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[若手印刷人リレーエッセイ] 情熱を注ぐ会社がないのなら自分で作ればいい。終わったと思った時が、実は始まりの第1歩だった。
「われわれは北米企業のように1年や2年で物事を判断しない。ベッチャーは創立以来285年、常に10年先にどうありたいかを考えてきた」。これは、私が初めてFelix-Boettcherの現会長ヘグマン(Mr. Franz G Heggemann)に面会した時の言葉です。私は印刷機材の外資系メーカーを欧州からイスラエルを経て北米へと経験し、ほぼ全世界のビジネスカルチャーに精通していると自負していたのですが、この中世ハンザ自由都市から出てきた8代目非上場会社会長の発想には、それまでにない斬新さを感じました。戦後復興に関する話をしても「どの戦争のことかな? ナポレオンの後が一番困難な時代だった。都市国家が崩壊して産業構造が変化したからね」などと、さも自分で見て来たかのように話します。
私のそれまでの外資経験では、短期とは3カ月・長期は1年を意味し、3四半期連続赤字だと首が飛ぶのも当然、とても長期的視野を持って日本のお客様に接する余裕はありません。おまけに販売する商品も進化の早いプリプレス機材、「製版工程をPDFとCTPで完璧にデジタイズし、FMスクリーニングで付加価値を高めよう!」と猛進してきたのですが、困ったことに買収・買収・また買収の業界です。世界一の技術を持ちながら日本市場すら制覇できない理由は、疑いの余地なく、経営の長期一貫性がないからです。
ヘグマンに会った時は、クレオが買収されて私を含めて全経営陣が退職した後です。当時の気分は「印刷関係の仕事は終わり。もう情熱を注ぐ技術も会社もない」というネガティブなものでしたが、ヘグマンからベッチャーの歴史、カルチャー、コンパウンド(ゴム)技術、悲願の日本進出を聞く中で、「この会社なら(今まで実現できなかったことが)できるかもしれない」と感じ始めました。情熱を注ぐ会社がないのなら自分で作ればいい。終わったと思った時が、実は始まりの第1歩だったのです。
印刷に関する疑問は製版の時代から多々ありました。不思議なことですが、同じFM刷版を使っても、精彩に刷れるお客様と効果が出ないお客様がいました。製版知識だけしか持たない当時は“なぜ”の答えを見いだせないでいましたが、今になってローラーの硬化度合い、親水性の良しあし、正しい調整、メンテナンス頻度と追及していくと、目の前の霧が徐々に晴れてきたように感じます。
FMや特殊印刷技法による差別化も大切な戦略ですが、印刷会社にとって経営の大敵は品質事故です。品質事故の大部分は先に述べたポイントを抑えることでかなり防げるはずです。私の印刷会社での経験では、一発の品質事故でその仕事は赤字転落、同じお客様で数回起こすると月数百万円の顧客が消えてなくなります。どれほど新規開拓を行っても月百万円までに関係を育て上げるには数年は掛かるはずです。社業発展には、事故撲滅のスローガンだけではなく、理論的・技術的に予防接種を施す必要を痛感しました。
今になって思うことは、「あの当時、ベッチャーで得た知識と経験を少しでも持っていたら…」です。自分の勉強不足を後悔しています。政府が“百年に一度の大恐慌”と発言し、2009年第1四半期はGDP4%減・年換算15.2%減との発表もありました。このまま景気が後退すると印刷業界10個分の70兆円が消えてなくなる計算です。
ベッチャーも最悪の時代に日本へ進出してきたものですが、お客様もベッチャー自身も耐えて、耐えて、耐え抜くしかありません。景気後退の時代だからこそ「当たり前の品質を当たり前の納期で提供して」大切なお客様と長期的に誠実にお付き合していこうと心掛けています。外資ではありますが、長期的視野を持った非上場会社だからできることです。目先の利益を求めて総会でこぶしを上げる株主がいないことは、新規参入した日本の社長として本当に助かります。
手前みそですが“ボッチャーローラー”は硬化進行が非常に緩やかで、結果として印刷機5000万回転程度は十分に使えます。5年使われるお客様もいます。さらに、ローラーを安定して長期間ご使用いただけるように、芳香族を含まない多種多様なエコタイプ洗浄剤や、ラバー表面の親水性を上げたブランケットも用意しています。
私どもの最初の目標は、お客様に利益を上げていただける総合的な提案をすることです。結果として、長期的には自分も儲かります。もともとローラー会社は物流勝負の業態ですが、私どもはトラック1台すら持っていません。物流は本職に外注したほうが安いわけで、その分の経営資源はお客様へ向けた提案や問題解決に投入しています。
お世話になっている印刷業界で、10年後の次世代に何を残せるのか? ベッチャーにとって、285年の歴史の中で、悲願の日本市場進出での最初の10年です。私の代で何とか工場建設までは実現したいと目標設定しています。バンカーに捕まろうが、林に打ち込もうが、必ずピンを目指してショットする。不本意なスコアーでホールアウトしても、じきに次のティーショットが待っています。終わりは始まりです。情熱を持って印刷業界の再浮上に貢献していきます。
富山 剛(とみやま・つよし)。1962年7月29日生まれ、46歳、北海道出身。1985年慶応義塾大学経済学部卒業、三菱製紙、ライノタイプ・ヘル、ハイデルベルグ・ジャパン、日本サイテックス取締役、クレオジャパン取締役を経て、2007年ベッチャー・ジャパンを設立し代表取締役に就任する。趣味はゴルフ。
ベッチャー・ジャパン株式会社
世界最大のゴムローラーメーカーFELIX-BOETTCHER GmbH & Co.KG(本社ドイツケルン)の日本法人。2008年1月から日本市場での営業を開始。多くの印刷機メーカーが標準装備ローラーに採用する高品質・長期耐久性に優れたローラーを提供している。全世界10カ国に17製造工場を持ち、販売拠点は40カ国に及ぶグローバルカンパニー。日本のお客様からは“ボッチャー”の愛称で呼ばれている。
〒136-0075 東京都江東区新砂2-3-15 TEL 03-3647-6401
『JAGAT info』2009年7月号