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[若手印刷人リレーエッセイ]情報伝達物を作ることは目的ではなく、手段である。印刷会社の果たすべき役割とは。
私は、ライフワークとして取り組んでいる活動が2つあります。その一つが障害者・高齢者スポーツの支援・普及活動で、約15年間関わっています。ゴルフでは力量の差があってもハンディキャップというルールを使えば、レベルの違う仲間同士でも同じようにプレーを楽しむことができます。 それと同じように障害の有無や年齢にかかわらず、両者が同じ条件になるように工夫さえすれば、一緒にスポーツを楽しむことができます。
高齢者・障害者のスポーツは、障害があっても活用できる能力を生かしてプレーができるスポーツ、そしてルールや用具を工夫し状況に合わせてだれもが楽しむことができるようにすることから、adapted(適応させる)を用いてアダプテッド・スポーツ(adapted sports)と呼ばれています。
もう一つ、私が取り組んでいるのがメディア・ユニバーサルデザイン(以下MUD)の普及活動です。MUDは、私が全国青年印刷人協議会副議長時代にその取り組みをスタートし、7年が経過しました。当初は色盲・色弱者への配慮を中心とした色覚バリアフリーでしたが、増加の一途をたどる高齢者、そして体にハンディキャップを抱える方々や、子供、外国人の方々も対象にして、私たちが日ごろ制作する情報伝達物の分野において配慮や工夫をし、必要とされる情報を少しでも多くの方々に伝えることを目的とするものです。
現在では特定非営利活動法人を設立し、印刷業界への普及はもとより認証制度の構築や作成補助ツールの推奨などを行い、社会全般への告知・普及に努めています。そして、MUDの取り組み促進と多くの事例を全国から集めるために、全青協議長時代にデザインコンペを企画・実施し、今年で4回目を数えます。作品のレベルも年々アップし、各作品とも随所に素晴らしい発想や工夫が見て取れ、毎年作品を拝見するのがとても楽しみであり、仕事へのヒントになります。
この2つの活動に共通するのは「工夫と適応」です。常識とされている社会の仕組みやルール、そして提供されるモノを、工夫し改良して必要とされる状況に適応させていく、つまりアダプテッドさせていくことです。
ここで自問です。私たちはクライアントの情報伝達のお手伝いを日々生業として行っていますが、その成果物は本当にクライアントがターゲットとする市場に情報として届き、伝わっているのでしょうか?
私たちは、ややもすれば情報伝達物を作ることを手段ではなく、目的にしているのではないでしょうか?
クライアントやエンドユーザーを見るというより、自社設備の稼働や目先だけの利益確保だけで動いてはなかったでしょうか?
情報伝達物をターゲットとする市場や消費者のニーズに適応するよう、最適化できていたのでしょうか?
言うまでもなく仕事を受注するためには手間暇を惜しんではいけませんし、掛けなければいけません。私たち印刷業は、その手間暇を設備の高度化、量産化を目指した分野に心血を注いできました。その結果が現在の価格や納期といったハードな競争の悪循環に自らを追いやりました。
私たちは、顧客がつながろうとするターゲットや市場に対してそのプラットホームの役割を果たし、自らがもてる知識や資源を駆使して伝えたい情報をその対象に対して適応させていく、アダプテッドさせていくことが役割であることを認識しなければなりません。
私たちは、印刷を通じて数多くの知恵や知識を得てきました。その知恵や知識を基本にして、これからの時代を見据え、クライアントがターゲットとする市場はどのように変化していくのかを「学習」することに手間暇を惜しんではいけません。そして、その学習から学んだ情報は常に時代や環境の変化に対応し、常に鮮度が保たれたものでなければ有用なものにはなりません。
零細企業がその多くを占める印刷業においては、いわゆる人、もの、金を十分に手当てして学習、情報収集を行うことができません。しかし、自らが住む地域や、関わる活動の中に多くの学習が存在します。その身近な学習の中に、仕事につながるヒントや顧客にとって有用な情報が数多くあることを私は2つの活動を通じて学習しました。
時代や自分の周りの閉そく感は、まさに学習を怠ったからであり、それを打ち破るのは自らの行動からでしか生まれないことを学習しなくてはいけません。
最後にパラリンピックの生みの親であるグッドマン博士の言葉でこの文章を締めくくりたいと思います。
「失ったものを数えるな、今もてる能力を最大限に生かせ!」
浦久保 康裕(うらくぼ・やすひろ)。1959年7月25日生まれ、奈良県奈良市出身。龍谷大学経営学部卒。1992年株式会社一心社入社。現在代表取締役専務。趣味はスポーツ観戦、食べ歩き。
株式会社一心社
1949年創業。昨年60周年を迎える。商業・出版印刷全般。資本金1000万円。
〒543-0052 大阪市天王寺区大同1-14-15
TEL
06-6771-1121 / FAX 06-6772-6970
『JAGAT info』2010年3月号