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勇気をもって変化を受け入れる 記事No.#1594

掲載日: 2009年05月11日

グーテンベルク以前のヨーロッパでは木版印刷と写本が主流で、中世の大学の教科書は写本で賄っていた。数百冊の注文をこなせる生産体制も整っていたようだ。とはいっても人手が頼りで、需要増を満たすのは難しく、紙が廉価になったにもかかわらず本は高価なものであった。

 

グーテンベルク以前のヨーロッパでは木版印刷と写本が主流で、中世の大学の教科書は写本で賄っていた。数百冊の注文をこなせる生産体制も整っていたようだ。とはいっても人手が頼りで、需要増を満たすのは難しく、紙が廉価になったにもかかわらず本は高価なものであった。一方、コミュニケーションの大半はまだ口承伝承によるところが多く、古来のコミュニケーションメディアに依存していた。口承伝承はグーテンベルクの活版印刷術後も長く公刊の一つとして続いたようだ。それには印刷とは別の意図があった。語り聞かせる能力を身につける教育(芝居や演説の世界)と作者自ら文学を語り聞かせて世に広めることを目的とし、読者の多くが貴族であったという。

活字組版の登場によって本文を固定化することが可能となり、伝える内容が安定し、完成までの時間が短縮、コストが大きく削減された。いまでいう生産性、品質が飛躍的に向上したのである。その結果をもって短絡的には言えないが、読書様式に大きな変化が生じたことが報告されている。しかし、いい事ばかりではなかった。「誤植」という新たな課題もあり、印刷職人に任せられないと、知識人自らが印刷をしたり、あくまで自身が写本を手掛けるといったような動きもあり、活字が信頼を得るには紆余曲折を要した。

しかし比較的規模の小さい会社の多い印刷業界では、こういったデータに基づいた判断基準は主流にはなり難いのも事実だ。PM研究会の会報のタイトルを決める段階では、事実から外れた判断はしないという意味でFACTという名前を考えた。これは誰しも受け入れたくない現実があることに自戒の意味をこめて、毎月「FACT」という文字と向き合うのがいいのだろうと考えたからである。言い換えると人は現実から目を背けるように魔が働いてしまい、逃げながら暮らしているうちに元の本人の志とはかけ離れたところに漂着する例を数々見ているからである。事業の失敗もそういうことだ。

印刷には上記のグーテンベルクの銀河系とは異なった歴史があり、中国、朝鮮、日本などの国や地域で発展し、相互に影響を受けながら西洋とは異なる文明・文化を築いた。わが国でも早く活字が導入されたが、出版・印刷の産業が大きく花開いたのは木版印刷によるもので、ヨーロッパとは違う道を歩んだ(江戸―明治初期)。発展の違いはあれどメディアは人間のコミュニケーションの道具であり、新しいメディアの出現は、情報を発信する人と受け取る人の間に新しい関係(秩序)を築いてきた。人間のコミュニケーションの歴史は言い換えれば人類史・社会史・文化史そのものである。時代毎に形状、様式を変化させながら人間のコミュニケーションを支えてきたメディアは時に事大主義を助長する側面もあるが、人間のコミュニケーションをよりよい方向に導いてくれたことに間違いはない。

インターネットの出現は、メディアにとって手書きから印刷へ、そして電子メディアへと大きな歴史的転換期であることは確かである。印刷メディアは数百年の歴史を積み重ねて多くの手法、機能、役割を獲得した。それは単に同じものを刷るという技法ではなく、表現すること、流通させこと、読書すること、生活習慣のこと、蓄積すること、権利のこと等々、印刷メディアが築いた様々な様式がある。この様式がどう変わろうとしているのか。印刷を人類史、社会史の視点の中に置いて、考え、分析してみることで、これまでのメディアの歴史と人間の関係(生活や精神構造へ影響)を通じ、現在起きている変化の意味や大きさなどが少しずつ見えてくるのではないだろうか。新たな印刷会社の役割を発見できるはずだ。

いつの時代にも物事が変化する時、必ず変化することに否定的な考えや勢力が起こる。これは一人の人間の中でも起きる。賛成する気持ちと反対する気持ちが同居して揺れ動くことはよくあることで、それは決して悪いことではない。むしろ自然といえる。困るのは偏見と先入観で新しいことを見てしまい、過去、現在を肯定、賛美してしまうことである。

未来は過去に学ぶしかない。印刷とweb、携帯は技術的には何の繋がりもないかもしれない。しかしメディアとしては、印刷を模倣し、未熟なリテラシーで幾度も危機に遭遇しながら成長するものであろう。活版のノスタルジーに浸るために歴史を振返っても意味はない。活版が何を変革し、何を残したか、経営数字に疲れたとき、今後に焦りを感じたときにはぜひ手元で眠っている「本の歴史、印刷の歴史書」を読んでいただきたい。また、創業百年を超える企業の社史を図書館で探して開いてみて欲しい。過去の大きな変化を知れば知るほど不思議と勇気が湧いて来る。

 

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