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大衆化していった出版物

掲載日: 2009年12月28日

印刷原点回帰の旅 ―(9)印刷の商業化のはじまり―
キーワード:宗教書 学問書 古典 商業出版 小説 文学 印刷文化

グーテンベルクが発明した活版印刷は、約半世紀でヨーロッパ中に広まったという。当時の環境では考えられないほど早く、どれだけ人間が情報を欲していたかが想像できる。ところが、この半世紀に活版で刷られた現存している印刷物をみると、そのほとんどが印刷技術に最初に注目した聖書や説教集といった宗教関係の本やビラで、これらが印刷技術を世界に広める先駆となった。

しかし印刷の応用はそこにとどまらずに、印刷の範疇は広がり続けた。今では、本屋に並んでいる本の種類やジャンルさえ全て挙げることは難しいし、印刷技術が使われているものとなると紙媒体に限らず、商品のパッケージや食品にまで至っており数え切れない。16世紀~21世紀、この500年の間に印刷が今のように発展した背景には、印刷の商業化があることは誰の目に見ても明らかであろう。

印刷分野が広まりを見せたのは、まず初めに学問の進化による。中世の大学では宗教と結び付く哲学を学問の対象としていたが、ルネサンス期に突入したことで、これは変化をとげる。神中心の生活から人間中心の自我を主張する近代的な生き方への転換する機運が高まり、より科学的なものを嗜好するようになると、学問の分野が増えていき更に専門性も高まった。

印刷は専門的な情報を蓄積して広めるために同時に拡張を見せる。知識人も増え社会が発展すると、人間の精神世界も印刷技術も進歩していき、宗教や学問ではない娯楽のための文化も次第に印刷の対象となる。当時の大衆文化とは、口承により伝えられるのが普通で、神話のような土地土地の物語を話したり劇場で演じたりするものであった。

そのうちの一部は文字化され写本の形で流布していたが、写本は高価で民衆の手が出るものではなかったため、研究の対象にこそなれど読んで楽しむ対象にはならなかったのだ。しかし、印刷技術が普及してからは、コンテンツ作成に費用のかからない、しかも読んで楽しい古典・物語・戯曲などが真っ先に再編集され本として出版されたという。今まで読めなかった写本や知らない物語がその土地に行かなくても読めるのだから、これらの本が民衆の心を掴むのにそう時間はかからなかったであろう。こうやって宗教・学問に限らない出版物が出てきたことで大量生産が進み、印刷物はますます廉価になって、商品として成り立つようになった。これが印刷の商業化の第一歩である。

一旦、商業化された印刷物は、消費財としての性格をどんどん強くしていく。商業として成り立つのであれば、神話や物語のような「既にあるもの」ではなく、コンテンツにお金をかけて「新しくつくる」ことができる。この顕著な例は、本で読まれることを目的に新たに作られた物語、小説の誕生であろう。音声で受容される叙事詩などの詩や演劇・劇文学から、文字で受容される小説への大規模な移行が起こったことで、文学の新たな分野が生み出された。

また、家や街にも本や文字があふれるようになり、子供たちが自然とそれらと触れあえるようになったことは、識字率をあげ、探究心を触発し、文化を醸造する素地を作ることになった。さらに、文化の発展によって生活の向上も図られるようになり、生活必需品までもが印刷されるようになった。例をあげるなら、歳時記やレシピ、暦といった生活に密接に関連する情報が掲載された本や、また金貨・銀貨の代用品としての紙幣のような有価証券などである。

印刷は、情報を伝える重要なメディアとして機械化などを経て発展を遂げてきた。しかし商業化されたことで印刷は、小説のような新たな文化を産出し、暦やレシピといった生活に便利なものを提供し生活を豊かさえにした。このように、印刷分野が拡張していくことは、情報を流布するメディアとしての役割のほかに、文化という人類の共有財産の有形化(いわゆる印刷文化)や日常生活の充実といった役割を、印刷に与える結果になったのである。

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