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2012年は、緊デジ事業の実施やメジャーな電子書籍ストアのオープンなどがあり、EPUB制作環境も大きく変わることとなった。EPUB制作に携わる生の声を聞いた。
2012年は、国内の電子書籍市場にとってエポックメーキングな年となった。
大手出版社や大手印刷、官民ファンドが出資し、インフラ整備を通じて電子書籍の普及を目指す出版デジタル機構が設立された。経済産業省の「コンテンツ緊急電子化事業 」(以下緊デジ)が実施され、20億円規模、約6万点の電子書籍制作事業が実施された。楽天、アマゾン、アップルなど有力電子書籍ストアのサービスが相次いでスタートした。
印刷業界周辺でも、緊デジ事業をきっかけに本格的に電子書籍データ制作に取り組んだ例も多かったようだ。
6月17日のテキスト&グラフィックス研究会では、電子書籍制作の取り組みをスタートした印刷会社、制作会社の方々に各々の制作状況と今後の課題や方向性について伺った。
2011年以降のEPUB制作に関わるトピックを、株式会社三陽社 メディア開発室の田嶋淳氏に整理していただいた。
●2011年10月、IDPFによるEPUB3規格の勧告
●2012年4月、出版デジタル機構設立
●2012年5月、緊デジ電子書籍制作仕様書確定版公開
この時点では、緊デジ事業のリフロー型電子書籍の納品フォーマットとして、XMDFまたはドットブックが指定されていた。当時は、EPUB3の基準となる日本語ビューアーも、取り扱う電子書籍ストアも存在していなかったのである。
●2012年7月:楽天Kobo日本市場参入発表
楽天が電子書籍ストアのサービスを開始した。初の日本語EPUB3対応ストアであり、日本語EPUBビューアーを搭載したリーダー端末(Kobo touch)も発売された。
●2012年7月:緊デジタイトル申請条件緩和
Kobo参入により、EPUB3リフロー型を採用するなどの申請条件緩和を発表
●2012年9月:「電書協EPUB3制作ガイドver.1.0」発表
●2012年10月:緊デジEPUB3テンプレート公開
緊デジのEPUB3が「電書協EPUB3 制作ガイド」に準拠することを発表。
●2012年10月:Amazon Kindle日本市場参入
Amazonが、電子書籍ストアを開設し、リーダー端末Kindleを発売。
●2013年6月:緊デジ事業におけるタイトル申請数と達成状況、タイトルリスト(出版社名は無し)を公開。総タイトル数は64,833。
EPUB制作に取り組んだ経緯と制作方法について、各登壇者に伺った。
■三陽社メディア開発室 田嶋 淳 氏
三陽社は、学術書、文芸書を得意とする印刷会社である。社内には大量の書籍の印刷用データが保管されており、今後どのように電子書籍化するかが課題となっていた。
メインの組版ソフトがMC-B2であるため、さまざまな変換方法を検討した。結局、MC-B2のタグテキストをInDesignタグテキストに変換し、タグ付けを行ってXMLで書き出し、自社ツールでEPUB3に変換している。
緊デジ事業は採算上は問題があるが、ノウハウ蓄積を目的に受注を目指した。結果的に出版社から指定される形で参加することになり、社内にある印刷用データからリフロー型のEPUB3を制作することとなった。
出版社からは、「紙の本の組版をそのまま再現したい」という要望が大きかったが、電子書籍にはできないことやすべきではないこともある。出版社に納得してもらうために、説明や説得には神経を使った。
校閲用ビューアーは、Kobo touchとKinoppyを併用した。KoboとKinoppyは、当時出版デジタル機構からのコンテンツ供給が確定しており、ビューアーも安定していた。また、Murasakiはプリントアウトが可能であるため、底本と引き合わせたりもした。
■デンショク 石倉 章晴 氏
デンショク はモトヤ関連の制作会社で、InDesignのデータベース組版などを手がけている。また、近年、薬剤データベースを利用してiPadなどタブレット向けのアプリ制作にも携わっている。
緊デジでは、ドットブックとEPUB3の制作依頼を受け、主担当1名とシステム開発・タグ付け担当各1名で作業を行った。電算写植データを元にしてのドットブック、EPUB3制作もおこなった。制作方法として、当初はFUSEeを検討したものの、結局Dreamweaverを使った。
緊デジ事業は、採算面の見込みが立たず参加する予定ではなかったが、どうしてもという依頼を受け、ノウハウ習得のために対応した。
■眺(ティアオ) 代表 野知 潤一 氏
電子書籍の制作には、2001年から関わっている。最初はメディアワークスのライトノベルの立ち読み版を制作した。縦書き、ルビ対応のため、ボイジャーのソリューションを使用して、2年間で200冊ほど制作した。その他、九州のシティ情報誌関連書籍や自社文芸サイトの作品をドットブックにして、ボイジャーの理想書店で販売した。
緊デジでは九州の出版社に声をかけたが、参加したのは海鳥社1社で、16タイトルを電子化することになった。元データはEDICOLORがほとんどであった。中国や九州の歴史物が多かったため、地名・人名などの外字やルビの件数が多く、苦労した。ドットブックはUTF-8ではなく、Shift_JIS相当の文字しか扱えないため、JIS第3第4水準まで外字とせざるを得なかった。
ドットブックのコンテンツを納品した後、2月28日の時点で「EPUB3も作って欲しい」という要望が判明し、非常にタイトな日程で対応に追われた。
■シーティーイー 新規事業推進プロデューサー 鎌田 幸雄 氏
シーティーイー は写植組版制作を発祥とし、43年の歴史を持つDTP制作会社である。モリサワのMCBookを中心にしたワークフローを構築し、MCBook、EPUB3の同時納品をおこなっている。緊デジは、価格面での判断で、受注は見合わせた。現在月産50冊程度のペースで電子書籍を制作している。MCBookを中心にした理由として、主要業務がDTP制作であるため、会社全体としてCSSの知識に乏しいという実状がある。
人員としては管理スタッフは2名ほどに留め、制作自体は地方の事業所で行っている。最近は電子と紙の同時発行の依頼が増えており、DTPも含めたデータ制作フローの再検討が必要になっている。
近い将来は、InDesignのIDML経由でのコンテンツ制作を考えている。
この1年で、EPUB制作環境も大きく変化した。1年前には基準となるビューアーも存在しなかったが、有力電子書籍ストアが相次いでEPUB3対応(入稿を含む)となったため、制作もEPUB3優先と変わってしまった。
制作ツールも完全とは言い難いが、各社なりにノウハウ蓄積が進み、対応できるようになりつつあるようだ。結果的に、電書協EPUB3制作ガイドが果たした役割は、大きかったと言える。
一番の課題は、DTPデータからのEPUB3変換は単体のビジネスとしては成立しにくいことだろう。よりシンプルで簡便なツールが登場することが期待される。これだけニーズや問題点が明確になっているので、近い将来、登場することになるだろう。
新規出版の場合は、紙と電子版の同時発行や電子版を先行するデジタルファーストの方向へと進んでいくだろう。同時進行やデジタルファーストに最適化したワークフローが、徐々に確立していくことが期待される。