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印刷業界でも関心が高まっているAR(拡張現実)。カタログやチラシと組み合わせた来店誘引、販売促進などの効果が期待されているが、印刷会社の感触はどうなのだろうか。
先の金環日食ではARを利用して軌道をシュミレートできるアプリが多くの人にダウンロードされた。スマートフォンが普及したことでARがずいぶん身近になり、2011年後半ごろからキャンペーンやプロモーションに取り入れる企業も増えている。
AR(拡張現実)とは、ものすごく単純にいうとリアルな空間にCGや文字、音楽といったデジタルな情報を重ねて表示する技術のこと。新聞・雑誌、ゲーム、食品パッケージ、イベントなど多様な分野で利用されている。
たとえば丹波市では、観光振興施策のひとつとしてARを活用している。市の観光パンフレットやチラシに印刷されているマーカーをスマートフォンで読み取ると、丹波竜をモチーフにしたマスコット「ちーたん」の3DCGが表示され一緒に写真を撮ることができる。これはARのなかでも画像や空間を認識してコンテンツを表示するビジョンベースという方式で、マーカーと呼ばれる特定のカタチをスマートフォンやタブレット端末で読み取るためマーカー型と呼ばれる。
アパレル販売のライトオンでは、2011年秋より全国の旗艦店に「ライトオンARミラー」を導入した。これは店頭にあるミラーを模したサイネージに自分の姿と洋服のビジュアルを重ねることで擬似試着が体験できるもの。このような方式は前述のビジョンベースのうち顔などを認識することでコンテンツを表示するため、マーカーレス(=マーカーがいらない)型と呼ばれている。
ほかARにはセカイカメラに代表されるようなGPS機能や電子コンパスを使ったロケーションベース(位置情報系)と呼ばれる方式もある。印刷業界にとってはビジョンベース方式のほうが馴染みが深く、特にマーカーを使ったタイプは印刷物との親和性が高く、実ビジネスへの関心も高い。
2012年3月にJAGATが実施したクロスメディア実態調査では、デジタル印刷や電子書籍、スマートフォン向けコンテンツ制作、ARといったジャンルやキーワードについて今後のビジネス意欲を尋ねた。調査結果では、「今後、意欲的なジャンル」としてARをあげたのは15%。全体比率としてはわずかながら、前回調査と比較した伸びは最大の7.7ポイント増であった。
しかし、実際のビジネスにつながっているところはまだ少数のようだ。同調査で「顧客からARについて引き合いがあったことは」という設問に対しては、70%が「ない」と回答している。
受注経験になるとさらに下がり、実際に受注した経験があると回答したのは引き合いがあったうちの30%あまり。全体で見るとわずか4%であった。
受注したことがあると答えたところでは、イベントの展示用、商品カタログとの連動コンテンツ、アプリ(イベント用)開発、写真データからWebへのリンク、イベントでの話題づくり、集客アップのためのツールといった案件であった。
では、これからの可能性についてはどうだろうか。スマートフォンの普及でサービスを利用できる人が増えたこと、また比較的安価に提供できるようになったことで、ARを組み合わせた印刷物の利用シーンは今後増加の余地があると期待されている。ある印刷会社では、現在受注している通販カタログ制作にプラスして、ARマーカーを印刷して商品説明の動画を再生できるようにする提案をしている。また店頭POPと組み合わせて商品の使い方を説明するビデオクリップをスマートフォンで見られるようにするといった用途もある。
先日電通では、店頭での書籍プロモーションを可能にするARアプリサービス「ミル+(ミルタス)」を6月29日より本格稼動すると発表した。これは店頭で本の表紙をスマートフォンで撮影すると、画像や音声が再生できるというもの。事前に出版社や大手書店と先行実験を実施した結果、店頭への集客や書籍販促に効果があったほか、SNS連動でもプラス効果がみられたという。
書籍、カタログ、チラシなどとARの技術を組み合わせることで、より多くの情報を伝えたり、リアルの店舗、リアルの場所へ顧客を導く仕掛けづくりができる。まだビジネスとして取り組んでいるところはそれほど多くないが、今後は印刷会社が手がける事例も増えていくことだろう。
(研究調査部 クロスメディア研究会 中狭亜矢)