本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
印刷会社がクロスメディアビジネスを推進するにあたり、もっとも重要になるのは人材である。しかしクロスメディア系人材の教育に関しては明確なモデルもなく、各社が独自に手法を模索しながら教育を行っているのが現状だ。
そこでクロスメディア研究会では、Web業界での人材教育の現状やクロスメディアに対応できる人材育成、そして印刷業界での実際の人材育成事例を伺った。
Webビジネス企業で求められる人材は、スピード感や協調性、それに実際に手を動かす能力だと言われる。
IT人材育成に関して調査しているIPAの片岡晃氏によると、Webビジネスでは自らがサービス(商品)を企画して商品を作り、市場に出したのち、運用しながらバージョンアップを加えていくというアジャイル型が多いという。そのような企業においては企画する能力が非常に重要になる。開発と運用がぐるぐると回っていくスタイルのため、スピード感を持ちながら、お客さんに価値を与えることを目指す仕事の仕方が求められている。
実際の育成に関しては、できるだけ本人のモチベーションを高める施策が中心となる傾向にある。企業側が、社員自ら勉強する環境を支援したり、費用を補助して自分で勉強するというのが多い。大手企業では、社内提案制度などを採用して自分から新しいテーマをビジネスに持っていく制度を作っているところもある。
Webビジネスにおいては人材がキーになってくるので、人材教育に対しての投資は積極的に行っている。
既存のIT業界では、技術者の高齢化や国内市場の拡大は今後望めないといった状況がある。このままでは生き残れないという危機意識があり、ITとビジネスを組み合わせることで新しいものを生み出していこうと考えている。
コスト削減、時間短縮など、ビジネスの効率化を目指す従来型のITビジネスに対し、農業や印刷といったさまざまな事業分野とITを組み合わせることでイノベーションを起こし、新たなサービスを創造するという分野を想定している。この領域を融合領域と呼び、そこで活躍できる人材の育成が課題となっている。
IPAでは、そこで求められる人材を「融合IT人材」と定義し、ビジネス能力やITスキルに加え、価値発見能力が特に重要だと認識している。これは問題を発見し、それに対して仮説検証を繰り返しながら解決策を探り、さらに試行錯誤型で粘り強く実践していく能力を指している。
そのような融合IT人材の育成には、実践する学習の場が不可欠だ。対象者の自主性を尊重し、失敗から学ぶことも併せていろいろな人が交じっていないと新しい原動力にはならない。同じ仕事をしている人を集めるより、業界を横断したり、ひとつの会社でも開発・営業・スタッフが一緒に学ぶなど、多様な人が交じり合う場所を作ることがポイントだ。
トライアンドエラーを許していく環境も大事だ。失敗を許さないと新しいものは出てこない。長期間じっくりとやってみて、やっぱりだめでした、というのでは経営が持たないので、何かをまずやって、うまくいかなかったら次をやる、くらいのスピード感が必要になる。
印刷とデジタル、両方をビジネスにしていくためには、経営者はどのような人材を育成するべきか。デザインとITを融合させるたデザイン会社であるクロスデザインの黒須信宏氏によると、クロスメディア人材を育成するにあたり必要なスキルは、対象がマネジメント層か現場かで全く異なるという。マネジメント層は、さまざまなメディアに対して包括してディレクションできる人材を育成することが必要になる。現場層は、特定の領域を理解していて、あとはメディア間の橋渡しができる程度の知識があればよい。
印刷、製本といった紙媒体の知識とデータベース、HTMLといったデジタルメディアの知識は基本に知っておかなくてはならないレベルを把握する必要がある。さらにメディア同士が交差するクロスポイントを押さえ、コンテンツが他メディアでどのように扱われるかを理解すること大事だ。紙とwebが交差するポイントとは、コンテンツ(テキストデータ、画像データ)である。これが理解できていると、コンテンツがメディアをまたいだときに、どうなるかがわかるので困らない。
例えば、印刷用としてCMYKで350dpiの画像があるとすると、Webへ転用したときにRGBでサイズも何分の1かで縮小されているものが使われていく。それが理解できていると、この画像はプロファイルを入れておかなくてはいけない、そもそもCMYKを中心としたフローはNGであることが理解できるようになる。
現場層の育成に関しては、各専門知識を強化することが不可欠だ。そのうえで、プラスアルファの知識を身に付けていく。たとえばDTPオペレータであれば、専門としてDTP知識を強化し、それに加えてクリエイティブ系スキルやシステム構築スキルを磨くことが望まれる。HTMLコーダーであれば、HTML・CSSの知識を強化し、それに加えてプログラミングスキル・設計能力を磨く。
専門知識以外のスキルを身に付けるためには、異職種向け研修会も有効である。わが社では、システム系の研修に営業を参加させるなど、いろいろな職種での意見交換等も積極的に行っている。
人材を育てるための環境整備としては、作業環境の改善が重要なポイントになる。研修コストをかけるより先に、環境を整えたほうが有効だ。そもそもの仕事をシステム化によるワークフロー改革を行い、先進的にしていく。仕事の環境が旧態依然では人材は成長しない。
印刷だけ、単一メディアだけでやっていけばいいという時代では、人が多ければ生産量が増える労働集約型だった。
デザインやシステム設計といった分野は、労働集約型ではないため、人が増えたからといって生産性が上がるわけではなく、また単純に地道に努力すればいいというものではない。優秀な人を引っ張り上げて育てるという概念が必要である。
そのためには、組織としての方針をきちんと出し、成果を出した人にはきちんと報酬を与えることが必要になる。そうしないと有能な人材が外に出て行ってしまう。
もともと製版会社であるシーティーイーでは、2012年にアプリ事業部を設立、アプリの開発・ディレクションに取り組んでいる。新規にIT系人材を採用するのではなく、基本的には社内の人材を活用するかたちだ。同社のアプリ事業部設立経緯と人材確保について、アプリ事業部の佐久間朱美氏に話を伺った。
同社のビジネスは、DTP製作がメインで出版物とカタログ製作が60%、残りを自動組版を含めたシステム開発、アプリ開発が占めている。DTPの単価が下がっていることもあり、このままでは製作に携わっている人の割合を見直さなくてはいけないという危機感がある。DTPの仕事が減ってきているなかで打ち出したのがアプリ事業の事業化だった。
もともと自動組版やそれに伴うシステム開発を手掛けており、JAVAやC言語に対するスキルやノウハウがあった。そのスキルを転用できることがわかり、アプリ事業に方向性を定めた。
副社長である船橋氏が2010年5月に『ワインカメラ』というアプリをつくったのが最初で、その後、お客さんに作ったアプリを紹介しつつ営業を重ねていった。そうするうちに、出版社からフリーペーパーをアプリ化したいという相談があった。そういうお客さんがいたからこそアプリ事業部の基盤ができた。
アプリ事業部では、1年目の目標として、お客さんからの受託が7割、残りが自社の常駐案件とした。また自社コンテンツは企画書から画面繊維の作成、リリース後のプロモーション計画、部内プレゼンまでとし、開発にはお金をかけないことにした。
アプリ事業部を立ち上げた後、もっとも頭を悩ませたのがエンジニアの確保だ。パートナー企業からエンジニアは借りることはできたが、そうするとお金が出ていってしまう。そのため、開発者に開発スタイルをを身に付けさせるために、常駐先に修行に出すことにした。この方法だと他社の開発ルールを体験することができ、かつ売上にもなる。
進行管理などをディレクションする人材はいなかったので、まず自分で経験した。そして社内で育成するため社内公募制度を作った。DTPのオペレータから進行管理アシスタント、デザイナ、プログラマを募集。課題をクリアした者のみを登用した。
登用した者は、短期間で開発に必要なスキルを身に付けさせるため、ディレクション実務を担当させ全体の工程を把握させたほか、プログラマのコードレビューに参加させ専門用語や開発の条件を学ぶ機会を用意した。いまは失敗から学び、PDCAの繰り返しのなかで、開発経験ゼロながら試行錯誤している状態だ。
ビジネス環境の変化に対応するため、新しい取り組みを「いつかしよう」と思っていると、いつまでもしない。いまある資源のなかでできることをスモールスタートすることが大事だ。最小限の開発環境の中で、トライアンドエラーをしながら前に進んでいる。
***
創造的な提案をするスキルは、もともと個人に備わっているものなのか、それとも組織環境が人にスキルを備えさせるのか、という議論もある。今回の話からは、個人のチカラや志向が影響する比率が高いように思う。
3社それぞれ別の立場・視点でお話しいただいたが、「本人の学習意欲を高める」、「組織は学びをサポートする環境を整える」、「画一的な研修ではなく、その人の得意分野や志向を把握し伸ばす」、という点が共通していた。いままで印刷やHTML制作に携わっていた人材をクロスメディア系にシフトさせるためには、場づくりや努力・成果を評価する仕組みなど、本人のスイッチを押すための環境を組織がいかに整えるかが重要となるようだ。