JAGAT Japan Association of Graphic arts Technology


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デジタルサイネージはソーシャルメディア拡散の起点として

掲載日: 2013年10月07日

デジタルサイネージは駅や商業ビル、ドラッグストアの店頭やスーパーの食品売り場など日常のさまざまな場面でセールスプロモーションや案内ツールとして使われている。表示されるコンテンツは、案内表示や値段表など単純に紙を置き換えたものからARやソーシャルメディアを組み合わせたものまでさまざまだが、最近ではインタラクティブ性があるコンテンツの需要が増えているという。

そこでクロスメディア研究会では、最近のデジタルサイネージの動向と、新技術動向としてKinectサイネージ、Facebookなどと連動した新たなサイネージ活用事例について紹介いただいた。

デジタルサイネージのトレンドは、ソーシャルの起点・スマホ連携

デジタルサイネージコンソーシアムの吉田氏からは、最近のデジタルサイネージ市場とコンテンツ動向についてお話を伺った。

2020年には7.5倍の2520億円に成長する見込みの市場

電車や駅構内、ショッピングモール、街ナカなどデジタルサイネージの市場は伸びている。富士キメラ総研によると、2012年はシステム販売/構築、コンテンツ制作/配信サービス、デジタルサイネージ広告ともに伸びており、デジタルサイネージの市場規模は前年比111.1%の822億円、東京でオリンピック・パラリンピックが行なわれる2020年には7.5倍の2520億円に成長する見込みである(→参考)。

広告面では、特に2012年度は、ジェイアール東日本企画が運営している電車内サイネージであるJRトレインチャンネルの広告売り上げが10年連続右肩上がりで、ついに中づりの売り上げを上回るという業界にとって大きな出来事があった。これは広告費全体の規模が大きく変化しないなかで、アナログからデジタルへの置き換えが進んでいることの表れともいえよう。TVへCMを出している広告主が注目しているのも電車内のサイネージだ。セブンイレブンは、この媒体を年間契約している。その理由は、独自調査でTVCMと電車サイネージの両方を見た人が店舗へ足を運ぶ割合が、TVだけよりも多かったからだという。

しかし、これだけ市場が伸びている一方で、地方ではデジタルサイネージが高機能化しても、ハードだけが置いてありコンテンツが流れていないサイネージが生まれてしまう現実もある。課題は、コンテンツを制作する側の不足や、広告収入が見込めなかったりしてコスト面などで運営を続けていけないという状況だ。

求められるのは「その場」「その時」に適したコンテンツ

デジタルサイネージでは、コンテンツを出す側(送り手)が出したい情報をただ出しても視認者(受け手)は見ない。受け手が知りたいものでは必ずしもないからだ。このギャップを埋める必要がある。

設置面で言うと、例えば、渋谷や新宿といった乗降客が多い駅であっても、1台だけデジタルサイネージが設置してある環境では、よほど大型なものは別として、広告収入をあげることは厳しい。歩行者の動線に合わせて何台も連続して設置して強制的に見せるのが定番になっている。カタチでいうと、駅ではタテ形の柱に置くのが鉄板になっている。

コンテンツ制作面で言うと、PCの画面を見る視認距離とデジタルサイネージの視認距離は違う。その点も考慮する必要がある。優秀なクリエイターは、実際の設置場所や環境を事前に現場に行って確認している。その上で、文字の大きさやレイアウトを決めている。

大事なのは、その時、その場所、その状況と、視認者の便益が一致するポイントに合わせてメッージを伝えることだ。たとえば電車内はある意味思索をする空間でもある。そこで、日能研の「シカクいアタマをマルくする」シリーズのような講座系、うんちく系といった頭を使わせるコンテンツが適しているという具合だ。

デジタルサイネージの表現や内容によっては、わざわざ足を運んで見に来てくれるケースもある。昨年行なわれた東京駅のプロジェクションマッピングはその代表例だ。ここまでの規模ではないが広告コンテンツではこんな例もある。

キャンディの「ホールズ」では、若いターゲットを新たに取り込むために「ラブプラス(若い男性に人気がある恋愛シミュレーションゲーム)」の人気アニメキャラクターを起用し、サイネージ向けコンテンツを制作したことがある。駅のデジタルサイネージに合わせたタテ型画面を活かし、現場でどう映るかも事前にチェックした上で制作したそうだ。キャラクターがエレベーターに乗って上昇する縦の動きと、ブランコに乗って奥から手前の動きをする斬新な表現手法が評価を得た。最後に「あ~ん」とする姿に萌えた者からソーシャルメディア上に口コミが広がり、デジタルサイネージ設置場所へ多くの人が見に訪れた。サイネージが「聖地」となったのである。

最近では、デジタルサイネージの前に立つと仮想で洋服が試着できるARフィッティングや画像を操作できる日本コカ・コーラのデジタルサイネージ自販機のようなインタラクティブ性があるコンテンツも注目されている。デジタルサイネージアワード2013でも受賞作品9つのうち、7つがインタラクティブな参加型・体験型デジタルサイネージだった。サイネージが単なる看板ではなく、視認者とのコミュニケーションツールとしての意味合いを持たせたものになっている点に注目して欲しい。これらを通して「体験価値の創造」や「顧客とリアルなスペースでリアルなコミュニケーション」が行なわれている。

また、効果指標としてどのくらいソーシャルに拡散されたかという点も求められているので、デジタルサイネージを展示・掲示の面的なメディアから、出来事が発生する「場所」的なメディアと捉えなおし情報発散の起点とする方向性も考えられる。さらに、普及が進んでいるスマートフォンとデジタルサイネージとの連携が具体化してきたというのが今年の新しい動きである。

Kinectの機能を活用したデジタルサイネージ活用

インタラクティブなデジタルサイネージとして、人の動きに合わせてコンテンツが変化するという裏ではどんな技術が使われているか。そのひとつがKinectを使ったものだ。最近では人の動きに合わせたサイネージコンテンツが増えているが、その裏にはKinectのような安価な高機能センサの活用がある。センサの仕組み自体は単純だが、使いかた次第ではおもしろいコンテンツが作れるようになる。

東京エレクトロンデバイスの茂出木氏からは、Kinectが登場したことによってサイネージにどういう変化が起きているか、Kinectを利用したデジタルサイネージの技術について解説いただいた。

元はゲーム用コントローラー、安価で高機能なセンサとして活用拡大

Kinectは、マイクロソフトが発売したゲーム機「XBOX360」のコントローラーとして登場した。自分の体をコントローラーにして楽しめるというもので、ゲーム以外の用途として商用利用が可能になったのは2012年のKinect for Windowが発売されてからである。

Kinectの特徴のひとつがスケルトントラッキングと呼ばれる技術だ。カメラの前に立つと骨格位置を取得し、人の動きをキャプチャしてコンテンツを動かすことができる。従来は専用のモーションキャプチャ機器が必要で数百万単位の高価なものであったが、Kinectであれば2万円台で手に入る。

骨格情報を取得できるようになったことで、例えば手の位置を右から左に動かすといった動作を認識させ、そのようなジェスチャー操作でスライドを先に進めたり戻したりといった事が実現できる。画面の大きなサイネージの操作や、衛生面から「触りたくない・触れない」ような場面、例えば、料理教室で手が汚れている人が操作するようなサイネージで有効だ。ただ 細かな動きは認識できないので、グーパーはできるがOKサインはダメといった制約もある。

次に奥行きの計測ができる点である。赤外線センサで人がどれくらい離れた距離にいるかをミリ単位で計測できることから、人が近寄ってきたのに応じてコンテンツを変化させることができる。さらにマイクが4箇所ついているので音がした方向を特定できる。音声認識にも対応している。フェイストラッキングといって、顔の100ポイントの座標をとって位置を取得することもできる。

都内のあるワインバーでは、Kinectを活用したサイネージを試験的に設置したところ、サイネージを見てくれる人が増え、集客に貢献できた。人が近付くと、段階的にテーブルの上に料理が登場し、さらに人の距離が2メートルを切るとクイズが出題され、正解するとクーポンが出るコンテンツだ。前述のフェイストラッキングによりデジタルサイネージのどのあたりを見ているかの認識も可能で、サードパーティから出ているモジュールを組み込むことで、視聴者の性別や世代をとることが可能になる。そうすると、どのくらいの人が見ているかの情報をフィードバックすることができ、広告主が広告を提供しやすくなる。

最近では、Kinectに3Dスキャン機能といった新しい機能も搭載された。このようなモーションセンサーは各社から様々なタイプのデバイスが登場してきている。Kinectは全身の動きを認識するのを得意とするが、逆に手指の細かな動きの認識は苦手だ。だが、逆にこの手指の動きの認識を得意とするセンサーも存在する。このような新しい技術を活かすことでデジタルサイネージに新しい価値を与えている。

費用対効果よりも楽しさを追求したコンテンツを

ウルトラテクノロジスト集団を称するベンチャー企業のチームラボでは、ユニークなコンテンツや空間設計を数多く手掛けている。今回は、デジタルサイネージの応用としてチームラボハンガー、チームラボカメラの事例について同社 中村氏に話を伺った。

モノだけではなくコトがある場所に人や話題が集まる

いまの世の中ではものがあふれていて、アマゾンでは商品数は5000万点、楽天は1億点と言われている。「モノ」を買うだけなら店舗に行く必要はなく、インターネットで好きなものが買える時代だ。そのような時代に、人が店舗にわざわざ足を運ぶためには、単純にモノだけではなくコトも、というのがポイントだと考えている。

例えば、東京ガールズコレクションという日本最大級規模で開催されるファッションフェスでは約33500人が来場した。これは入場チケットが5500円。10代、20代の女の子がわざわざお金を払って見に来るイベントだ。彼女たちは、洋服を買うために来ているのではなく、そこでしかできない体験(コト)に対して対価を支払っているのだ。

チームラボでは、デジタルサイネージを効率化や費用対効果といった視点ではなく、そこでしか体験できない、人に言いたくなるような「楽しさ」をつくるための仕組みづくりをおこなっている。

そのひとつ、チームラボカメラは、デジタルサイネージ内の背景と自分の写真とをARで合成できるデジタルサイネージだ。撮影した写真はFacebook上で共有できるようになっている。あるファッションイベントでは1日1000人以上がチームラボカメラに並んで撮影した。マンガのヒトコマのような面白いエフェクトやかわいい背景と組み合わせて自分の写真が撮れるので、大人が面白がって何枚も撮る。ネットで共有され、結果プロモーションになるしかけだ。

店舗でハンガーにかかった商品を手に取ると、壁のサイネージに商品に関連した写真や動画が表示されるのがチームラボハンガーというサービスだ。ECサイトでは物撮りしたよりも、モデルが着用した商品のほうが売れることからリアル店舗でもやってみようという発想で作った。20代男性がメインターゲットの某ブランド店舗では、チームラボハンガーを導入したことで売り上げが2倍になったという話である。ポイントは、手に取ったときに流す映像で、コーディネートを見せるのではなく、カワイイ女の子が「カッコイイ」といったアガるコメントをする映像にしたことだ。このコンテンツでは服の良し悪しは伝わらなくても、お客さんのテンションが上がるので、商品を買ってみたくなったり、人に伝えたくなったりする。

今の時代は企業が発する情報だけを頼りにしているのではなく、ユーザー同士がネットワークされ、身近な人の評価のほうが信用しやすい時代だ。デジタルサイネージで「楽しい」体験を作ることで、人に伝えたくなり、情報が広がる。そして、人や情報がソーシャルメディアなどで広がって、新たな人を場に呼び込み、結果的に売り上げにつながっていく。

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ここ数年でARやKinecttなど新しい技術が次々と登場し、応用範囲がひろがった。コンテンツ制作側には、その技術を利用することで何が実現するか、という理解と、どんなコンテンツであれば見る人を楽しませるか、というアイデアが求められていくだろう。印刷物もデジタルサイネージも、求められることは共通している。

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