JAGAT Japan Association of Graphic arts Technology


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『首振りドラゴン』が振り落とした視覚の常識

掲載日: 2009年09月08日

1252_mini.jpgCGやアーカイブの世界は写真のリアリズムを超えて、新たな視覚エクスペリエンスを提供するものになっていくのであろう。


現在我々の身の周りには、印刷やビデオといった平面的な再現を行う視覚メディア以外にも、いろいろな視覚装置がありふれるようになった。アミューズメント施設に行けば立体映像があるし、雑誌の付録やノベルティでは視覚トリックおもちゃのようなものがあるし、ビデオでも今までのカメラでは撮れないような新しい映像表現も増え、世界的にはまだCGの新たな試みがSIGGRAPHなどでいっぱい出てくる。そこで Visualizationシンポジウム 見えることの楽しさを9月1日(火)に開催した。

その中で千葉大学で教えておられるキヤノンの桑山哲郎氏は、『首振りドラゴン』やお面の内側の『凹面顔錯視』を例に、前後が反転する錯視から、人のモノの見方は、視野に入ったものを脳で認識するというよりは、経験や先入観から自分にとってわかりやすいものになるように見たものを認識しようとしていることを説明された。桑山哲郎氏は他にもいろんな仕掛けを持参されて、参加者がまず見る体験をしてからメカニズムを考えるような流れになった。特に『首振りドラゴン』はYouTubeにも多くの映像があって、非常にわかりやすい例であった。

『首振りドラゴン』はインターネットで展開図が手に入り10分もあると完成するペーパークラフトで、ドラゴンの頭部は箱の内側のような凹面(引っ込んでいる)に組み立てるにも関わらず、片目で見ていると飛び出た立体のように見え出し、しかも視点をずらしていくとドラゴンの頭部がブラブラして見る人を追いかけるような視線でこちらを見るような動作(YouTube映像参照)をする。しかし両目で見るとドラゴンの頭部は引っ込んでいる図形なのである。『首振り』という名前は両目で見るよりも片目で見たほうが大きく首を振る(倍の角度?)のでつけられたのだろう。

現実社会で扱う図形でも、前に出ているのか、後ろに引っ込んでいるのか錯覚するような例はあるようで、X線写真から3D化した映像でも間違えてしまって、実際の手術で現物を見たときにまごつくという話もあった。この種の錯視から何がいえるのだろうか? お面の『凹面顔錯視』でも立体に見える顔は角度に関しては凸面の倍ほどよく変化する。両眼視は対象物の全体性を認識することを優先にして角度変化を緩やかにするように働いている気がする。先のYouTube映像でドラゴンが大きく首を振るように撮れているのはカメラが単眼であるからで、X線も同様である。しかし通常の人は両眼で見るので、実は両眼で見た結果を紙面などに現わすことは非常に難しいのだろう。

昔から西洋絵画は透視図で遠近を表現するものと思いがちだが、機械的に透視図を作り出すカメラ・オブスクーラ とは違った描き方がされているものがある。当日はレオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」を例に、どのようなトリックがあるのか説明がされたが、要はカメラ・オブスクーラが人にとっては最も自然な見え方とはいえず、画家が工夫するトリックが「それらしい」像を作り上げるものであった。特に無限遠に焦点がある一点透視図と、実際の両眼視での遠近の見え方の差は面白い。今までカメラを基準に考えがちであった「正しい像」とは、というのが崩れるカルチャーショックのようなものがあった。

逆に言うと、ビジュアライゼーションはCGのレンダリングで完成した世界ではなく、そこにさらに両眼視の人間が受け止めている印象を付け加えていく余地があると思わされた。CGやアーカイブの世界はリアリズムに帰結するのではなく、現実世界での錯視のような人間の認知のトリックをもっと解明することで、新たな視覚エクスペリエンスを提供するものにもなっていくのであろう。

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