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ジョブズを偲んで

掲載日: 2011年10月11日

Appleの元CEOスティーブ・ジョブズ氏が2011年10月5日亡くなった。彼はIT関連の技術やビジネスに大きな影響力を与えたが、DTPに対しても大きな足跡を残した。

私事になるが、日大藝術学部で水曜日の1時限目にDTP関連の授業を受け持っている。10月5日も、ちょうどその授業のあった日であり、なぜかWYSIWYG(What You See Is What You Get. = モニターで見たままが、印刷物上で得られる。)の話をして、スティーブ・ジョブズ氏についてコメントしたのである。

DTPというと、パソコンで見たままにデザインし、見たままの姿で印刷物も得られると思われているが、そこに行き着くまでの道のりは非常に長かった。さら写植のことをいうのも何だが、手動写植時代は何の文字を打ったのか?知る術もなかったし、打った文字数だけで仕上がりを予想していた(インキの跡だけで)のである。
それがMacintoshによるDTPになって自由自在に文字詰めやカーニングもできるし、写真の調子変更もモニターで見たとおりに出来るようになったのである。

ジョブズ氏は全てのデバイスを72dpiに統一することで、WYSIWYGを実現してしまった。当時のMacintoshは3cmの直線が欲しければ、モニターに定規を当て、実際に計って3cmなら印刷しても3cmの直線が得られていたのである。ビットマップフォントもこうしたおかげで、WYSIWYGに近い環境が実現できていたし、技術が進歩して環境が変わってもジョブズ氏の方向性にはブレを感じなかった。

Windowsも同じじゃないか?と思われるかもしれないが、詳しい説明は省くがAdobe社がわざわざ重たい機能をソフトに載せて実現しているところ大なのである。
皆さんもWordでチラシを作って1枚ちょうどに納めたのに、印刷したら2枚になってしまったことがあると思うが、これが本来のWindowsの世界なのである。

もっともデータ的には意味の繋がったセンテンスなら、1ページだろうと2ページだろうとひとくくりのデータなのだ。だからIT的に言えば1ページなどという概念はもともと無いのだろう。それをそのままメディアにするとHTMLということになる。確かにXML的、データベース的にはそうなのだろうが、普通の人間にとっては1ページと2ページは大違いである。

この当たり前の感覚をコンピュータの世界で実現しようとしたのがジョブズ氏なのだ。SONYのWALKMANをヒッピーまがいの時代から愛用し、「自分が聴きたい曲が全曲WALKMANに入っていればどんなに良いだろう」と考えiPodを生み出したし、「一曲ずつ買いたいのに」を実現させてiTunesストアになったことを考えれば、実にシンプルな考え方を実践しているに過ぎない。しかし、これが本当に大事なことなのだ。

ジョブズ氏は作りたいコンピュータ(Macintosh)を作って成功したが、ビジネス的に大きく立ちはだかった巨大会社が現れれば、捨て身の覚悟で挑戦し続ける(ハンマーレディのCFはその象徴)。
そして経営が上手くいかなくなってAppleを追い出されるや、NeXTコンピュータを作ってAppleで出来なかったことを実現しようとし、Appleに返り咲くや1ドルの年収でCEOを受け、次々と夢を実現させていったという具合である。実に分かりやすい。彼の生き様がプレゼンそのものということが出来る。

そしてそれを支えたのが彼の審美眼であり、品質に対する欲求である。普通の欧米人は理屈で品質を考えるが、彼の場合は感性で高品質を追い求めていたようである。これは多分に日本に関して偶像化され美化された部分が影響を与えているようだ。ジョン・レノンがそうであったように、この時代の欧米人に見られる現象ではあるが、とても良い結果を残している。
iPodの鏡面仕上げなど、ジョブズ氏自身が新潟県燕市の洋食器職人の技を知っており、少々コスト高になっても燕にやらせろと決断したらしい。フォントにしても、意味が分からなくても彼特有の美的センスで異国語のフォントまでジャッジしてしまう。

このようにAppleには良いに付け悪いに付け、しっかりした審美眼を持ったリーダーがいたということであり、これが他のIT経営者との違いになっている。この審美眼の主軸を失ったAppleが今後どうなるかは何ともいえない。ジョブズ氏が追放されていた時代のApple製品は今思えば「リンゴマークが付いただけのApple製品」であった。ジョブズ氏曰く、道筋は付けてあるという。確かにiPhone6くらいまでは決まっているのかもしれない。

しかし、共同指導体制になると今まで1年で済んだものが2年半くらいかかってしまうようになる。審美眼をビジネス的に成功させた要因がジョブズ氏のわがまま、独断だったことを考えれば、集団指導体制でビジネス的に成功するのは非常に難しい。ITで2年半というのは商品サイクルが終わってしまうことだからだ。

ジョブズ氏はDTPを愛していたと私は信じている。少なくとも数多くのIT経営者の中で、DTPの理解度では群を抜いていた。ジョブズ氏の死によって、ITの進化も少しではあるがゆっくりになるかもしれない(GoogleやFacebook的なITは変わらないだろうが)。 

今後は、ジョブズ氏が真似た日本的な美意識を日本の会社が実現してくれるのを望むばかりだが、IT的な審美眼ではない紙的な審美眼とでも言おうか、1ページで納める美的センスを持つのは何といっても印刷業界である。Appleが追い求めてきた。情報とデザインという世界をApple的に美しくまとめる仕事を印刷業界は具現化し続けねばと強く感じている。

Stay Hungry. Stay Foolish. 合掌。
(文責:郡司秀明)

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