本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
これからのクロスメディアビジネスに必要なスキルは何か。韓国電子雑誌事情、AR最新事例などの状況から2014年のクロスメディアビジネスの方向性を探った。
クロスメディア研究会では2013年11月22日、特別セミナーを開催した。韓国電子雑誌事情、AR最新事例などの状況から2014年のクロスメディアビジネスの方向性を探る目的である。
タブレットデバイス向けメディアをプロデュースし、国内外でデジタル雑誌制作など手掛けるソーシャルエージェントの鹿島氏は、韓国のデジタル出版、カタログの状況から見える2014年のクロスメディアビジネスに求められるスキルについて話をした。
鹿島氏によると、韓国での雑誌の電子化率は、ほぼ100%。韓国の主要な新聞と雑誌はコンテンツをNAVERに代表されるWebポータルかに提供し、ユーザーは記事単位で無料閲覧できるようになっている。出版社とポータル側で広告収入をシェアするしくみだ。
紙の雑誌の売り上げが落ちているのは韓国も日本と同じである。
1995年創刊の老舗映画専門誌『CINE21』では、部数減に対する新たな収益源、新たな購読者層の獲得を目的として2011年よりデジタル雑誌をスタートした。雑誌市場そのものの落ち込みに加え、映画人口の減少・高齢化という状況があり、このままでは生き残れないという危惧があったためだ。
提供しているのは映像コンテンツを多く使用したリッチコンテンツである。韓国ではスマホ普及率も非常に高く、利用者もスマホに使い慣れているため、PDFそのものを電子化したのではお金が取れない。
紙の購読層は40代以上が中心なのに対して、デジタル媒体は30-40代以上がメインである。ほとんどがiPadで購読している。当初は紙の購読層よりも若い層を獲得することを目的にしていたが、ふたをあけてみると、半分以上が紙の購読者と変わらない層だった。新規ターゲット層の獲得という点では成功しなかったが、いままで持っていた「デジタル雑誌は若者向け、年齢層が高い層は否定的である」という偏見がなくなった。
一方、企業が制作するカタログ分野でも韓国ではデジタル化が非常に進んでいる。企業のマーケティングにサイネージ、AR、ブランドアプリを活用することが増えている。
アリタウムという化粧品メーカーでは、化粧品をネット上でEC販売するためのアプリをリリースした。これは大手出版社とジョイントしたビジネスになっていて、化粧の仕方やトレンドなど雑誌コンテンツを企業アプリとして再利用することで、単純な企業カタログ以上の価値を与えている。このようなECに連動するデジタルカタログが最近増えている。
韓国の出版社はコンテンツをプラットフォームに提供したり、形を変えてアプリにするなどを積極的に行っており、紙型に合わせて出版するという考え方はすでにない。ビジネスモデルも二極化している。「Publishing」と言えば、前述のような、出版物をデジタルマガジン化したり他社カタログに再利用したりといったコンテンツ提供ビジネスを指し、印刷会社が紙媒体を刷るといったものは「出版」という定義だ。
このような流れに対応するためには紙の発想だけでは太刀打ちできない。今後はマルチデバイスへの最適化や、いろんな選択肢があるなかでコンテンツを最適化する技術など、「仕組みを生み出す力」が求められてきていると感じている。
ARソリューション事業の企画/開発に取り組むほか、自身のライフワークとして国内外のAR動向をウオッチしているナレッジワークスの亀山氏は、多くの事例からARの今後や成功へのポイントについて触れた。
亀山氏が紙とARを組み合わせた成功事例として挙げたのは、劇団四季が手掛けた会員向けのダイレクトメールハガキだ。これはミュージカル『リトルマーメイド』のプロモーションとして使われたもので、会員向けの会報誌に同封された。届いたハガキをスマホで撮影すると特典動画が視聴できるというもので、まるでポストカードから海の世界が飛び出したかのような不思議な体験を提供した。
特典動画の最後には「Webサイトへ移動する」「Facebookでシェアする」「電話でチケットを買う」「Webでチケットを買う」といった次の行動へ誘導する選択肢が用意された。DMはすぐに捨てられがちだが、使い方を変えると効果が高いものになる例である。
2013年11月20日付の日経新聞一面に、店頭で商品をスマホで撮影すると即日中に商品が配送されるサービスを、流通大手のイオンが2016年までに開始するという記事が出ていた(→関連記事)。この記事のように、小売業は店舗とネットの垣根をなくして売上高を最大にする「オムニチャネル」戦略に乗り出している。
今後はリアルとネットの相互連鎖がさらに加速し、店舗や場所、バーコードや商品の包装紙、そして商品そのものがネットへの入り口となる時代になる。
ARに目を向けると、画像認識・位置情報を使用したARは、安価にかつ迅速な導入が可能となり、すでに特別な技術ではなくなってきた。主要なARプラットフォームは残るだろうが、今後は、スマホ向けのARはオリジナルアプリの機能へ吸収され、目的が明確で必然性が高いアプリ(AR)の利用が増えると予想される。単にARができるだけのアプリは淘汰されていくと亀山氏は予測している。
そのような状況の中でARを成功させるポイントとして、何のために用いるのかという目的を明確化すること、誰にでも使いやすい操作性などを挙げた。さらに「かざすと動で広告が見られます」といった広告側の都合では結果として見てもらえず、ユーザーにとって、ためになる、トクになるコンテンツを提供することの重要性にも触れた。
JAGAT 郡司は、クロスメディア研究会で実施したアンケート調査結果に触れながら、印刷業界の今後について自身の考えを話した。
印刷産業の2012年の出荷額は7.5%減の5.7兆円であった。事業者数も西日本を中心に大きく減少して約26000。印刷産業が縮小するなかで、印刷会社が今後強化したいと考えているのはデザイン、電子出版、Web工程だ。
しかし印刷会社は紙と組み合わせてなんぼの世界で、紙を捨てては元も子もない。「○×印刷」という看板を出していて、Web関係のビジネスは、口を開けていてもなかなかこない。だからといって社名から「印刷」を外せ、ということではなく、いまの看板のままで、どううまくやっていくかを考えるべきである。
アンケート調査結果によると、印刷会社が今後期待しているジャンルとしては、紙からWebへリンクしたりログが取得できるという点からARに大きな期待がある。そこで「ARができます」と謳うだけではなく、「どうビジネスに使うか」という提案までできれば2段、3段先にまでビジネスがつながるはずだ。相手の要望に対して答えを用意できることが大事なポイントになる。
将来的にデジタルファーストの時代は必ず来る。いまはそれほどでもないが、タブレット普及が一層進めばカタログ・出版物のデジタル化はさらに進み、印刷への影響も高くなる。
いまのところは紙とリンクさせないと儲けにはならない。しかし、それを2年3年続けていたらダメにで、今後はデジタルファーストを狙わないと印刷はダメになってしまう。極端な言い方をすれば、印刷を5割にして5割をクロスメディアにするくらい事業領域を変えてしまうのもありだと思っている。
今後は、紙とデジタルを組み合わせた提案をするスキル、デジタルファースト思考が求められるようになるだろう。
***
3人に共通していたのは、紙とデジタルを組み合わせたりARやアプリを入口に次の行動へ導くような「仕組みを作り出すスキルが重要」だということである。韓国では最初から紙とWebとタブレットとスマホがあるのが前提でクロスメディアを視野に入れた教育をおこなっているという話もあり、今後はクロスメディアの意識を持つことがますます重要になるだろう。
(JAGAT クロスメディア研究会 中狭 亜矢)