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PODが新藤の企業戦略で、どのように位置づけられ、営業と生産にどのような変化をもたらしたのかを紹介する。
(株)新藤は昭和6(1931)年に製版業を主とする新藤画版所として創業し、昭和31(1956)年に印刷業にも進出した。画版から湿版、フィルムそしてデジタルへと、印刷の歴史を刻んできた老舗企業であるが、常に時代の流れを最先端で捉え、ビジネスの変革を進めてきた企業である。オンデマンド印刷(POD)ビジネス市場にもいち早く進出した。
「POD 導入は7年前にさかのぼりますが、美術 書やポスターなど高品位印刷で実績を築いてきた 当社としては、PODを下に見る気風が強かったの は事実です」。こう語るのは、五十嵐勉常務。
オフセットを中心に業務展開してきた新藤にとっ て、PODはけっして当初から諸手を挙げて歓迎さ れたわけではなかった。PODは顧客にとってはコス トを抑えられるが、営業担当者には小ロットの顧客 へのきめ細かい対応が要求されるうえに、1品あた りの売上が低く、営業成績になかなか結びつかな い点も敬遠された。「この時期、製版受注の伸びが 頭打ちで、新たな方向性を探ることが急務でした。 PODはコスト的に敷居が低く、新規顧客開拓の突 破口になるのでは、という期待はありました。そこで POD 専任の営業を2名で立ち上げ、既存顧客ゼ ロからの出発をしたのです」。
当初は名刺などの小物が中心であった。またウェ ブからの名刺自動受発注システムを独自に開発し て、その時に開拓した顧客は現在も仕事が継続し ている。しかし、苦労する割に、売上は他の部署と 比較すると「子どもと大人ほども差」があった。
当初は多くの印刷会社が新しい市場開拓やビジ ネスにつながると期待しPOD機を導入してみたが、 オフセット印刷機に比較して、なかなか売上が上が らないことから、POD 機への期待がしぼんでしまっ た。これはオフセット印刷と比較する視点でのみ評 価をくだしたのであり、それは印刷物を生産する側 だけの視点であった。
しかし、発注する側から見れ ば、良質のものが安価で手に入るに越したことはな い。現在のような厳しい経済状況においては、企業 はすべての面でコストの見直しを行うし、印刷物も 例外ではない。こうしたなか、2008年半ばごろの時 点では、営業的にはようやく好転の兆しが見える状 況になってきた。
「名刺などを中心にして受注ローラー作戦を展開 し、顧客を開拓した導入期の苦労がようやく報わ れ、一定の新規顧客を獲得して安定的に推移し始 めていました」(田畑晴基クリエイティブデザインセン ター長)。だが、それだけではPOD 導入の本当のメ リットは見えてこない。
「印刷会社は、どうしても従来の発想の延長に PODを捉えてしまい、懐疑的なムードさえ定着して しまっていました。その状況自体を変えなければ、す ぐに頭打ちになるのは目に見えていました」。そうし た時、C900導入を契機にリコーとのパートナーシッ プを深めたことが、一大転機となった。
「リコーさんは、他の多くの先行事例をご存じで、 PODを知り抜いたうえでC900を開発された。そう した立場から、旧来の発想の延長にPODを見るこ とによる失敗の事例もよくご存じでした。これまでの 経験だけに頼ってしまえば、デジタル本来の強みを 活かした営業に結びつかない。PODはいわゆる端 物印刷専用機という位置で満足してしまうことにな る。それでC900を導入した意味があるのか? リ コーさんは、単に新しい装置を入れるだけでなく、こ うした本質的な部分に気づかせてくれたのです」。
リコーとの度重なる打ち合わせの過程を通じて、 新たに導入するC900の役割分担を戦略的に描き 直し、PODに対する社内の意識改革が急務だと考 えるようになった。「C900を採用するなら、それによって新しい価値を顧客に提供できなければ意味 がありません。オフセットの代替品と考えていては、 そうした発想は永久に生まれなかったと思います」。
C900を活かすべき方向は「オフセットに近づける ことではない」と田畑氏は指摘する。「むしろオフセッ トにはできない側面、たとえばバリアブル(可変)印 刷やウェブを通じた受注などをもっと訴求していくこ とです」。C900にしか応えられないニーズが見えて くることで、顧客へのアプローチがよりいっそう多様 になる。従来のように「われわれはこういう印刷機を 持っています。だからこれができます」という営業で はなく、「顧客のこのような要求や課題には、こうした 印刷手法や技術の組み合わせが最適です」という 提案のできる営業へと意識が変化してきたのだ。
そうすると、一気に転換が起きる。次第にC900 で獲得した顧客から、オフセットの受注が増え、また 逆にオフセットの顧客からもC900のニーズを引き出 す相乗効果が現れてきたのだ。「顧客のいかなる ニーズにも応えられる、ということが新しい需要を生 み出す。C900とオフセット両方による、まさにシナ ジー効果が現れ始めたのです」。
この転換にはリコーとのパートナーシップの果たし たものが大きかったと田畑氏は述懐する。「リコーさ んが、単にC900という装置を動かせばよい、という 姿勢ではなく、PODだからこそできる新たな可能性 とは何かを一緒に探る姿勢で付き合ってくれたから こそ、気づき得たものが多いと思っています。業界 全体を広く視野に入れ、市場としても世界規模を常 に考えているリコーさんと一緒にものを考え、つくり 出すのは、とにかく楽しいし、刺激になります」。
営業の意識変化のポイントになったのは、顧客目 線に切り替えることであったと田畑氏は語る。そこに は顧客のニーズに応えることこそが営業力の強化 につながるのだという強い思いを感じる。
「今、必要なのはorの発想ではなくandの発想 です。POD andオフセット、POD andウェブなど、 顧客のNeedsやWantsの本質をマーケティング視 点できっちりと把握して、顧客ニーズのなかで最適 なものをミックスして提案していくことです」。 そのような営業活動ができると仕事も広がる。新 藤はもともと技術力には定評があり、早くからPOD に取り組んだことでカラーマネジメントのノウハウも 蓄積があった。顧客ニーズを理解して最適な提案 を行うことで、PODで提供するアイテムの種類も増 えている。商品カタログなどの高いカラー再現が求 められるものや、これまでは手掛けたことのなかった パッケージなどでも利用されるようになっている。
(月刊「プリバリ印」2010年4月号・ソリューションレポートより抜粋)