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[若手印刷人 リレーエッセイ] 社長就任後の3年間を支えて頂いた全ての方々に「感謝」の気持ちを忘れることなく、心に刻んでいきたい。
はじめまして、私は名古屋の名鉄局印刷株式会社の箕浦靖夫と申します。よろしくお願いいたします。
まずは当社の概要を話させていただきます。
当社は、さかのぼること1903(明治36)年、箕浦甚五郎が設立した「秀文社」が始まりの印刷会社で、100年以上の歴史を持ちます。
1941(昭和16)年に現在のJR、当時の日本国有鉄道 名古屋鉄道管理局から印刷物の製作を要請され、2代目の箕浦嘉一は、社名を名鉄局(名古屋鉄道管理局の略)印刷に改め、陸運輸送に関連する印刷物を中心に受注しました。その当時は、名古屋鉄道管理局様の仕事が9割以上を占めておりましたが、国鉄民営化の影響を大きく受け、いまでは売り上げの1%以下まで減っているのが現状であります。その代わり、現在では学参印刷物を多く占める印刷会社に変化をしてきました。私は、現在38歳、社長暦3年目の新米社長であります。ちょうど3年前(2009年)の2月に先代の社長である父親が突然他界し、急遽その年の4月に社長になりました。急遽社長になりましたので右も左も分からず、何をしてもいいか分からないまま、まずはお客様にご挨拶に行き、そして協力会社様、銀行様と回りました。のときには、皆様から温かいお言葉をかけていただき、非常に元気付けられたことをいまでも鮮明に覚えています。
そして、次に社員です。
前社長が突然亡くなり、いきなり当時35歳の若社長になりましたので社員は非常に不安だったと思います。その不安を少しでも取り除きたいという強い思いがあり、初めて全社員の前で話した社長挨拶の際に以下の3点の約束をしました。
①全社員の雇用を守ること
②「変えてはいけないもの」と「変えていかなければならないもの」があること
③全員面談を行うこと
今もそのことははっきり覚えていますし、非常に緊張したことも覚えています。その時を振り返ってみますと、20年以上社長業を務めてきた先代が突然亡くなったので、「皆は不安ではないか」「今後どうなってしまうだろうと思ってはないか」と強く感じていましたので、そんな気持ちを少しでも和らげたいと思い、先代、先々代が築いてきた会社の中で、「何が変えてはいけないもの」で、「何を変えていかなければならないものか」を深く考えました。その結果、変えてならないものは「企業理念であり会社存続の意義」だと思いました。そして、変えていかなければならないものは、「今より良くするにはどうしたらいいか」という考えの中で、聖域は無く全てが変える対象だと感じました。
また、「全社員のことを知るため」「私のことを知っていただくため」、そして「会社全体の問題点などを洗い出すため」に全員面談を行いました。就任以来毎年行い、今年で4回目になります。一人ひとりに真面目に真剣に向き合あうので、平均面談時間は1時間ほどになっています。のような経緯を通じて最近感じることは、皆様に支えられて生きていることを強く感じます。ひとりでは何もできませんし、やろうと思っても途中で挫折してしまいそうになることもあります。状、何とかできているのも、役員を始めとした全社員に支えられて、ここまでこれていることを強く感じます。
そして、今まで会社を支えていただいたOB、先輩方、協力会社様、お客様、親や兄弟、先祖様、家族にも感謝するようになりました。
また、現在では名古屋而立会や愛知県印刷工業組合を始めとする会の先輩方には、心の支えとしてアドバイスや相談にのっていただき感謝しております。も40歳近くなりそのような立場になりつつありますので、後輩が困っているようなときには先輩から受けたご恩は精一杯お返ししたいと思っております。回このような若手印刷人リレーエッセイを書かせていただく機会をいただき、今までの3年間を振り返ることができました。
普段、漠然と思っていることでも文章にすることによって、現状を把握することができましたし、この3年間をベースに今後の展開にも生かせていけると思っております。
最後に、『感謝』という気持ちを一生忘れないためにも、今のこの気持ちを忘れないためにも、心に刻んでいきたいと思っております。今まで、支えていただきました全ての方に『感謝』してリレーエッセイを締めくくりたいと思います。
ありがとうございました。
若手印刷人リレーエッセイは、今回が最終回となります。長期にわたる連載のご愛読、ならびにご協力ありがとうございました。