまいなのである。最低sRGBやAdobe RGBといった標準色空間に対してRGB値を云々(うんぬん)しないと単なる目安でしかなくなってしまう。例えば、今回の「D4広色域印刷の品質を追求する」のような広色域印刷の場合などは、RGBに関したトラブルのオンパレードになってしまうのだ。「sRGB画像の彩度が足りないので、Adobe RGBのICCプロファイルを指定したところ、ちょうど良いあんばいの彩度が得られたので、広色域印刷にはsRGB画像を使用するようにしている」などということを真顔で説明されるのを聞くと、頭が痛くなってしまう。
図1のsRGBから図2のAdobe RGBを見ていただければ分かるようにICCプロファイルの付け替え(=指定)はRGB値を変えずにRGB値の範囲を変えるものだから、sRGBからAdobe RGBに指定し直せばその色の彩度は自動的に上がる。しかし、sRGBとAdobe RGBは相似形ではないので色相はズレるし、その中心である無彩色もズレてくる(無彩色が絶対値として決まっているLabではないので)。もし色温度の異なっている色空間だったら、グレーそのものからおかしくなってしまうだろう。とにかく、ICCプロファイルは色をマッチングするために存在するのであって彩度コントロールのためにあるものでないことだけは肝に銘じておいていただきたい。また8ビットのRGB値はそのままなので、ICCプロファイルをsRGBからAdobe RGBに付け替えた場合は、縮帯と言われる帯域圧縮(=階調が粗くなること)という品質的にマイナスの現象が起こることも忘れないでほしい。縮帯というのは円高と一緒に考えるのが分かりやすい。円高とはドルに対しての円のレートが下がることが円の価値が高くなるということ、つまり切り上げということを意味しているのと関係付ければ理解しやすいはずだ。
この連載で口を酸っぱくして言っていることだが、色の絶対値は合っていても全体の調子、階調性が損なわれたら全く意味のないものになってしまう。確かにAdobe RGBのG頂点に位置する色の彩度は上がるだろうが、途中の色の調子再現は粗くこそなれ、つながりが良くなることはない。これではプロの色再現とは言えないだろう。このようなことが広色域印刷では日常茶飯事で行われているのだ。分りやすく結論から言えば、広色域印刷するならそれに見合っただけの画像を使わないと意味がないということだ。sRGBで入稿などは言語道断、Adobe RGBが必須だ。しかし、カメラによってはAdobe RGBと言ってもその色域にはデータを吐き出すのだが、実際の撮影データは小さいものも多い。カメラによって色再現性は大きく異なるので、なるべく広い再現域を持ったカメラを使用するようにしたい。図3、4は同じ色相環を同じ条件で撮影したものだが、そのまま撮影しただけでも図3のようにストレートに伸びた測色的なデジカメ、図4のような暖色系が入り組んだ色造りを意図的にしてあるデジカメなどがある。図4では、色をいじっている割には再現域がそれほど大きくないのが分ると思う。
しかし普通に撮影しているだけだと、標準的な色空間のAdobe RGBに吐き出したり、どうしても色が足りない時には色域のかなり大きなPro Photo RGBに出すしかないが、広色域印刷を対象にした場合はPro Photoでは正直大き過ぎるのだが、Adobe RGBに後少し足した色空間がどうしても欲しくなる。シアン系と赤を後ホンノちょっとで広色域印刷の持っている能力を発揮できるのになぁということが少なくない。「D4広色域印刷の品質を追求する」ではNTTデータの開発した分光システムから、モニタRGBに落とすことができるので、SAMSUNG製LEDバックライトモニタのRGB空間を便利に使用していた。広色域という点では3色LEDバックライトというのは特筆すべきアドバンテージを持っている。
モニタRGB空間の特殊な使い方とも言えるものだが、実は「D4広色域印刷の品質を追求する ―分光画像原稿で比較する―」では、Labデータによる印刷画像入稿にトライしたのだ。NTTデータがXYZ値の出力機能を有していたため、16ビットのLab画像に変換する治具ソフトを製作し、広色域印刷関係各社に入稿したという具合だ。変に紙を指定したりすると変な方向での品評会になってしまうと思ったので、「どんな紙、どんな印刷方法でも結構ですからLabを忠実再現してください」ということだけをお願いしたのだが、ベタ濃度は?紙は?などたくさんの質問をいただいた。揚げ句には刷り基準が決まっていないのは、準備不足だなどというおしかりまでいただいてしまったが、読者の方はLab入稿の意味合いということだけはしっかり理解しておいていただきたいのである。「好ましい色、品質」という議論は残るが、「Labで入稿し、そのとおりに印刷してください」というのは、科学的には正しいことなのである。図6はモニタのLab画像と見比べているところである。また、Labで入稿しているから印刷結果を科学的に検証できるのである。例ではあるが図7、8を掲載しておく。インキを盛り過ぎ、などの印刷傾向も一目りょう然分ってしまうものだ。
モニタの話から始めるといっておきながら寄り道が長かったが、モニタの話をまとめてみたい。液晶モニタの駆動方式には下記の3種類がある。
・TN(Twisted Nematic)方式
・VA(Virtical
Alignment)方式
・IPS(In-Place-Switching)方式
技術的な話は次回か次々回に譲るとして(今回も白黒なのでカラーの時にやりたい…)ひと言で何が違うかと言えば価格である。
TN方式→VA方式→IPS方式
という順番に高くなっていくのだが、NANAOのフラッグシップであるCG221などはIPS方式を使っている。そして、値段が高くなればそれだけ良いモニタということも言える。特に視野角などはIPS方式のほうがかなり有利だ。反面2番手のVA方式が高品質テレビの普及とともに急速にIPS方式との差を詰めているのも事実である。動画特性(コントラストや反応速度)は逆にVA方式のほうが優れていることが多い。VA方式はSAMSUNGのお家芸でもあり、第1世代のXL20に比べてXL20
PLUSやXL24、XL30は視野角、色域、ムラ、どれを取っても見違えるほど改良(カイゼン)されている。日本ではSAMSUNGのブランド力が低いが、欧米や中国では正直な話、SONYあたりと対等もしくはそれ以上のイメージで迎えられている。このへんは主観が入るのでコメントは避けるが、技術的な総合力では半導体ではintelを抜かせば世界一であり、液晶では押しも押されもしないNo.1である。
この総合力というSAMSUNGならではの長所で作り上げたのがLEDバックライト液晶ディスプレイであり、素子そのものの性能アップを第1に考え、次に温度コントロールなどのソリューションを施して広色域を実現している。その中心になった技術者がChoi Chris氏であり、ソウル大学出の秀才である。日本人は「なぜ?」を話してくれると納得するからと、SAMSUNGがLEDにこだわり続けるところなどを無理にお願いして、コンファレンスでは普段は話せないことまでいろいろと解説してもらった(図9)。
彼はSAMSUNGの中核事業所である水原(スウォン、世界遺産の水原城で有名)で広色域モニタ開発の指揮を執っているのだが、Choi氏いわく「このままの路線でSAMSUNGが成功を続けられるとは思っていない。そのためにだれにもマネのできない広色域モニタを開発するのだ」というひたむきさには正直頭が下がる。彼との歓談している写真を掲載したが、技術者との話は実に楽しい。本当に充実したひと時にカムサムニダである。このイメージからSAMSUNG、韓国製品に対しての偏見が消え、日本企業への警鐘、自分たちへの自戒につなげていただければと思っている。大きなお世話だがひと言付け加えておく。彼の世代は日本で言えば団塊から団塊ジュニア世代を足したイメージだが、ものすごい速度で社会も教育環境も進んでしまったので何もかも混とんとしているのだが、Choi氏のようなインテリは冷静に世界を見ている。彼も親の都合で若いころにアメリカ生活を経験しているし、欧米、特に欧州をマーケット的な見地から正確に分析している。また韓国の対日感情も含めて経済的には「韓流オバサンの果たした効果」は大きかったハズだし、ヨン様やチェジュウ効果もプラス思考で分析べきであるというのは大真面目な意見なのである。中国という大物に隠れてしまいがちだが、日本が身の丈に合った成長を遂げるとするなら、SAMSUNGから学ぶことも多いと思うのである。
(プリンターズサークル・2008年5月)