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「変えるリスクと変えないリスクを比べると、印刷産業を取り巻く環境は、明らかに変えないリスクの方が、変えるリスクよりも大きいと判断せざるを得ない」ということを以前(『印刷白書2007』 )書いた。
変えるというのは、「イノベーション」「進化」に向けたチャレンジであり、それにより変化を促進させることである。変化の行き着く先には、新しい市場価値が産み落とされる。それを見据えて挑むことである。
だが、変化を巻き起こし新しい市場価値創出に向けた計画実行をするためには、まず、改めて自社のポジションを把握し直すことが必要となる。その立ち位置の認識を誤ると、軸のブレた、あるいは過った方向に戦略を築いてしまうことになる。
そのとき、一つ外側のコト(事情)を知ることが、今身を置いているところ(立ち位置)の状態をよりリアルにそして動的に把握することに繋がる、ということを意識するとよい。だが、自分の立ち位置で日常的に生起する馴染みの情報と、その一つ外側で日常的に生起する情報とは、概ね質的に異なる情報なのである。それを誤謬なく、その現場が共有している形で理解できるようになること、それが進化にとって必要なのだ。
業界で考えると、業界とその顧客の接点が一つ外側のコトになり、業界とその顧客の接点の一つ外側は、産業とエンドユーザーの接点ということになる。そこに繋がる皆が「提供するものの価値に関する情報」を持ち、「提供価値」が最大の機能を発揮して役立つものになることが双方の利益であるという意識共有のもと、共に育て向上させていく方向に結びついていくことが、全体の進化を促すまっとうな道筋である。
そのためには、自分で経験していない一つ外側のコトを、実際に経験したときと同じように理解するためには、表面的な把握では出来得ないという、情報理解に対する謙虚な姿勢が必要になる。自分の分かりたいように読み解くのではなく、その情報が生成している動的な現場の立場でそれを経験的に把握することができるようになるよう、想像力の訓練を積むことが、「判断」を正確に過たずに下す結果を導くのである。
だが、今の社会はシンプルに正確な判断をなし得ない多重な仕掛けが、あるいは人を誤謬に誘う仕掛けが日常生活の中にも企業・ビジネスの中にも蔓延している、非常にやっかいな状態なのである。
広告メッセージで言われた潜在意識に認知を埋め込むサブリミナル効果や、繰り返すことにより欲しくもないの、そんなに信じてもいないものを、「欲しくなり」「信じていいと思う」ようにさせるヘビーローテーション技法、メッセージ(言葉)とメタメッセージ(表情・仕草)が相反する指示を出すことで決定不能になるダブルバインドや、今、トレンドとなっている行動経済学で取り上げられることもその範疇である。
例えば、利益が目の前にある場合は早くそれを確定したくなり、できる限りリスクを避けようとする。逆に、損失が目の前にある場合は、それを避けるためのリスクをとってしまうという人間の行動心理を使い、相手にリスクのある提案は目の前にある損失を強調して見せ、逆にリスクのない提案は利益の部分を強調する、というような営業技法が使われている。
しかし……、である。
これをさらにもう一歩引いて目を凝らして見れば、現在の社会全体が情報化・IT化の流れの中で急速にフラット化し、様々な立ち位置から発せられる情報に簡単にアクセスできるようになり、それらの流通を阻んでいた物理的な障壁が小さくなるのと同時に心理的障壁も小さくなっており、社会の中には明瞭な指針、強い牽引のメッセージが見えにくくなり、ついにはそれらが相対化されてしまい、そして自己責任となんでもありが混淆する非常に整理しにくい状況になってしまっていることが分かる。それはハイパーカオス(超混沌)とでも言えばよいような状態の出来上がりであり、それ自体が全体として、判断をシンプルに下せなくする「仕掛けとして機能」してしまっているのである。
今、「変えないリスクの方」が「変えるリスク」よりも大きいことに疑いはないとしても、変えるその方向をクリアーに見定めるためには、かつてと比べてはるかに冷静な認識力と感度のいい想像力とが必要なのである。10年前と比べても、はるかに大変な時代なのである。