本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
湿し水を多くすると過乳化し、少な過ぎると地汚れするという古くて新しいテーマである。
湿し水の成分やph 値などは、「これだ!」という決まった値は決めにくく、給水方式などによってph 値や適性(湿し水の成分)が異なってくる。純水を使用するという方向性もいまだにあるが、現在では湿し水使用が本流といえる。
水を絞ると乾燥が速くなる、印刷濃度が出やすいなど、いろいろなメリットが挙げられる。印刷における品質課題では、汚れに関してはさまざまな原因があり、水に関した要因は多い。
停止して再スタートした場合の汚れは水が乾いてしまうのが原因だが、そんな地汚れを嫌って水持ちのよい版が刷りやすいといわれていた。こんな言い方は正確ではないが、水持ちで比べると、やはり水持ちのよい版の方が手は抜ける。
富士フイルムは、マルチグレインという技術を開発した。大中小の砂目にマイクロポア(細孔)をアルミの表面に施した技術で、平版印刷の基本になった石版石、たくさんの穴が開いている自然石に近い特性を突き詰めたということなのだろう。つまり、きめ細かく、かつ保水性にも優れた版を開発したのだ。発表したのは今から約30 年前のことで、プレート(PS 版)の市場に大きな旋風を巻き起こしたことは、今でも記憶に残っている(個人的に社会人になったばかりで、すばらしい技術だと思ったが、それより私にはアナログ的要素が大きい湿し水を科学する姿勢に頭が下がった)。
そしてプレートもCTP 用が主流になり、サーマルタイプで決まりかと思われたのだが、無処理版が注目され、その中でAGFA のAzura(アズーラ)が注目されることになった。もちろん、現時点での刷版のメインストリームはサーマルタイプなのだが、プレートの現像は微妙で(現像管理が大変なのだ)、水現像ができるのならそれに越したことはないのだろう。もちろん水なのだからコストも安くなり、管理も簡単、かつ環境にやさしいとなれば無処理版に支持が集まるというわけである。
Azura の場合は、基本性能がしっかりしていた点が大きいと思うのだが、マルチグレインの版が大きなシェアを持っていた日本では、むしろ「細かい砂目を逆手にとって、水を少なくすることで乾燥時間も短くなる」ということを宣伝したのだ。これに関して一家言のある方が大勢いるだろうが、水を多くした場合には濃度を上げるために皮膜厚を高める(インキを盛る)必要があり、インキ量が多い分、結果的に乾燥時間がかかるというのが本当ではないか?と思う(・・・と私は理解)。
マルチグレインだろうとなかろうと、水が多いと過乳化などのトラブルにつながる。しかし、マルチグレインでない場合はもともと水を多くできないし、水を少なくすると地汚れにつながってしまうというナーバスな管理が必要なのだ。しかし、逆説的には、水を多くできないので乾燥に有利な版ということがいえなくもない。マルチグレインの場合は水管理がそれほどナーバスでない分、ついつい水を大目にしてしまい厳密に比較すると悪い結果に結びついてしまうのかもしれない?
日本プリンティングアカデミーでは、両者の比較テストをしたが、明確な差はなかったようだ。いずれにしろ水管理をしっかり行い、ギリギリまで絞って印刷するという基本を思い出させてくれたのは印刷業界にとって悪いことではなかった。日経新聞の東雲事業所ではAzura を採用した。環境にうるさくならざるを得ない新聞業界なら無処理版も肯けるが、まだまだオフセット印刷の世界も変化する可能性を持っているということだ。
(『JAGAT info』2014年1月号より)