JAGAT Japan Association of Graphic arts Technology


本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

メディアの信頼性を守る仕事

掲載日: 2014年05月14日

印刷・出版はメディア文化に関わる仕事である。その信頼性を支えるメディアのプロとしての技量が問われている。

「辞書に残る仕事」は文化を守る仕事

ゴールディンウイークにNHKのETV特集で「辞書を編む人」というドキュメントが放送された。三省堂の大辞林の改訂作業を半年間取材した番組で、辞書作りにあこがれるインターンの大学院生の視点で描かれていた。
映画『舟を編む』が日本アカデミー賞6部門受賞記念として同じ週に地上波で放送されたので、「用例採集」「語釈書き」などの耳慣れない言葉にすっかり詳しくなった。映画は一冊の辞書が世に出るまでを丁寧に描いて、優れたエンターテインメントとなっていた。原作の三浦しをん氏は執筆にあたって、岩波書店と小学館の辞書編集部を取材していて、用例採集、見出し語選定、語釈書き、執筆依頼などのエピソード自体が物語としても面白い。2012年本屋大賞に選ばれた際に「言葉というもので希望をどう伝えていければといつも考えていますが、辞書をとっつきやすいように書いた作品」と語っている。

ディベロッパーは「地図に残る仕事」であることが誇りとなるが、辞書編集部は「辞書に残る仕事」をしているわけで、地味で大変な作業ではあるが、苦労したら苦労しただけの成果が得られることは間違いない。辞書は発刊されたその日から改訂作業が始まるという。電子辞書が普及しても、辞書の編纂作業は当然ながら必要で、専門家の絶え間ない努力によって辞書の信頼性は確保されている。

大型辞書の作成は文化的事業ともいえるが、実際には一企業が担っていて、採算を度外視するわけにはいかない。しかし、一般の書籍や雑誌と同じような商品と考えることは無理があるのかもしれない。再販制度(定価販売制度)は「全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供していくために不可欠なもので、また、文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たしている」とされている。辞書こそはまさに重要な文化資産である。

「メディア・ブランドとしての信頼感」は一日にして成らず

「新聞は社会の木鐸」と言われるが、映画「クライマーズ・ハイ」は日航機墜落事故を背景に、地元新聞社の編集局内の確執や販売局との対立などが描かれていて興味深い。これほどの大事件のさなかでも、地元新聞社の全権デスクは「チェック、ダブルチェックだ」という言葉を繰り返す。そして、「他社の情報は使わない、又聞きで報道しない、必ず裏を取る、絶対に誤報を出さない」という鉄則を守り通す。

特ダネと誤報は紙一重かもしれない。2012年にそれまでの常識では考えられないようなメディアの誤報が続いたことを覚えているだろうか。読売新聞が10月11日付朝刊で「iPS心筋を移植 初の臨床応用」と報じ、共同通信、日本テレビ、産経新聞も続いたが、完全な誤報だった。読売新聞は「手術を実施したとされた病院も移植手術を否定し、論文の共同執筆者に名を連ねる研究者も論文の存在やその内容を知らないなどと答えた」と指摘。客観的な根拠がなく、要領を得ない説明だったとしたうえで「それを見抜けなかった取材の甘さを率直に反省し、記者の専門知識をさらに高める努力をしていきます」と述べている。
尼崎・連続変死事件の顔写真取り違えは、読売新聞の10月23日付朝刊に掲載され、共同通信も配信し、毎日新聞、産経新聞のほか、NHKとすべての民放キー局、主要週刊誌やスポーツ新聞にも掲載されて、かつてない規模のものとなった。複数の関係者から確認を取って本人と判断したとのことだが、これに対し、写真を掲載しなかった朝日新聞と神戸新聞は、「別人の可能性がある」として掲載を見送っていたという。

取材力の劣化が指摘されるのは当然だが、「チェック、ダブルチェックだ」と警鐘を鳴らす力が働いていないことも大きな問題だ。田端信太郎著『MEDIA MAKERS』では、ネットメディアなどに見られる「間違った情報を伝えても、事後に訂正して、謝罪をすればいい」という姿勢でいる限り「メディア・ブランドとしての信頼感」は得られないと指摘している。
ブログやSNSがメディアを変えたと言われるが、紙メディアは間違った情報を定着させることの恐さを知っているからこそ、「事実確認」を最も重視し、取材から原稿執筆、校正、校閲までの効率の悪いシステムを築いてきたのではないか。「チェック、ダブルチェック」機能があるメディアでなければ、「メディア・ブランドとしての信頼感」は得られないのだから。

(JAGAT CS部 吉村マチ子)


■JAGAT通信教育サイト では通信教育に関する情報を随時公開しています。

JAGATでは印刷並びにメディア分野に関する人材育成を公益事業の一つに掲げていて、通信教育はその重要な柱となっています。通信教育では随時改訂を進め、皆様のお役に立つ講座づくりに努めていきます。

 

(C) Japan Association of Graphic Arts Technology