JAGAT Japan Association of Graphic arts Technology


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Have fun of printing ~インサツを 楽しもう~

掲載日: 2011年09月04日


まずは、3月11日に発生いたしました東日本大震災により、被災されました多数の方々及びご家族に対し、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。

祖父が岐阜市にタカダ印刷を始めたのが昭和10年。戦後は満州より帰郷し、住み込みで共に働いてくださる家族同然の若い工員さん達と、「頑張れば食べていける」。そんな空気に満ちた町工場だったでしょうか。
祖父は印刷人ではありましたが、と同時に(美男子とは程遠いからこそ)自らの「美意識」を大切にし、芸術を愛し、「小さいけれど品質の高いもの」をこよなく好む人で、仕事においてもその精神を貫き、今も続く「小ロット・高品質」を大切にする当社のカラーを築きました。
のちに父がその意志と社業を継ぎ、6年前には父の死去に伴い私が代表を務めることとなり、以後、七転八倒を繰り返して現在に至ります。
テレビ制作の会社で、構成作家として番組の台本を書いていた頃は、時間も内容もルールがなく、とにかく刺激と鮮度を求める世界でしたので、退職し、デザインの勉強をしつつ父の会社を手伝い始めた頃は、何という時間の止まったオーソドックスな世界なんだと、とても退屈に思ったものでした。
それが今。紙の風合い、デザインの面白さ、印刷の面白さに、私自身が楽しくて改めて夢中になっている気がしています。

当社は小さな会社ですが、小さいからこそ、とことんこだわった印刷を求めるお客様(デザイナーさん、美術作家さんetc…)の、イメージを具現化するお手伝いをさせていただく機会も数多くあります。
お客様と、どんな物を作ろうかとお話しする時。こんな紙で、こんな色は?と次第にイメージが浮き彫りになり、色校が印刷機から出てくる瞬間…。テレビ時代には感じていなかった手触りの確かさに、いつもわくわくドキドキさせられます。

以前、「将来、大切な物だけが印刷物として世に出る時代が来る」と人に言われたことがあり、言いようのない強い危機感を感じてきました。けれど、その厳しい現実に対して、敢えて自分なりの前向きな回答を言葉にするならば、その大切な物の印刷を任せていただくことが当社の生き残れる唯一の道…だから頑張ろう、となるでしょうか。
数学者で作家のウンベルト・エーコも著書『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』で、熱く「紙で出来た書物」の素晴らしさを語っています。本が好きなので2日休みがあったら3度本屋に行ってしまう上に、印刷会社経営の私にとっては大変励まされた(ある意味癒された)1冊ですが、この衝撃的なタイトルだって、フランス語の原題を直訳すると『本から離れようったってそうはいかない』となるそうです(「訳者あとがき」より)。
とかく悲観的な風潮に陥り、事実苦戦敗戦することばかりの昨今ですが、「紙に印刷するから出来ること」をもっともっと引き出し、世に送り出すことが、私を含めた印刷に携わる者に課せられた使命だと思えば、聖書の写本やグーテンベルク以降、連綿と繋がってきた永い印刷史の中の1登場人物になったようで、(ちょっと妄想気味ですが)少し楽しくないでしょうか…。
余談ですが、火事になった時に何を持ち出すかという問いにエーコは「自分が書いたもの全てがコピーしてある外付けのHDD」と正直に告白していました。まぁ…、それが現代人としてのリアルな姿なのでしょうね。

当社は今年、新たに箔押し機を導入し、外注費の削減と高付加価値印刷の提案・実現をすすめています。…というと、とても建設的に聞こえますが、実際は、箔押しや浮き出しの可愛さ、面白さが、印刷の世界をより押し広げていくことに、私自身がまず魅了されていて、失敗と、驚きと、発見の毎日です。
また、現在、同じ団体に所属する同業者が立ち上げたNPO法人「ひまわりノート」の取り組みに賛同して、企業の社会貢献と各種団体への寄付、そして地元のクリエイターさん達とのコラボレーションを1冊のノートで実現させるモデル作りに日々頭を捻っています。わくわく感を大切にしながら、永く継続出来るような形にディレクションしていけたらと思っています。

私は、自社の未来像を想い描く時、「工場」と「工房」を兼ね備えた姿でありたいと思っています。お客様とスタッフが共に創り上げる、美しくて、まだ誰も見ていない、心を満たす印刷物を生み出す場。
会社の代表となり、そして印刷という技術そのものの転機を迎えつつある今、それは霞を食べるような考えだと笑われるかもしれません。でも、その霞のような夢物語を、会社という現実の組織を成り立たせながら実現していくことこそが、私が「先代の娘だったから」だけじゃなく、「クリエイティブなこの仕事が楽しくて好きだから」やり続ける意味であり意義なのではないかなぁ…。と、今、節電の夜に一人Macに向かって考えているところです。

[著者紹介]

高田華子201108relay.gif(たかだ・はなこ)
1970年 岐阜県岐阜市出身。東京写真専門学校卒。
テレビ制作会社勤務を経て、株式会社タカダ印刷入社。現同社代表取締役。

会社概要
TAKADA Druck A.G. & editorial room
株式会社タカダ印刷
〒51-6019 岐阜県羽島郡岐南町みやまち3-13
TEL.058-272-2528
FAX.058-274-4852
http://www.takadadcag.com
事業内容:一般商業印刷、内外美術画廊の出版物等をはじめとする美術印刷 など

(「JAGATinfo」8月号より)
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