JAGAT Japan Association of Graphic arts Technology


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出版社は何に困っているのか? そのために何をしているのか?

掲載日: 2009年05月09日

学研では、全社の業務ノウハウの資産を維持した上でホストコンピュータと決別、ERPパッケージを採用して業務改革を目指した。

書籍、雑誌だけでなく教育教材も手掛ける出版社である学研は、企画から編集、製作までの「ものづくりプロセス」が生命線である。2006年に創業60年を迎え、その間出版へのコンピュータの利用では先駆けであったが、社内システムは約20年前から変わらず、煩雑な業務ロジックはベテラン社員の頭の中にしか存在していなかった。

そこで、全社の業務ノウハウの資産を維持した上でホストコンピュータと決別、ERPパッケージを採用して業務改革を目指した。しかしパッケージには、同社に必要な製作資材関係の機能が存在しなかったため、急きょ、出版・印刷業界に実績を持つ方正に依頼。紙と資材、印刷加工などの費用見積もりから、発注までをトータルで管理するシステムが完成した。

(PAGE2009 基調講演「ビジネスを推進するメディア戦略・戦術」 より)

株式会社学習研究社 経理部IT運用室室長 伊達秀雄氏

学研を支える基盤を作る

学研は1947年設立の出版社で、『科学と学習』『週刊パーゴルフ』など、定刊誌で70~80誌を発行している。出版事業だけでなく、教室・塾事業、学校向け事業など、多方面に展開している。

2005年に業務改革プロジェクトを発足したが、標準プロセスがない、管理系業務の複雑化・肥大化、ルールや権限があいまい、システムが古いなどのさまざまな課題があった。

業務改革の基本方針は「学研を支える基盤を作る」ことで、非常に大きなプロジェクトになった。共通支援組織、共通ルール、共通プロセス、共通システムの4つを共通基盤に、最終的にはERP導入を決めていたが、システム中心というアプローチではなく、販売系の役員にプロジェクトリーダーで入ってもらい、なるべくIT部門は目立たないように進めた。また、各事業の個別部分に対応して、事業部個別のルール、プロセス、システムを作っていくという2段構えで始めた。仕組み(プロセス・ルール・組織・システム)の改革と同時に意識の改革も進めるスケジュールを立てた。

ビッグバンでERPを導入

学研の場合、ホストコンピュータ環境の基幹システムが35年間稼働していて、度重なる修正によってソースコードがスパゲッティ化し、保守性が低下していた。さらに2007年問題、つまりプログラムの仕様や勘どころを知っているベテランのシステム要員が高齢化していた。捨てられないアプリケーションを動かすための、特殊な保守切れのミドルウエア、ハードウエアが増加し、リース料、保守料、ライセンス料も高額になっていた。また、電子帳票、Webテクノロジーやシングルサインオンなどの新しいテクノロジーが利用できない。その上、日本版SOX法に基づく内部統制要件に対応できない。特にアクセス権限管理が全くできなかった。

新システムではERPを導入して、オープン系でデータセンターを利用して少ないシステム要員で対応していくことにした。ERPはビッグバンで導入、つまり、すべての業務に一斉にERPを導入した。大きなプロジェクトなのでリスクもあるが、時間短縮が図れるし、調整業務を省略できるからだ。

自社業務を分析すると、普遍的部分と、長年の経過によって特殊になった部分と、戦略的に特殊な部分に分けられる。普遍的部分はERP標準機能で対応し、戦略的な部分はアドオン開発で作り込んでいく。問題は長年の経過によって特殊になった部分で、標準機能で対応できる部分と、他社との差別化になっている部分の種別が非常に難しく、ビッグバン導入の肝になった。

基幹業務のバリューチェーンは、企画、制作、広告、編集、宣伝、印刷・製本、在庫管理、販売、返品という流れで進んでいる。編集から返品までの部分がERPの対象範囲となる。ERPパッケージソフトで基本的に合わせたいが、フィットギャップというERP導入の手法でフィットしている部分とギャップがある部分を分析したところ、製作業務はギャップが多いことが分かった。ERPのアドオン開発も検討したが、規模も大きかったためボルトオン開発、別々のシステムをボルトでつなぎ止めるようなやり方にした。

製作業務は改革ではなく改善で対応

製作業務については、全部業務のやり方を変えてしまうBPRではなく、レガシーマイグレーションの手法を選択した。新製作システム(GPS)の機能は、台割管理、見積もり承認、増刷シミュレーション、製作発注、用紙発注、発注承認、金額確定/支払い一覧出力など、本を作っていくプロセスをシステム化したものである。

レガシーマイグレーションとは、ホストコンピュータで稼働するシステムをオープン系に移設することで、3つの方法がある。(1)リビルド方式では、業務の流れや画面・帳票は変えず、オープン環境でアプリケーションを設計して実装する。(2)リライト方式では、現行の仕様書をオープン環境で言語を変えて実装する。(3)リホスト方式では、プログラムのコードをそのままオープン環境に移設する。

新製作システム(GPS)はリビルド方式で実施することにした。現業業務は改革ではなく、改善レベルでよいという判断による。また、電子帳票化やシングルサインオンなどの新しいテクノロジーを取り入れたい、業務を説明できる「最後の社員」がかろうじている、複雑化したスパゲッティなコードを一掃したいなどの理由による。

製作システムのリビルドは方正に委託した。理由は3つ、(1)組版ソフトやデータベース構築で定評があり、出版・印刷の業界知識・経験が豊富、(2)中国でのオフショア開発のためシステム開発費が安価、(3)学研で既に実績があったことによる。

業務効率化などに明確な効果

製作は年間万単位の発注件数があるが、新製作システム(GPS)によって業務効率化が図れた。担当者30数名について、1人当たり月14時間の作業時間短縮となった。業務刷新によって、請求書との照合、入庫の照合の作業が不要になった。ホストコンピュータでは実現できなかった検索機能など、新規機能による改善効果もあった。

また、編集者がリアルタイムに見積もりをシミュレーション可能になった。旧来システムはバッチ処理で計算して翌日紙出力になっていた。適正部数の決定が機会ロス低下とコスト削減の肝となった。

(『JAGAT info』2009年3月号より一部抜粋)

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講演時の会場の様子

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