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オブジェクトテクノロジー研究所
鎌田 博樹 氏
EPUB3で大きく変わるところは、グローバルな意味で大きい。もちろん、日本からすると、EPUB3がグローバルな言語環境に対応するようになったので、日本はEPUB3からそちらの世界に入れることになったが、世界的に見てもEPUB3は非常に大きなパラダイムだと思う。
Webのほうから見ると、EPUB3はHTML5になる。そのHTML5が、2010年あたりから大きく市場を動かす存在になってきた。2011年は、そういう意味ではHTML5のパラダイムに入ったが、今のところ何が起きたか先行しているのはアメリカとイギリスの市場圏である。
2010年では1割に届くかという程度だったのものが、2011年末には多くの出版社でデジタル比率が30%に達しようとしている。平均的にも多分25%より上は行っているはずである。
ということで、多くの出版社が、あるいは出版ビジネス全体が、デジタルを主とし、印刷を補助的なものとする仕組みに転換を始めている。そういう現実を見ながら、その他の国の市場も立ち上がり始めている。まだ全然小さいが、それでもインターネットと同じパラダイムなので、これが広がるのは非常に早い。
電子書籍市場は、2010年を電子書籍元年とすれば2011年は2年だったはずだが、2011年も離陸しなかった。相変わらず日本は市場が600億円という数字が出ているが、それは言ってみれば1980年代にあった自販機本のような特別な流通で、普通ではなかなか見られない特別なルートでのものだったのだろう。10年、20年たつと、そういう位置付けになる。つまり、日本ではまだ本格的な市場は立ち上がっていない。
世界的に見てもっと大きな動きは、アップルが2011年の夏にアプリ内の決済、IAP、In App Purchasesとい
うものに関するルールを改定して、iOSアプリを使って決済するものは全て30%落とせというようなルールを付けてきた。
アップルは結局iOSに対する利用税のような形でお金を徴収しようとしたが、そこからHTML5への脱出が始まった。HTML5は、ハードウェアへ依存することなくアプリとしての機能が果たせるはずである。そのためGoogleやアマゾンなど大手はHTML5に乗り換え、iOSに依存しないアプリで購入とか閲覧ができる環境を作った。
さらに、Financial TimesがやはりIAPから離脱すると発表して、2ヵ月くらいでできてしまった。実際はFinancial Timesが直接やったわけではなくイギリスの会社だが、それができてしまった。最近、数字が出ているが、非常に転換がうまくいった。
iOSを使って30%払うというのは、よほどiOSに依存していなければ意味がないことだと思う。そういう意味で、OSに依存しないでコンテンツマーケットが成立した点では、かなり画期的なことである。
3つ目の事件として、アマゾンがKindle Fireというタブレットを出した。今までMobiというEPUB2とほぼパラレルな技術があって、それをアマゾンは5年ほど前に買ってずっと使っていたが、Kindleフォーマット8から、MobiからHTML5+CSS3に乗り換えることを発表した。
HTML5+CSS3は、大体EPUB3とオーバーラップする。完全には重ならないし、EPUB3のほうが優れている部分もあれば、多分Kindleフォーマットはいろいろ隠れたタグなど使い方があるはずで、それは出版社には見えない部分でのものがあるが、アマゾンがHTML5のパラダイムに移行したということである。したがって、これからのマーケットは基本的にHTML5で動いていくと言っていい。(図1)
▲図1
EBook2フォーラムにWebの出版環境について書いたが、Web自体が出版の環境になる。これは出版のプロセスがWeb内で完結するという意味である。出版のプロセスは、どうしても本を作るほうを主体に考えてしまうが、本が本として実現されるのは流通のほうである。その流通がWebの中で完結する、つまりWebの中で読む、Webの中で購入する形ができたのが、非常に大きいと思う。
今まで、Kindleなどは一見してコマースの環境にしか見えないが、そのコマース自体がやはりWebの中に成立しているとことが大きい。本に関しては、本のコンテンツがWeb化されるのはかなり時間がかかり、音楽や動画よりもむしろ遅かった。
それはWebの表現力、特に非常に構造的な情報を表現する上での能力と、2000年くらい慣れ親しんだ本という形とはなかなか馴染まなかったためである。それが2007年にKindleが出てきて、2008年で大体できることがわかって、それが成長し、EPUB3というHTML5のパラダイムを持った技術標準が出てきた。
Webは今までオンラインだけだと思われていたが、オフラインのコンテンツが成立する、しかも、オンとオフは自在に切り替えられるのは、かなり大きな意味がある。私はそのことが、出版のビッグバンという、当初は何でもありの状態が生まれると考えている。
というのは、この新しいWebの出版環境は完全に読者=ユーザ主導であり、誰がどういうものを読みたいかということから成立している。したがって、マーケティングの勝負になる。マーケティングは、読者を発見するだけではなく、読者を作ったりするが、そちらが非常に重要になる。
それから、デジタルコンテンツ市場、今まで音楽や、文字中心のものと動画・音声中心のものと、それぞれ別々にあって相互に関連を持っていたが、それが市場として統合されていく。その表現がiPadでありKindle Fireのようなものだ。そういう時代に入ってくる。
それから、複合的な形のメディア、トランスメディアや、昔から技術としてはあったハイパードキュメントの商品化が始まる。その結果、コンテンツという形が、今までの200ページ、300ページの本という形とは離れたコンテンツが、爆発的に増加していく。
2011年一番注目されたのは、ショートコンテンツが大量に出てきて、欧米で大手出版社も始めたし、新聞社や雑誌社も始めている。これは大体20~30ページから70ページくらいまでの、出版流通から言うと中途半端な長さのもの、まとめないと本にならない、棚に立てても立たないサイズのものが、かなり、値段が安いこともあって、売れるようになった。
しかも、ただ売れるのではなく、継続的に売れていくことで、例えば恋愛小説やショートミステリー、ショートSFなど、作家にとって今まで雑誌にはなかなか載せてもらえなくて、載るまで待たなければならなくて日々の暮らしも苦しかったのが、ショートコンテンツが非常に良い、安定した生活収入源になりうるようになってきた。
そこから逆に、今まで特に実用書や技術書のような、大冊あるいは1つの体系としてあったような、全何巻、1冊400~500ページというものを、どんどんばらして分解して売るようなツールも出てきている。全8章とか10章から成る実用書を入れると、章ごとに全部ばらして、表紙まで付けて、EPUBのフォーマットで出力してくれるサービスもあらわれている。
したがって、多分、これからISBNが非常に大変になってきて、抜本的に変えないといけないことになる。コンテンツが本当に爆発的に増加していく。
アメリカの大手出版社だが、印刷や製本は1つのサービスとして別個に考える方向に行っている。つまり、在庫をなくして、基本的には在庫を持たない。ベストセラー本のように、数百万部、ときには1,000万部を超えるくらいの本には印刷物は非常に有利だが、そうでない場合には非常にリスクが大きくなるので、電子的な形で在庫管理する。
その在庫管理するサービスは、アメリカで言うとダネリーのような印刷大手が出版社の在庫管理とオンデマンド印刷、少部数印刷を一切引き受ける場合もあれば、イングラムという日本ではトーハン、日販にあたる取次会社が、版を引き受けて、印刷サービスとロジスティックスも付けてサービスするという形がある。
このように、印刷・製本はかなりサービス化していく方向である。これは、コンテンツが爆発的に増加するということと多分並行して、オンデマンド印刷が伸びることは間違いない。(図2)
▲図2
先ほど、「E-Book」が実質的にWebコンテンツになってきたという話をしたが、今までWebコンテンツというのはオンライン環境で、HTMLで動くもの、あるいは1つのサイトについてあったものである。そのサイトから分離して成立する、ダウンロード可能で、オンライン、オフラインのモビリティがある。
ここでいい点は、デバイスに全く依存しなくなるという点である。PCでもスマートフォンでも何でも読めるという点はいいが、逆にデバイスに依存しなくなるということはクラウドサービスに依存するので、アマゾンのクラウドサービスに頼れば、その人が今何を読みかけであるか、最近何を買ったかなどそこに依存すればするほどプライバシー情報が吸い取られていく。
プライバシー情報をそこに蓄積していくと、どんどん使いやすくなる。検索も早くなるし、ダウンロードも早くなる。それで喜んでいると、完全にトレース可能になる傾向がある。否応なしにそうなってくる。それを切ることもできるが、それは意識的でないとなかなか切れない。
切るとすれば、ある程度の独立したクラウドサービスや、あるいは幾つかのサービスを組み合わせたりする必要があるが、それもなかなか難しい。結局、デバイス依存しない限りはそういう問題が出てくるとので、電子書籍に対する見方を根本的に変えたほうがいいと思う。
従来の電子書籍は、印刷本の電子的な複製物で、印刷本をどれだけ忠実に再現できるかと、デバイスに入れて持ち歩くことが基本になっていたと思う。そういうものも多分残るし、そういうものは確かにメリットはあるが、やはりビジネスとしては成立しない。クラウドが管理するコンテンツのネットワーク集合の中でないと、今までビジネスとして成立しなかった。
アマゾンが成功させ、アマゾンをほぼ忠実にフォローしたバーンズ&ノーブルが成功し、アマゾンはアップルがやったことをフォローしたわけだが、そういったクラウド・コンテンツ環境がないと、ビジネスとして成り立っていない。つまり、中途半端な結びつきというのは結局中途半端な結果しか生まないので、商売にならない、市場を動かすような力にならないということだと思う。(図3)
▲図3
Webがここまで広がってきた意味を考えてみる必要があると思いまとめてみた。知識・情報は非常に意味的、構造的に複雑なものを表現するような編集技術、それに対して情報は共有しなければ伝わらない。伝わらなければ共有できない。その共有を横軸に、高度化を縦軸にして、情報はどんどん複雑にして重たくしていくと、共有がどんどん難しくなっていく。
本にも難しい本もあれば易しい本もあり、構造的なものもあれば構造的でないものもあるが、マスに届くものは、どうしても軽くしないとマスに届かないという関係があると思う。
出版がビジネスとして成立したのは17~18世紀くらいだが、本という形と流通とが非常にうまくバランスして、しかも本というのは当然貸す本もあれば売る本もあるという形で多様な流通形態が可能であった。
それ以降、出てきたメディアは、通信、放送によって、伝達力は非常に高いけれども、データとして、情報として複雑なものは乗せられない。特に抽象的な概念、言葉というのは非常に便利なものだが、言葉といろいろな情報をつなぎ合わせるのは、他のメディアだとかなり苦手な部分がある。(図4)
▲図4
今までは、例えば本や雑誌や新聞があって、放送があり、軽い情報ほど遠くに飛ばせるし、本の中でも重い物は部数も少ないというような比例関係でバランスしてメディアの棲み分けがあったと思うが、デジタルメディアが違うのは、情報を全部数値化してしまうという力である。それによって、ビデオでも本でも同じく扱える。
ただし、デジタルメディアが成立するためには標準が必要である。考えてみると本は標準が要らなかった。文字フォントにしても何にしても、かなり独自なもの、手彫りの木版で流通した本もあったくらいで、本は標準が全く不要であった。そういう中で非常に多様なものが残されてきたと思う。
放送は軽いメディアだが受信機が必要で、かつ 放送や通信は基本的に国家規格があって国際規格があるという形になっている。したがって、この辺は集中型でかなり管理のきついメディアであった。
Webが違うのは、確かに受信機は必要だが、その受信機は放送・通信の受信機よりははるかに多様でありうる。というのは、こちらのほうの規格はハードな標準ではなくソフトな標準だからである。伝送媒体や周波数帯は、そういうものは何でもいい。
私はWeb系の標準をユニバーサルな規格に考えているが、ユニバーサルな規格の上に、全てのものが、あらゆる汎用的な目的で、音楽であろうが動画であろうが書籍であろうが、全部乗せられる。それから、プロもアマも使える。商品と非商品を分けない。いろいろな情報源を全部マッシュアップして、新しいコンテンツを作れるというような性格がある。(図5)
▲図5
「Webが出版環境になる」と書いたところ、さっそく元JAGATの小笠原さんが「Webは出版環境としては薄い。非常に共感的な構造は持っているが、メディアとしては薄い」ということをコメントしてくれた。
確かに、一種のメタメディアのようなものなので、Webは薄い。薄いものは濃くすることができる。どういう粒度でどういうターゲットでそれをメディア化するか、その仕方が、例えばアマゾンだと思う。
重要なことは、1つ1つのコンテンツがリンクして、全て全く孤立したものはないのである。そういう意味で、深さと広がりを持った知識空間として進化するように運命付けられているものだと思う。
この辺のHTML5+CSS3とかEPUB3そのものについては、基本的に先ほどのようなWebの非常に融通無碍な性格が、かなりの情報の深さを表現するようになって、深さと広がりを持つようになった。(図6)
▲図6
HTMLもXMLも、10年くらい前までは非常に嫌いだった。何でITの世界で20年くらいかけて進化してきたものを、あんな原始的なレベルに戻るのか。しかし、Webは、いったん原始時代、アトムの状態に戻す必要があり、そのアトムの状態に戻ったものから組み立てていく。コンテンツの構造化に関してはHTMLだし、データの記述ではXMLという、ベタな記述によって全てのサービスとしての環境を成立させた。
HTMLもXMLも、企業も国も影響は与えるが、ユニバーサルな環境として、標準として成立した。実装とは完全に別のレベルのものなので、あるところで知識所有権を立てても、すぐに迂回されてしまう。
これはITをやっている人には、多分もう守れない。守る方法は、むしろ開放するしかない。したがって、Webが広がった結果、いろいろなものがオープンソースになって出てきた。
データベースもSQLという標準があったが、「まさかあのSQLがオープンソースで出るということはない」と思っていたのに出てきてしまった。誰が出したかというと、オラクルではない人たちである。オラクルが商売できなくなることが嬉しいと考える人たちが、それは当然オラクルに負けた人たちだが、オープンソースで出す。
そういう形で、オープンソースの世界というのは、負けた技術がもう1回リベンジするので一杯で、最近ではもう勝った負けた関係なく、そういうものを前提にして次のビジネスをやる、サービスをやるためにオープンソースに参加するという形である。これはやはりXMLがあればこそである。XMLがなかったら、多分、古いものが守られていたと思うが、変わった。
そういうことで、EPUB3とは「E-Book」の技術をHTML4のレベルから5のレベルに引き上げた。それに伴ってCSS3も取り入れて、DAISYのようなアクセシビリティの方向でも進化させて、これでかなり従来の書籍出版よりも外側のスケール、共有のレベルでも、構造化のレベルあるいは対話性のようなレベルでも、進化したメディアとしての「E-Book」を作れるようになった。
特に日本は印刷のほうで、印刷のデジタル化でもう10年前、20年前に完成されていたものを、ようやくここに入れることができて、後から考えると最終電車の切符のようなものだったと思うが、乗り遅れずに済んだ。ここで乗り遅れたら、多分3年か5年くらいはまだ進化がなかったと思うので、ここに乗れたのは大変なことだと思う。
今までの印刷本の世界が円だとすれば、電子書籍はその外側で完全に重なるものではない。印刷・製本という、紙に印刷してそれを本として綴じるというのは、なぜか出版社の人たちはそう考えないようだが、実はかなり高度なサービスで、高い付加価値である。それが逆に離れていけばいくほど、わかってきたと思う。
電子化すると、そういう方向でずれていき、SNSなどと親和性が高くなっていく。拡張「E-Book」、私は「E-Book2.0」と言っているが、その環境は、ダイナミックで対話的な環境を入れることによって、その外側に発展していく。
つまり、従来型の電子書籍はかなり過渡的なものであって、今度のものがようやく、本格的な電子らしいデジタルメディアとしてのものが成立してくるだろう。(図7)(図8)(図9)
▲図7
▲図8
▲図9
最後に、電子出版革命について予測も含めてまとめたものがあるので、どのくらい当たっていてどのくらい外れているかという点で見ていただければと思う。
(図10)(図11)(図12)(図13)(図14)(図15)(図16)(図17)(図18)
▲図10
▲図11
▲図12
▲図13
▲図14
▲図15
▲図16
▲図17
▲図18
質問:Financial Timesがアップルを脱出してHTML5に移行するという話があるが、Financial TimesはそれでもiPadでも読めるのか。
鎌田氏:それでも読めるようにした。要するに、インターネットにアクセスすれば読める。もちろんiPadとiPhoneではスクリーンサイズが違うので、一応その2つ分けたものを出している。
質問:オンデマンドプリンティングのことだが、今後ますます製本技術、オンデマンドプリンティングというよりオンデマンドバインディングの投資がビジネスの成否を分けるような気がするが、どうか。
鎌田氏:全くそうだと思う。プリンティングのほうは、もう言うことがないくらい既に進んでいるので、あとは安くなるだけというか、HPとか、そちらのほうでできている。製本機はなかなかない。
2011年11月28日TG研究会「EPUB3策定の経緯と電子書籍の今後」より(文責編集)